【フェーズ5】encounter
ヴァルカン王国魔導部隊隊長エスカノール、ヴァルカン王国中距離打撃隊隊長神童レイレーン、ヴァルカン王国が誇る最強重歩兵戦団、通称レッドブル隊、隊長この3名の死は、ヴァルカン王国の箝口令も空しく、中央大陸東部に位置する魔導大国ハイネスにも伝わった。
魔導大国ハイネスは、古より魔法の研究に注力しており、人類の中では最高峰の魔導知識を有している。
しかし、近年、極東からの魔族の侵攻によって、その内情は混迷を極めていた。
魔族の有する人類の魔導とは一線を画す魔法知識及び、個々の備える魔力量。
当然古より魔導の研究を推し進めてきたハイネスの国民は、魔族と協調を訴え、融和路線を主張する穏健派と、魔族を人類の敵と見なす、人類至上主義、その間の中立派に別れ、議論が尽きることは無かった。
そんな時に舞い込んだヴァルカン王国が誇る人類最強とも謡われる3英雄の死は、穏健派を急激に後押しするとともに、中立派の一部も飲み込んだ。
しかも3英雄の一人エスカノールは魔導大国ハイネスの誇る魔導学院ソロモン、神代に存在したという人間族の英雄にして、魔導の祖の名前を関する当学院で歴代最高単位数を修得し卒業していた。
しかしその反面、エスカノールは、人類至上主義の筆頭提唱者でもあったため、彼自身、対魔族戦線の構築を打ち上げたヴァルカン王国に亡命していたのだ。
そのエスカノールの突然の死によって人類至上主義派は3英雄の死は魔族による謀略であると提唱し、魔族に対して徹底抗戦を求める動きを加速させたが、穏健派の魔族より、3英雄を惨殺した物こそが脅威であり、即刻調査を行うべきという意見に押し切られ、現在調査兵団を率い霊峰ヴァルカンの東部ゲートの前に布陣した。
ここまで中7日の出来事である。
「ユリウス騎士団長」
天幕の外の兵士の呼びかけに、魔導王国ハイネスの聖騎士団長ユリウスはいら立ちを隠せず少し声を荒げた。
「なんだ、このくそ忙しい時に。」
「報告いたします。第一から第7隊まで布陣完了いたしました。」
「ヴァルカン王国からは?」
「以前返答はありません。」
その報告を聞くとユリウスはフルメタルのガントレットで机をたたく。
「何度でも使者を送れ。このままでは戦争になるぞ。」
その剣幕にひるみながら兵士は敬礼をすると天幕を後にした。
それを見ていた天幕内のもう一人が笑みを浮かべる。
「まるで戦いを恐れているようですね、ユリウス。国内では3英雄を屠ったのは人類最強の男ヴァン・リオ・ヴァルカンであるとの声もあります。実際、東門の門兵は同盟国である我々を取り合わず、さらには門の向こうからは高濃度の魔力が漏れ出している。この異常な状況、人類至上主義のあなたでも理解しているはずでは?」
そう話しかけたのは、魔導王国ハイネスの魔導大隊隊長、キプロだ。
全身を黒いローブで覆った彼女は穏健派の代表格の一人であり、圧倒的な実力で、近年台頭してきた人物でもある。
「わかっている。」
そう答えるユリウスに対してキプロは杖先を向けた。
「ならば早くあんな鉄の門など破壊して、王都イオナの現状を確認すべきです。さあ」
「それは最終手段だ。まずは…」
「まずは、裏切り者エスカノール殿の残留魔素の操作ですか?」
そう言うキプロの喉元に、高速で魔導剣を抜刀し突き立てる。
「エスカノール殿は死んでおらん。」
するとキプロは杖をしまうと両腕を拡げた。
「はいはい、ユリウス殿の考えはわかりました。指揮官はあなたです、が、このことは国内に報告させてもらいます。」
そう言うとキプロは天幕を出ていこうとする。
「どこに行く。」
「第1から第7師団はあなたのお好きなようにしなさい、けれど我が第8魔導師団はあなたの命令系統の外にあります。」
そう言うとキプロは天幕をああとにした。
ユリウスはキプロが出ていき揺れる入口の幕を見つめる。
「第8が動けば必然的に戦いの火ぶたが切られる、侵攻を始めるのと同意義ではないか。」
そうつぶやくと悔しそうに鋼鉄のレギンスで強く机を蹴ると、机は倒れ、上に載せてあった軍議の地図と駒が床の赤い絨毯に散らばった。
ユリウスは上を向き天幕の支柱の先を見つめる。
「エスカノースどの…何処にいらっしゃるのです。」
キプロの号令が響いたのは、それから間もなくのことだった。
「第8魔導師団、ヴァルカン王国は再三に渡る我々の使者を相手にもせず、門の中に閉じこもったままだ。奴らは我々を場内に入れることが出来ない。無実を証明することが出来ない。これこそが、3英雄、ひいては、エスカノール殿を誅殺した証拠に他ならん。今こそ、人類の反逆者ヴァン・リオ・ヴァルカンの首級を上げるのだ。恐れることは無い、奴らは自らの手で、自らの最大の抑止力、3英雄を殺したのだ。進め!」
