第33話
え?菫が?
いやいやいや、そんな訳ないじゃん、だって菫だよ。
いつも私たちのことをよく見てくれて相談もよく受けてくれた私たちのお姉ちゃん的な存在の菫が?
違う違う違う、菫な訳がない。
だからと言って他の人が犯人な訳じゃないけど。
「なにかの間違いじゃないの?宇野くん」
「そうだよ宇野、菫がする訳ないじゃん」
莉緒も私と同じことを考えていて、菫はそんなことしないと思っている。
「私が犯人だという理由を聞かせてもらって良いですか?」
菫は自分が犯人だと疑われても冷静に自分が犯人である理由を尋ねる。
菫はなんでそんな冷静でいれるんだろう?
「良いだろう。実は余は高宮千沙との帰り道にお前が着いて来ていたのを知っていた」
え、あの時宇野は私と普通に話してたじゃん。
でも、宇野の身体能力なら出来ないとは言い切れないけど。
「それは本当に私だったんですか?」
「ああ、お前以外に放課後が空いてる奴がいないからだ」
え?それだけ?
もしかして宇野はそれだけの理由で菫を疑ってたの?
ああ、なんか一気にバカらしくなってきた。
さっきまで体が緊張していたけど力が抜けていく。
「その理由だったら莉緒さんも美咲さんも当てはまることでしょう」
全くもってその通りだ。
「桜井莉緒はバイトだよな?」
「うん。そうだよ、出勤時間で証明もできるよ」
莉緒はちゃんとした証明が出来るから莉緒の可能性は消えた。
「美咲さんはどうなんですか?」
「井上美咲は絶対に違う。余の勘がそう言っている。井上美咲も違うだろ?」
勘?美咲は宇野の勘だけで違うことになってんの?
もうめちゃくちゃだよ宇野。
本当に何がしたいの?
「うん、違うよ。絶対に私じゃないよ」
「ほらな」
ほらなって、証拠もなしで何でそんなに自信があるの?
菫も呆れちゃってんじゃん。
「それはなんの証明になっていませんが」
「絶対に違うって本人が言ってるのだぞ。そうだよな絶対に違うんだよな?」
「絶対に私じゃない。嘘じゃないよ。ここで嘘ついたら私が犯人だってことで良いよ、絶対に違うから」
「ほらな、これで嘘だったら私が犯人って言っているのだぞ」
宇野がここまでバカだとは思わなかった。
集められたのに聞かされたのがこんなあやふやな推理なんて信じられない。
「私だってそんなこといくらでも言えますよ」
ほら、もう色々崩壊してるよ。
「じゃあお前は放課後何してたんだ?」
「放課後は部活をやって、部活が終わったら家に帰ってましたけど」
菫は演劇部で大体終わる時間は一緒だけど、鉢合わせたことなんか一回ぐらいしかない。
「ほら、お前が一番怪しいじゃないか」
「それで言ったら美咲さんだってそうじゃないですか」
そうだよね、美咲だって部活やってるんだからその言い分は通用しないよ。
「井上美咲は絶対に違うと言ってるではないか」
「美咲が犯人って言ってる訳じゃないけど、それって贔屓じゃない?」
流石に言っていることがめちゃくちゃだから思わず口を挟んでしまった。
けど、本当に言ってることがめちゃくちゃだよ。
「そうだよ宇野くん。ちゃんと公平にやらないと」
莉緒も私と同じことを考えてくれていた。
「まぁ落ち着け、余が九重菫が犯人だと思った最後の証拠がこれだ」
そう言って宇野はポケットの中からある紙を出した。
私の下駄箱に入っていたストーカーからのやつだ。
宇野が欲しがっていたからあげたけどそれのどこが証拠なの?
「その紙がどうしたのですか?」
「この紙にほんの僅かにお前のにおいがついていた」
においがついていた?宇野の嗅覚はどうなってるの?
「ほらな、井上美咲ではないだろ」
もう完全に宇野は美咲の味方だ。
「それは本当に私のにおいなのですか?それは確実なものなのですか?」
「宇野くんは喫茶店でバイトしてるから分かったんじゃない?」
美咲が喫茶店でバイトしていることを言って宇野を援護する。
宇野が味方についてるから美咲も宇野の味方をする。
そうだった宇野は喫茶店でバイトしてたんだ。
「そうだ、余は喫茶店でバイトをして、日頃からコーヒーをにおいで違いを当てていたからな」
コーヒーをにおいで当てるってすごいね。
だから紙についた僅かなにおいを嗅げたのかな?
「だから余は鼻がすごく効くのだ。…ところでなぜ井上美咲は余が喫茶店でバイトをしていることを知っているのだ?」
「え…」
え?
あ!本当だ、なんで美咲が宇野のバイト先を知ってるの?
「桜井莉緒、高宮千沙。井上美咲に余のバイト先を教えたか?」
「教えてないよ」
「私も教えてない」
莉緒も教えてないってことは何で美咲は知ってるの?
「え、あ、一回喫茶店で見かけたことがあったから」
「ほー、では余はバイト先の場所はどこか知っているよな?」
「ちょっ、え?どういうこと?」
さっきの態度とは違って美咲は明らかに動揺してる。
「宇野くんは私の味方じゃないの?」
「お前が初めてストーカーのことを聞いて真っ先に高宮千沙の心配をしていたのを覚えているか?」
まだストーカーの視線が感じるだけの時に初めて打ち明けた時だ。
たまたま美咲が顧問の伝言を私に伝えに来た時に初めて美咲に話したけど、それがどうしたんだろう?
「あの時余は「最近このクラスでストーカーの被害に遭った奴がいたから不安らしい」と言っただけで高宮千沙がストーカーに困ってるとは言ってなかったんだ」
珍しく私の発言を遮って自分から発言したからなんとなく覚えてる。
「あれ?そうだっけ?」
「余は絶対に言ったぞ。一言一句間違えてない」
「私本当に千沙ちゃんだけに言ったのかな?」
「自分の発言ぐらい覚えておけ。話を戻すがなぜお前は余が喫茶店でバイトしていることを知っているのだ?」
「学年が一緒の」
「ちなみに余は誰にもバイト先のことを言ってないし、誰も知らないぞ」
美咲の味方だと思っていた宇野が、今は逆の立場になっている。
「え、あの、あの、あ、実は千沙ちゃんも宇野くんの帰り道で話していた内容をちょっと聞いちゃったんだ」
美咲は完全に動揺してる。
「そうだよな、余はそこでしか話していないからな。ということはお前が犯人ということなんだな」
「な、なんでよ」
「二度も言わせるな、自分の発言ぐらい覚えておけ。お前はあの時帰り道に着いて来たのだろう?そして、お前はあの時嘘をついた。嘘をついたら犯人だって言っていただろ、自分の口で、はっきりと」
「うっ」
宇野は美咲を味方だと思い込ませて、油断したところを一気につけ込んだ。
宇野の作戦通りだったってこと?
私たちは一人残らず宇野に騙されていた。