【フェーズ4】disaster
その日、昼過から、ヴァルカン王国、王都イオナは、多発する地鳴りに混乱をきたしていた。
始めの地鳴りでヴァルカン国王、ヴァン・リオ・ヴァルカンはその揺れが体の芯を突き上げるような揺れだった事に違和感を覚えると、ギルバード元帥を呼びつけ、カルデラ外を収める領主たちに、王国民の避難先として一時受け入れを要請するとともに、国民にも避難を要請させ、自分もフルプレートアーマーに着替え
ると、数名の従者を連れ宝物殿へついてくるように命じた。
それから2時間は経過しただろうか、やむことの無い地鳴りに街のあちこちから黒煙が上がり、宝物殿への道も歪み、石畳は隆起しているところも見受けられる。
王都イオナで霊峰ヴァルカンの頂に一番近い場所にある宝物殿を目指す間も揺れが収まる気配はない。
「王、空を!」
一人の従者の声につられ空を見上げると、ヴァルカンの頂から黒煙が上がっている。
「あれはまずい、皆、口を押え急ぎ宝物殿に急ぐぞ。」
普段、王の動揺する姿など見たこともない従者たちは、その焦り様に事の重大性を理解した。
そこからさらに山道を進み、宝物殿にたどり着く。
宝物殿は山肌をくりぬき作られており、周囲の山肌には、従者も見慣れたヴァルカン王国成り立ちを描いた壁画が施されていた。入口の巨大な鉄扉は王が近づくと、ほんのり紫色に輝き始める。
王は躊躇うことなく、その鉄扉に空いた小さなの穴に右腕を差し込む。
すると更に、紫色の輝きは強くなり、ガタガタと巨大な音が響き始め、そして大きく、まるで息をするかのように、蒸気を吐き出すと、ゆっくりと扉が開いた。
「何をしている、さっさと来い。」
そう言うと王は宝物殿の中に駆け込んでいく。
従者もあわててその背を負い中に入ると、その中の姿は従者の予想を裏切る中身だった。
中は暗く、ジメジメとしており、王が奥に進むにつれ柱に備えられた松明が純白な炎を上げ、足元を照らしていき、その全容が明らかになった。
そこは宝物殿とは名ばかり、中央奥に巨大な龍の頭部の像、その前には祭壇が祭られていた。
それ以外には何もない。
「王、これはどういうことですか。」
従者の一人は声を上げた。
しかし王はその声に答えることは無く、祭壇の前に膝をつき祈りを捧げ始める。
「王、何をなさっているのです!邪龍に対しての偶像崇拝など、この緊急時に、」
そう叫んだもう一人の従者の首が地面に落ち、胴体が血飛沫を上げて倒れた。
その光景を見て従者は声にならない悲鳴を上げると、逃げようとするが、足が震え力が入らない。
「我がヴァルカン王国は誕生以来龍神様の庇護下にある」
王はいつの間にか立ち上がり、そして歴代国王のみが手にすることの許される神剣デモリションを手にしている。
「何をしている、早くそ奴の頭と体をこちらに、龍神様に血を捧げるだの。」
「王…あなたは何を…」
その問いに王は両腕を拡げ笑う。
「何をだと?我がヴァルカン王国は誕生以来、龍神デス・ウィング様の庇護下にある。龍神様は、我々に力を与え、」
そう言うと右手に構えるデモリションを突き上げる。すでに王の体には黒いオーラを放出し始めている。
「そして、その力は抑止力となり、列強を相手にして尚、最強の軍事国家を形成しておる。さらにはこのイオナの蒸気機関でさえも、龍神様の生む熱の賜物である。それを何百年、お前の親も、祖父も、そして子も孫も長年紡がれてきた我々の在り方なのだ。」
やっとの思いで立ち上がった従者は腰から家宝の宝剣を抜き、王に向ける。
「しかし、龍は龍の力はゴエティアの教えに背いている、悪しき力だと、」
そう言うと王はさらに強烈に漆黒のオーラを放ち始める。
「ゴエティアの教え?教えが何をしてくれる?国民を領地を守ってくれるのか?あんなもの正教会のやつらの手前、順守している風に装えばそれでよい。」
「しかし、ヴァルカン王国の紋章は…」
そこまで言うと従者は何かに気が付いた様に目を見開く。
