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早朝、幾人かの従者を連れて、アリアケは農地へと向かった。
出発にあたり、アリアケは馬に乗ったが、従者たちは徒歩である。遠乗りに重宝される馬だが、もともとこの地にはおらず、大陸の方から伝来した。なので、まだ個体数が少なく、王族やヒブリのような軍部の人間など、一部の者しか所有できない。目的地は都の中でも外れの方なので、今から向かっても到着は昼下がりごろになるだろう。
ヒノデノクニの王族の血筋とはいえ、一介の役人であったアリアケは、部下たちにも思いやりがあった。従者たちの荷物を馬に積んだり、時折休憩をはさんだりして向かったところ、農地に着くころには空は少し赤らんでいた。
「おお、見えてきたな」
とアリアケは言った。一面に広大な畑が広がり、幾人の男たちがそれを耕している。と、そこへ、また別の方角から、畑へと近づいてくる者たちがいた。ヒノデノクニの使者たちだとすぐに分かった。アリアケの一行は、その方に近づきながら、状況を眺めていた。
やがて、畑にいる民たちは、使者たちに気づいて、その方を向いて起立した。彼らに近づいていく使者たちの歩き方は、遠目にみても横柄に映った。やがて、両者は対峙し、何かを言い合っているようだった。やがて、民の一人が走り去っていった。ややすると、大勢の農民たちが、鍬や鎌、鋤などをもってぞろぞろと集まってきた。
「これはまずいぞ……!」
アリアケは叫ぶと、馬に鞭を打ち、彼らの方へと急いだ。
「待て! 両者とも、争うな!!」
彼は叫んだ。両者が争いはじめる前に、馬ごと身体を彼らの間へと滑り込ませる。
「お前たち、何をしている。ここは王も食する作物を育てる場だ。血で汚すことは許さん」
馬を降りて、アリアケは農民たちにこう言い放った。今度は反対側のヒノデノクニの面々を睨む。どれもうら若く、高貴さは感じられない。使者の中でも、下っ端だろうと思えた。
「お前たちも一体どうしたのだ。ここに住む者たちに、嫌がらせをしているという噂を耳にしたが、本当か」
「嫌がらせなど、とんでもない。ただ、教えてやってるんですよ。上の者への敬い方ってやつを」
「上の者――自分たちのことか」
「俺たちは女王の命をじきじきに受け、このクニにやって来ました。ただの農民とは格が違うものでね」
「お前ら、そんなこと、本当に思ってるのか……?」
アリアケは呆気にとられた。とんでもないことを口にするものだ。これが誇り高きヒノデノクニの人間だとは信じがたい。今度は農民の側が叫んだ。
「でたらめを言うな。俺たちを罵倒し、畑を荒らし、苦しめに来てるんじゃないか。おまけに、イチコ様さえ、邪教を広める悪者のように言いやがって」
アリアケは、両者の話を聞く限り、農民たちの側の方が信用できるような気がした。イチコにまで中傷の目が向けられているとなればなお許しがたい。使者たちに対して怒りの感情が芽生えた。だが、それをぐっとこらえる。
「分かった。だが、早まってはならない。ここからの判断は、王の判断に委ねたいと思う。あとはどうか、我々に任せてくれ」
しかし、それで農民たちは引き下がらなかった。
「何を言う。王様が全然動いてくれないから、俺たちが苦しい思いをしてるんじゃねえか」
「――何もしていないわけではない」
事実だった。シラヌイをはじめ、王族や政府の人間は、近年のヒノデノクニの使者たちの言動を問題視して、議論も度々行われていた。だが、その対応が遅れているため、民衆が腹を立てていることも理解していた。さらに農民は言う。
「あんただって、もともとはヒノデノクニの出身だそうじゃねえか。そんな奴の言うことなんか、信用できねえよ」
「…………!」
痛いところを突かれ、アリアケは何も返せなくなってしまった。使者の一人があざ笑うかのように言った。
「ほら、こいつら、言葉の使い方も知らねえ。性根を叩き直してやらねえとな」
農民も負けまいと返した。
「うるせえ、これ以上喋ってみろ、思い知らせてやる!」
「フン、そんなボロボロの農具で、何ができるというのだ」
使者のひとりが腰に据えた剣を抜いてみせた。あとの使者たちもそれにならう。彼らの持つ剣の切っ先が、ギラリとした光を放った。
「来てみろよ。お前が鍬を振りかぶってる間に、剣の切っ先でお前の喉笛を貫いてやる」
「言わせておけば……!」
激高した農民は、わあああああ――と雄叫びをあげて、使者へと迫ってゆく。使者も剣を構えた。
「やめろ……!!」
アリアケは咄嗟に彼らの間へと立ちはだかった。農民が鍬を振り下ろす。その刃が、運悪くアリアケの首元に突き刺さった。
「がっ……!」
農民ははっと我に返って、鍬を手から放した。それが地面に落ちる。両手で押さえられた傷口から、おびただしい量の血が流れた。アリアケはその場に倒れ、やがて動かなくなった。
「やっちまった……!」
農民たちがざわざわと騒ぎ出した。畑の土にはアリアケの血が溜まり、それが徐々に沁み込んでいった。




