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人払いをした神殿に、キグラが入ってきた。
後ろの襖をしめ、向き直って奥の方を見ると、女王が簾もかけず、こちらの方をにらんでいた。小高い場所にひじ掛け片肘を置き、その方にの拳に頬を摺り寄せるような格好でたたずむ。ふてくされたように口元をへの字に曲げ、眉間にはくっきりとした皺が寄っていた。まるで、鳥小屋に居る老雌鳥のようだ――とキグラは思ったが、もちろん余計なことは言わず、女王のもとへと歩いていった。
「姉上、お呼びですかな」
キグラはその場に傅いた。しかし、その視線は下側ではなく、姉のいる上側を向いている。弟である彼は、このクニにおいて姉の姿を直接見ることができる唯一の人間だ。
「ヒノイリノクニの連中は、もう帰ったかの」
女王はゆっくりと口を開いた。
「今朝がた、わがクニを出発したと聞いております」
キグラは彼らの出立には立ち会わなかったが、無事に送り出すことができた、と部下から報告は受けていた。
「あの者たちを見て、どう思った。特に、あのイチコとかいうおなご――」
「どう思った――と言われましても。姉上はどう思われたのですか?」
キグラは姉の問いかけに返答の言葉をもたず、代わりに訊き返した。こういう時の姉は、すでに自分の中に答えをもっている。特に、特定の人物のことを漠然と聞いてくる時はなおさらだった。
「あやつは、必ず我々の脅威になる」
「なぜ、そのように?」
再び質問をする。経験上、いまは下手に自分の意見を言うより、女王の答えを引き出した方が良い。
「ひと目見たら分かる。あやつは、私と同じような力を有しておる」
「心配いりません。姉上ほどの大いなる力を宿す人間は、この世にはおりませんよ」
「いいや、あやつには私にはない“若さ”がある。やがては、我々にとって見過ごせぬ存在になるやもしれぬ……」
女王は内心で怯えているようだった。やはり――とキグラは思った。このような時、たいてい彼女の根底には決まった感情をがあった。女王は、相手と自分を比べて、自分と違うところを見つけては羨むところがあった。それは妬みに変わり、さらには相手に対する恐怖や敵対心へと変貌してゆく。過去、それで理不尽な粛清を受けることになった人間は数知れない。
女王は、この時代においては珍しい長生きであるが、歳をとるごとに、失われていく若さを残念に思うものらしい。自分よりも若いイチコに嫉妬しているのだろう。
昔の彼女はこんな性格ではなかった。キグラは弟として、幼少期からこの姉と暮らしてきた。女王になる前の彼女は、特殊な能力をもつことは抜きにすれば、どこにでもいるような純粋で活発な少女だった。しかし、女王に祭り上げられてから、それが大きく変わってしまった。権力にしがみつき、他人をおそれ、特定の人間しか傍に置かないようになった。他人の得を嫌い、奪ってでも自分の利を得ようとするような、あさましい人間になってしまった。年齢を重ねるにつれ、その傾向は強くなってゆく。
「例の計画の件はどうなっておる」
女王は苛立ちを隠しきれない様子でキグラに言った。彼は落ち着いた口調で答える。
「現在、遂行中です」
「そう言いつづけて何年経つ。明日の命も分からぬ私を、いつまで待たせれば気が済むのだ。――そういえば、アリアケはどうした。まったく音沙汰がないではないか。まさか、あやつ、寝返ったのでは……」
取り乱す女王を、キグラは「姉上、落ち着いて」とたしなめた。
「計画については、機が熟す時に向けて着々と準備を進めております。どうかもうしばらくお待ちを。また、アリアケのことですが、よければ姉上にお願いできませんか?」
「どうすれば良い」
「姉上の力で、神の名のもと“賭け”をするのです。アリアケが我らの命をきちんと遂行しているか」
「なるほど――」
女王はニヤリと笑った。
「分かった。奴には試練を与えよう。我々を裏切っておらぬなら良し。だが、もし裏切っていたのなら、あやつには天罰が下るであろう」




