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破滅の章  作者: Tomokazu
第三章
22/41

4

 早朝、幾人かの従者を連れて、アリアケは農地へと向かった。


 出発にあたり、アリアケは馬に乗ったが、従者たちは徒歩である。遠乗りに重宝される馬だが、もともとこの地にはおらず、大陸の方から伝来した。なので、まだ個体数が少なく、王族やヒブリのような軍部の人間など、一部の者しか所有できない。目的地は都の中でも外れの方なので、今から向かっても到着は昼下がりごろになるだろう。


 ヒノデノクニの王族の血筋とはいえ、一介の役人であったアリアケは、部下たちにも思いやりがあった。従者たちの荷物を馬に積んだり、時折休憩をはさんだりして向かったところ、農地に着くころには空は少し赤らんでいた。


「おお、見えてきたな」

 とアリアケは言った。一面に広大な畑が広がり、幾人の男たちがそれを耕している。と、そこへ、また別の方角から、畑へと近づいてくる者たちがいた。ヒノデノクニの使者たちだとすぐに分かった。アリアケの一行は、その方に近づきながら、状況を眺めていた。


 やがて、畑にいる民たちは、使者たちに気づいて、その方を向いて起立した。彼らに近づいていく使者たちの歩き方は、遠目にみても横柄に映った。やがて、両者は対峙し、何かを言い合っているようだった。やがて、民の一人が走り去っていった。ややすると、大勢の農民たちが、鍬や鎌、鋤などをもってぞろぞろと集まってきた。


「これはまずいぞ……!」


 アリアケは叫ぶと、馬に鞭を打ち、彼らの方へと急いだ。


「待て! 両者とも、争うな!!」


 彼は叫んだ。両者が争いはじめる前に、馬ごと身体を彼らの間へと滑り込ませる。


「お前たち、何をしている。ここは王も食する作物を育てる場だ。血で汚すことは許さん」


 馬を降りて、アリアケは農民たちにこう言い放った。今度は反対側のヒノデノクニの面々を睨む。どれもうら若く、高貴さは感じられない。使者の中でも、下っ端だろうと思えた。


「お前たちも一体どうしたのだ。ここに住む者たちに、嫌がらせをしているという噂を耳にしたが、本当か」


「嫌がらせなど、とんでもない。ただ、教えてやってるんですよ。上の者への敬い方ってやつを」


「上の者――自分たちのことか」


「俺たちは女王の命をじきじきに受け、このクニにやって来ました。ただの農民とは格が違うものでね」


「お前ら、そんなこと、本当に思ってるのか……?」


 アリアケは呆気にとられた。とんでもないことを口にするものだ。これが誇り高きヒノデノクニの人間だとは信じがたい。今度は農民の側が叫んだ。


「でたらめを言うな。俺たちを罵倒し、畑を荒らし、苦しめに来てるんじゃないか。おまけに、イチコ様さえ、邪教を広める悪者のように言いやがって」


 アリアケは、両者の話を聞く限り、農民たちの側の方が信用できるような気がした。イチコにまで中傷の目が向けられているとなればなお許しがたい。使者たちに対して怒りの感情が芽生えた。だが、それをぐっとこらえる。


「分かった。だが、早まってはならない。ここからの判断は、王の判断に委ねたいと思う。あとはどうか、我々に任せてくれ」


 しかし、それで農民たちは引き下がらなかった。


「何を言う。王様が全然動いてくれないから、俺たちが苦しい思いをしてるんじゃねえか」


「――何もしていないわけではない」


 事実だった。シラヌイをはじめ、王族や政府の人間は、近年のヒノデノクニの使者たちの言動を問題視して、議論も度々行われていた。だが、その対応が遅れているため、民衆が腹を立てていることも理解していた。さらに農民は言う。


「あんただって、もともとはヒノデノクニの出身だそうじゃねえか。そんな奴の言うことなんか、信用できねえよ」


「…………!」


 痛いところを突かれ、アリアケは何も返せなくなってしまった。使者の一人があざ笑うかのように言った。


「ほら、こいつら、言葉の使い方も知らねえ。性根を叩き直してやらねえとな」


 農民も負けまいと返した。


「うるせえ、これ以上喋ってみろ、思い知らせてやる!」


「フン、そんなボロボロの農具で、何ができるというのだ」


 使者のひとりが腰に据えた剣を抜いてみせた。あとの使者たちもそれにならう。彼らの持つ剣の切っ先が、ギラリとした光を放った。


「来てみろよ。お前が鍬を振りかぶってる間に、剣の切っ先でお前の喉笛を貫いてやる」


「言わせておけば……!」


 激高した農民は、わあああああ――と雄叫びをあげて、使者へと迫ってゆく。使者も剣を構えた。


「やめろ……!!」


 アリアケは咄嗟に彼らの間へと立ちはだかった。農民が鍬を振り下ろす。その刃が、運悪くアリアケの首元に突き刺さった。


「がっ……!」


 農民ははっと我に返って、鍬を手から放した。それが地面に落ちる。両手で押さえられた傷口から、おびただしい量の血が流れた。アリアケはその場に倒れ、やがて動かなくなった。


「やっちまった……!」


 農民たちがざわざわと騒ぎ出した。畑の土にはアリアケの血が溜まり、それが徐々に沁み込んでいった。

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