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女王のいる部屋を出ると、それぞれ客室へと案内された。部屋はそれぞれ個室であったが、イチコとトワリは互いに相部屋を希望した。
部屋に入ると、ふたりして同時にその場にへたり込んだ。トワリは壁際にもたれながら座る際、一瞬顔をゆがめてみせた。身体のどこかに痛みを覚えたようだ。
「すまない。俺のせいで迷惑をかけた」
と、トワリは言った。自分の非を認めて謝ってくるなど、数年前の彼からは想像もできないことだ。その一方で、イチコは膝を抱きながら頬を膨らませていた。
「いい、謝らなくて。トワリくんは悪くない」
「だが、こんな大事な局面で……」
「謝らなくていいったら。ひどいのはあの人たちだよ」
今回ばかりはイチコが大人になれなかった。トワリがひどい目に遭わされたことはもとより、一方的に振る舞いを強要されたこと、歓迎するどころか警戒されているような雰囲気、そして自分の信念を上から否定されたこと。あらゆることが気に入らなかった。
「トワリくん、珍しく冷静じゃない。あんな目に遭わされたのに」
イチコがさらに言った。
「珍しいってこたない。いつまでも子供じゃいられないってことさ」
「子供じゃないなら、意地はらずに最初から頭を下げてたらよかったのに」
とイチコは言った。以前の彼ならここで怒り出すところだっただろうが、今回は「そりゃそうだ」と平然と認めた。確かに、彼は彼なりに成長しているらしい。
「お前こそ、いつになく感情的だな」
「だって……」
「悔しいんだろ」
トワリはからかうように言った。
「そうよ、悪い?」
イチコの声色に感情がこもった。冷静でいられない理由は明らかだった。似たような立場にいながら根本がまったく異なる相手に、自身の在り方を上から否定される形となってしまったからである。胸の内に、抑えられない反骨心が芽生えてしまっていた。
「女王って、どんな奴だった?」
と、トワリは訊ねる。さすがに、護衛にあんな仕打ちをされた後では、再度あの場で顔を上げる気にはならなかったらしい。
「おばあさん」
「それだけか?」
「これ以上言ったら、悪口になっちゃう」
イチコは口を尖らせて言った。普段よりも大人げない態度でいることは、自分でも分かっていた。
「――まあ、とにかくさ。切り替えようぜ。俺たちはクニ同士の橋渡しという大事な役目で来てるんだ」
「そんなこと分かってる」
イチコはそう応えたものの、相変わらず頑なな態度だった。トワリは軽く鼻で息をついて、両手を頭にやり、天井を見上げた。
やがて案内担当の者がやってきて、ヒノイリノクニの一行は都周辺を案内された。
区画整理が行き届いた街並みは整然としていて、清潔感もある。
広い通りを、人々は忙しそうに行き来しており、立ち並ぶ露店のなかには、他のクニの名産や大陸から来たと思われる商品が置かれているところもあった。
中心街を外れると、広大な田畑や、製鉄、紡績を行う工場もある。用水路などの設備も整っていた。さすが大国だけのことはある。
「すごい技術だね」
設備を見ながらイチコは言った。先ほどのように拗ねた態度を一切みせていないのは、さすがというところだろう。それに、やはりここが相当進んだクニであることは、認めざるを得ない事実だった。
「そうだな」
と、トワリも言った。しかし、その後すぐに「ただ――」と付け加える。
「このクニ独自のものがどれだけあるのかな、とは思ったな」
「どういうこと?」
「このクニで見るもの、紡績や製鉄の技術、公共設備、彫刻などの芸術、すべて新鋭的で素晴らしいが、どこか一貫性がないように思えるんだ。おそらく、いずれも他のクニにあるものを真似したり、応用したりしたんだろう。よく言えば勉強熱心だが、悪く言えば寄せ集めだ。――そうだ、俺が開発したのとそっくりな設備もあったぜ」
トワリはニヤリと笑った。
「盗まれたってこと?」
「そこまでは言わねえ。誰しも、どこかで誰かの良いところをみて、取り入れていくものだ。学ぶってのは本来そういうことだからな。とはいえ、真似してばっかりで、自分の色が出ないままだと面白くねえよな」
トワリは彼なりの技術開発に対する哲学があるようだった。それは、イチコの神への向き合い方とよく似ていた。
「私は、私なりのやり方を貫きたい」
「俺も同じだ」
二人は見つめ合う。微笑みをたたえて、互いに拳を合わせた。夫婦でありながら、同士でもあることを、この場で確かめ合った。




