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ある日のこと。
突然、王の屋敷に、ひとりの民が訪ねてきた。
直訴したいことがあると門をくぐろうとしたが、当然門番たちによって取り押さえられてしまい、取り調べを受けた。その際、警護の役人が話を聞いたところ、大変な事態が起ころうとしているという。
その民は、都のはずれで農作を行っていた。地域では、同様に農家の家系の者が何人も住んでおり、共同で大きな田畑を管理している。実りも良く、王族に献上する米や野菜もかなりの量に上るため、彼らの管理する農地はクニでも特に重要視されているところの一つであった。
ところが、最近になってヒノデノクニの使者たちが、度々この場所にやってきては、民衆にを馬鹿にするような発言をしたり、勝手に田畑に侵入したり、といった嫌がらせをするようになったという。
民衆たちは、相手の身分が自分たちよりもはるかに高いことから、しばらくの間は嫌がらせにも耐えていた。だが、それがどんどん過剰になってきたことと、使者の一人にイノイリノクニの神を冒涜するようなことを言われたことで、ついに堪忍袋の緒が切れてしまった。次に来たら一矢報いてやろうと団結し、農具や武具を備え、連中を待ち構えているという。
その話を聞いた役人は、さらに身分の高い役人にそのことを報告した。そして、さらに高い身分の人間へ――と言伝され、最終的に王とその一族の耳へと入ってきた。
「なんと……」
話を聞いたアリアケは、その内容に絶句した。
「うーむ、どうしたものか」
近くで話を聞いていたシラヌイ王も、腕を組んで悩まし気に唸っている。
「確かに、最近の使者たちの動向には、気になるものがあります」
妻のシラナミが不安げに言った。なお、彼女のお腹は今、大きく膨らんでいる。アリアケとの子供を宿しているのだ。
「そうだな。度々、もう少し節度を弁えてほしいと訴えてはいるのだが、なかなか聞き入れてはくれぬ」
シラヌイが同意した。アリアケも、ここしばらくの使者たちの品位が下がっているという話は聞いていた。自分が使節として参加していた頃は、まだ使者たちも表面上はヒノイリノクニに敬意を表し、失礼がないようにと気を遣っていた。だが、使節も回を増すごとに人が入れ替ってゆく。当初の緊張感は薄れて、惰性的になってしまい、無遠慮に振る舞う者も多くなっているという話だ。しかし、そこまで卑劣な行為に及んでいるとは――。
「私が直接、その農地に行って、確認してきましょう」
アリアケがシラヌイに言った。
「それはありがたいことだが――君はもともとヒノデノクニの人間だ。民衆からあらぬ恨みを買われたりしないかな」
「心配いりません。それに、本当にそんなことをしているのであれば、同胞として許せませんから」
シラヌイはしばし考えた後、再びアリアケの方を見て言った。
「それならば頼んだぞ。ただ、気をつけてな」
「はい!」
アリアケは快活に応えた。
彼は例の秘密について、いまだシラヌイやシラナミに話せていなかったが、その罪滅ぼしのつもりで申し出たのではもちろんなかった。あの件は、きっと自分の口から伝えようと思う。ただ、もっと彼らのため、このクニのためになりたい――彼は心からそう願っているのだった。