キプロの号令と共に、第8魔導師団は士気高揚のもと、ゲート攻略戦を開始したのだった。
轟音が鼓膜を揺らす。
全身に大気の揺れがぶつかり、次第に意識が蘇ってくると共に全身に痛みが走る。
ゆっくりと目を開けると、知らない木製の天井が視界に飛び込んできた。
セレスティアはヴァン・リオ・ヴァルカンとの戦いを思い出し飛び起きようとするが全身に痛みが走る。
その時だった頭上から見知らぬ男性の声がする。
「目が覚めたか?」
振り返るとそこには長身の男が椅子に座って机の上で薬草をすり潰している。
その横には透明の瓶に詰められたポーションがいくつも並べられていた。
「あなたは?ここは…?」
そう尋ねると、男は作業する手を止めることなく、薬草を丹念につぶしながら答える。
「その前にまずはこれを呑んで服を着ろ。」
そう言われ改めてベッドの上に腰掛ける自分の体に目をやると、全身を訪台で巻かれ、所々、ポーションが染みて青く染まったところと、血液が染み出し、赤くなっているところがある。
男はゆっくりといすから立ち上がると、小瓶一つを手に取り、渡してきた。
「手当をしてくださったんですね、ありがとうございます。」
そう言いながら受け取るとき男の顔を見上げると、長い銀髪が揺れ、鼻筋の通った端正な顔立ちで、瞳が赤くこちらを覗き込んでいた。
「いやいや、まあ私も君からは聞きたいこともあるからね。」
男が再びポーションの生成作業に戻るのを目で追いながら今一度小屋の中を見渡すと、壁の端には損傷が激しい自分の鎧がかけられ、その脇のゴミ箱には大量の赤く染まった訪台が捨てられ、自らの負った傷の深さを物語っていた。
セレスティアはまだ痛む患部、主に両腕と腹部に渡されたポーションを塗り、畳んでおかれていた一般的な黄土色の服に着替えると、部屋の中央に置かれている、男が作業をしている向かいの木製の椅子に腰を掛けた。
「お待たせいたしました。」
「加減はもういいのか。」
「ええ、完璧な治療をしていただきまして、おかげ様でございます。」
「そうか」
そう言うと男は右手を自らの左肩の後ろにやると、その先に黒い渦が現れた。
その中に手を突っ込むと、いくつかの見慣れた物を取り出した。
「君の物だろう」
そう言い取り出されたものは、宝剣カイザーエッジと宝剣コキュートスだった。
「これは…」
これを見られているのであれば、私が何者かは紹介するまでもない。おそらく助けた例として高額な金品か何かを要求されるのだろう。
すると男はコキュートスを他に取った。
「分かるか、この宝剣実にもったいなかったのでな、なんせエンチャントスロットが7個中2個しか埋まってなかったのだ。あまりにもったいないので、とりあえず属性強化5つ付与してある。そちら赤い宝剣も同様だ。もしわざと開けていたのであればいつでもはがすので言ってくれ。」
その言葉にセレスティアは耳を疑った。そもそもエンチャントスロットとはなんだ。エンチャントは分かるが、そもそもエンチャントは名匠が叩き上げ、持ち主との弛まぬ研鑽の上に武器に付与される代物で、そんな簡単に付与した、ましてや剝がすなどにわかには信じられない。
しかし、目の前に置かれた二本の宝剣からは今まで以上に膨大な力を感じる。
「分かりました、ありがとうございます。それで見返りは何をお望みですか。」
すこしセレスティア地震緊張のあまり語気が強くなってしまった自覚はあった。
しかし、男は真っ赤な瞳でこちらをキョトンとしたまなざしで見つめる。
「ああ、いや、そうだな、対価としては、輪廻龍について君の知っている知識を聞かせてもらえないか。」
その言葉に今度はセレスティアがキョトンとするはめになった。
「え?」
思わず声が漏れる。
輪廻龍の神話と言えば、神代において活躍した人類の英雄の名だ。
魔族、龍族、亜人族等他種族を悉く打ち払い、神にさえも挑んだ人の英雄。
最後は神に敗れ、人が神に挑むと超人的存在であっても滅ぶという、言わば教訓として語り継がれてい
る側面もあり、
輪廻龍の逸話を知らない者はいない。その辺の子供に聞いても分かる無いようである。
しかし、真剣な表情でこちらを見つめる男の眼差しがその質問の本気度を語っている。
「一般的な知識でよければ。」
そう言い、セレスティアが話す輪廻龍の英雄譚、神話、叙事詩、教訓としての数かすの話をする灰田、男は何度も頷きながら、真剣に聞いていた。
そうして一通り話し終えると、男は深く息を吐き、そして窓の外を眺めた。
セレスティアもつられて窓の外を見ると、すでに日が落ちている。
男は、どこか遠いところを見つめるようなまなざしで窓の外に広がる荒野を見つめてボソッと呟いた。「負けたのか…」