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破滅の章  作者: Tomokazu
第二章
12/41

1

 季節は巡る。

 枯れた冬の時代を越え、新たな命が生まれはじめる春を迎えた。


 祈祷場には、大勢の人々が集まっている。

 この日は、年に一度の祈祷見学の会だった。


 イチコは普段、一人で儀式を行うことが多いので、このように見学者の集まる中で祈祷を行うのはなんだか緊張してしまう。

 それでも、いつも通りを心がけながら、何とか儀式を終え、参加者の方を振り返った。


「皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございました」


 イチコは丁寧にお辞儀をする。一同も恐縮したように頭を下げた。


「こんな貴重な儀を見られて、私たちこそ光栄に思います」


 見学者の一人が言った。ヒノイリノクニの人々は信心深い人が多く、見学会にも毎年たくさんの参加希望があるが、祈祷場に入れる人数は限られているため、その中から抽選となる。つまり、必ず会に参加できるとは限らず、当選した人々は幸運といえた。


「イチコ様、質問!」

 とそこへ、参加者の列の真ん前に座る男が、声をあげながら手を挙げた。タンタカという名の中年男性である。都の外れにある土地の地主に雇われて、耕作を行っている男だが、とても信心深くこの見学会にも度々参加しているので、イチコも彼の存在を認識していた。


「さっきの祈祷の時に、イチコ様が『さきみたら……』とか言っていたのは、一体どういう意味なんですか?」


 彼の大きな声が、間が抜けたように祈祷場に響く。イチコは、少し考えて、ああ――と合点がいった。


「『さきみたま、くしみたま、まもりたまひ、さきはえたまえ』ですね。ええっと……皆さんが安全で幸せに暮らせますように――みたいな意味ですかね。こんな答えで大丈夫ですか?」


 イチコが訊くと、

「はいっ、ありがとうございました!」

 と、タンタカは笑顔で大仰に応えた。イチコも愛想笑いを返したが、何となく場の雰囲気に重苦しいものを感じた。よくよく見渡してみると、参加者の中に、微妙そうな表情を浮かべている人もいた。


「えっと……みなさん、どうされました。気になることでもありましたか?」


 おそるおそる尋ねてみると、参加者の一人が口を開いた。


「いえ、イチコ様の祈祷は素晴らしいものでした。ただ――こんなこと、あんまり言いたくはないんですけど、祈祷の間、ずっとタンタカの行動が気になっていたというか」


「へっ?」


 意外な答えに、イチコは素っ頓狂な返しをしてしまう。タンタカはギョッとした顔をした言った。


「なんだよ、俺、何にもしてねえだろ!」


 すると、また別の参加者が彼に言う。


「何もしてないってことはないだろ。儀式中、ずっと身体を揺らしてたり、手をたたいてみせたり、気になってしようがなかったんだよ」


「前に見学会の時も、そうだったよな」

 と、周りは口々に言いはじめた。イチコは祈祷中は神前を向いているので、参加者が身体を揺らしていることまでは分からなかったが、たまにパチパチという音がするのは、確かに以前から何だろうとは思っていた。それは、タンタカの仕業だったらしい。批難を受けた彼は、焦って言った。


「仕方ねえじゃねえか。イチコ様の流れるような祝詞を聴いてたら、俺も神様のおそばにいるような気になって、イチコ様の声に合わせて身体が勝手に動いちまうんだ……!」


 ところが、その反論は、周囲の人たちによって軽々と言い返されてしまう。


「お前だけの場じゃないんだ。他の人間もいるってことを理解しろ」


「そうだ。自分勝手に動いたり、質問したりすることで、嫌な思いをする人もいるんだぞ」


「それに、場違いな行動に出る人間がいると、イチコ様にも迷惑がかかります。――ねえ、イチコ様」


 話を振られたところで、

「……えっと、どうでしょうね」

 と、イチコは苦笑いを浮かべることしかできなかった。突然このような事態になってしまったことに、ただただ驚くのみである。


「そんなこと言われたってよぉ……」


 タンタカはそう言ってしょぼくれ、首をうなだれている。イチコは、タンタカを含めこの場にいる人たちに、一体どのような言葉をかけるべきなのか迷ってしまった。




 そのようないざこざもありつつ、ようやく儀式の場が終わった。見学者たちは祈祷場を出ていき、イチコも後片付けにとりかかろうとした。


「イチコさん」


 そこへ、声をかける者があった。イチコが顔を上げると、アリアケが立っている。彼は、この見学会の管理を務めてくれていた。


 もともとヒノデノクニの出身者である彼だが、今ではシラナミと婿養子として結婚し、このクニの住人として、まつりごとの数々を担当している。婿とはいってもこのクニの王家の一員なので、今回の管理役も本来、彼がやるような仕事ではないのだが、下々がやるような雑用や細かな仕事も、自ら引き受けてくれるのだった。


「今回の件は、私たちが今後大きな問題にならないように何とかしましょう。イチコさんは気にせず、自分のお役目に集中してください」


 アリアケはいかにも好青年といった笑顔で言ってきた。


「ありがとうございます」

 と、イチコは言った。アリアケの気遣いを心から嬉しく思う。けれども、彼に甘えるだけで良いのだろうか――という気もした。今回の件については、タンタカの気持ちも、他の参加者たちの意見、どちらも分からないわけではない。タンタカの信仰心の深さは認めるべきところだが、他の人たちについてもそれは同じだ。特定の人間を贔屓するわけにはいかない。だからといって、タンタカの純粋な心を否定してしまうのも気が引けた。

 神と人々の橋渡しをする巫女として、皆が幸せになれるような提案はできないものか――とイチコはぼんやり考えた。

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