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ヒノデノクニの視察も終わり、使者一行は自分のクニへと帰っていった。
またもとの日常が戻ってくる。
イチコも定例の祈祷の儀を行っていた。もちろん、使者たちのような見学者はおらず、他の巫女たちも辺りに控えてはいない。普段通りの単身での儀式である。この方が落ち着いて、儀式に集中することができた。
神への想いを胸に、クニの繁栄と人々の幸せを願い、その想いを動きや声に乗せる。いよいよ腹も大きくなってきたので、あまり身体に無理をさせることはできないが、お腹の子の負担にならないように、という一抹の心がけをもちつつも、彼女は最大限できる範囲での祈祷の儀をつづけた。
その時だった。
彼女の脳裏に、とある光景が浮かんだ。さまざまな場面が断続的に流れてゆく。これまでの祈祷の際にも、稀に起こることだった。そして、これから起こる未来を如実に反映していることもあった。
彼女はかっと目を見開いて、驚愕の表情を浮かべた。なぜなら、いま彼女に見えた場面。そのすべてが、知人・友人など彼女の大切な人にまつわるものだったからである。そして、彼ら彼女らは全員、苦しみや悲しみの表情を浮かべていた。
――ミノカが泣き叫んでいる。
――シラヌイが悔しさを堪えた表情でたたずんでいる。
――シラナミが悲しみに崩れ落ちている。
――ヒブリが最期を覚悟したような表情を浮かべている。
――イサミが希望を失った顔でたたずんでいる。
そして。
――トワリが怒りの形相で何かを叫んでいる。
最後に見えたのは、すべてを焼き尽くすように燃え盛る炎だった。
これは、未来の暗示なの――?
祈祷の際に見えるこのような場面は、飽くまでも彼女の想像の産物だったこともある。だが、未来に起こる現実であったことが多いのも、また事実だった。
(デタラメであるといいけど……)
イチコはそう願わずにはいられなかった。ここまで衝撃的な場面が見えたのは、これまでにたった一度きりだった。幼いころ、故郷のムラで暮らしていた時、彼女はムラが崩壊する描写が脳裏に浮かんだ。結果、本当にムラは滅びてしまい、彼女は故郷と大勢の同胞を同時に失った――。
そんな悲しい出来事には、もう遭遇したくない。
(神様、これはあなたが見せた未来じゃないですよね。ただの私の妄想ですよね……?)
イチコは神前ですがるように思った。しかし、神からは何の返答もなかった。




