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王の屋敷に呼び出されたイチコは、青白い顔をして押し黙っていた。
アリアケがわがクニの民の手にかけられてしまったという情報は、すでに彼女の耳にも入っている。つい先日、二人きりで話をしたばかりであった。その人間が突然死んでしまったという事実が、彼女の心に重くのしかかっている。
しばらくして、シラヌイとその妻・ミノカが入ってきた。
「この度は、大変なことに……」
イチコが言うと、シラヌイも「ううむ」と困り切った表情で唸った。
「――シラナミさんは?」
「今、自室にいるわ。かなり落ち込んでいるみたい」
ミノカが言った。いたし方ないことだろう。夫が殺されてしまったのだ。
「聞くところによると、アリアケは先日、そなたに打ち明け話をしたそうですね」
「はい。よほど誰かにすがりたかったのだと思います。でも、思えばその時、アリアケさんを突き放すようなことを言ってしまいました」
あの時、イチコはアリアケに、自分のことは責任をもつようにと促した。もちろん、それは相手のことを思いやってのことだ。しかし、それが彼の心には重責となり、結果的にこのようなことになってしまったとすると――。
「いや、イチコさんのせいではありませんよ」
シラヌイは優しく言ったが、イチコは悔やんでも悔やみきれない。しかし、ただそこには、アリアケはもう還ってこないという変えようのない現実があるのみであった。
「それで、私がここに呼ばれたのは……?」
イチコは本題に切り出した。シラヌイが応える。
「実は、じきに此度の件を受けて、ヒノデノクニの使者が訪ねてくることになっています。王である私に直接話がしたいとのことで、許可したのですが、その際もう一つ条件として、イチコさんの同席も希望されたのです」
「なぜ私なのでしょう?」
一応はクニの要人とみなされているとはいえ、イチコは飽くまでも巫女である。クニ同士の問題に介入するような立場ではないはずだ。
「さあ、それは使者の話を聞かないと何とも――。ただ、今回の件については、一点不審なことがあるんです」
「何ですか?」
「調査した役人によると、アリアケの身体には農民にやられた首元の傷以外に、背中にも切られたような痕が残っていたというのです」
「まさかそれって……!」
イチコは驚いた声をあげた。聞くところによると、民衆と使者は互いに農具と剣をもって対峙していたという。アリアケの背中にも傷があったということは、彼はその時、後ろから斬られてもいた、ということだろう。
「もっとも、使者が故意にアリアケを襲ったとは限りません。あの場面では、やり返さないと、自分が農民に殺されてしまいかねない状況だったので、咄嗟に剣を振るってしまった可能性もあります。それに何より、致命傷になったのは、民の鍬での一撃であることに間違いないのですから――」
「とにかく、今は使者の出方をうかがうしかない、ということですね」
「そうですね」
シラヌイがため息混じりに言った。ミノカが後に続いた。
「というわけだから。悪いけどイチコ、使者の人たちが来るまで、しばらくここで待機してもらえる?」
「分かった」
イチコはうなずいた。