「気が付いたか、そう、あの紋章は決して邪龍を山に封印したなどという意味ではなく、ヴァルカン山中で羽を休めておられる龍神様を称えたものである。」
「では、王よ、建国の壁画でさえも建前であるというのですか」
「いい加減気が付くのだ、だれがどのように解釈したかは知らん、壁画は壁画、文字は記されておらんからな。だが、王家の解釈は、神剣を呑みし龍は、我らに力を与え、我らはその御身に処女の血を与えんだ。」
そう言うと王は神剣を従者に向けた。
「王、いやヴァン・リオ・ヴァルカン!、ヴァルカン!王国近衛騎士団長、セレスティアの名のもとにお前を粛正する。」
セレスティアは一気に距離を詰めるとともに、宝剣に魔力を込める。
「唸れカイザーエッジ」
その声に呼応し、赤く輝く。
王の姿は目前に迫る。
「コロナドライブ!」
技を放った途端であった、全身に強烈な衝撃が走る。
「ヴァルカンクロウ」
次に目を開けると天井が映り込む。
「セレスティアよ、神授の力にそのような人工物がかなうはずもなかろう。」
そう言うと、ヴァンは神剣を床に突き立て、話を続ける。
「お主も見たであろう、山頂よりあふれ出すあの黒煙を、龍神様は怒っておられるのだ。この国は龍神
様の祝福なくしては立ち行かん。」
セレスティアはゆっくりと宝剣を杖に立ち上がる。全身を覆うフルプレートは半壊し、右足、右腕はむき出しになり、出血もしている。さらにフルフェイスのヘルメットも割れ、立ち上がる際に床に落ち、長い金髪があらわになる。
セレスティアはふらふらと、もう一人の従者の腰に手をかける。
「おお、セレスティアよ分かってくれたか。」
そう言う王の言葉に鋭い眼光を飛ばし黙殺する。
「リオン、借りるね。」
セレスティアはその旧友の腰から剣を引き抜く。
「まだ抗うか、全王国民の命を蔑ろにするその判断、分を弁えず責務を放棄するとは」
セレスティアはそういう王に赤に輝く宝剣と青く輝く宝剣を向ける。
「我が身を焦がし誘うは灼熱の火炎、炎帝の一刀、フレアハゼラード」
全身から紅蓮の炎を放ち神速で踏み込み振り下ろした一刀をヴァンは神剣で往なす。
「効かぬわ、その力とて龍神様の加護あっての物と理解せよ」
「黙れ下郎、民の命を蔑ろにして得る安寧など私はいらない」
着地セレスティアは再び体制を整える。
「我が手に携えしは、鎮魂の氷葬、贖罪無き罪は罰と化す。コキュートス」
再び距離を詰め放った一撃はヴァンを龍の祭壇ごと巨大な氷の十字架に閉じ込める。
しかし、その次の瞬間にはヴァンは神剣で、その氷牢を破壊する。
「ええい、うっとおしい、臭い理想で、国は動かせん。ヴァルカンテイル」
そう叫び神剣を振るうヴァンの横なぎの斬撃をよける。
セレスティアも再度体制を整えると二本の剣を前方で交差させる。
「焦熱の巨神と酷寒の大神よ、我が身は橋渡しとなりて、二柱の振るう一刀は、悠久の魂滅と知るがいい、カーディナルフロストアンセム」
するとセレスティアの両手に握る2本の剣が合わさり、巨大な青い炎をまとった剣っとなる。
「禁忌だと…」
そう言ったヴァンの体を神速の踏み込みで切りつける。
ヴァルカンの体は赤く燃える氷の十字架に封じられる。
「その氷牢は炎であり氷であるが故に、払うことは叶いません。」
しかし、セレスティアの体も限界を迎え、剣の合体が解けるとともに、その場に膝をつく。
意気は上がり、視界も揺れ始めた。
だが、セレスティアの目には衝撃的な真実が映る。
魂さえも削る全力の一刀を受け尚、ヴァンは高笑いをしていた。
頭部から流れ落ちる血液が目に入り、視界が赤く染まる。
「禁忌までも扱えたとはな、これでは人の姿を維持するのは難しいか。」
そう言うと、王の背中には巨大なドラゴンの羽が生え、腰からは尻尾が生え、全身を黒い鱗が包んでいく。
「ヴァン、お前は…」
「そうだ、人を家畜とし育て、贄を差し出させ、母に献上するための国がヴァルカン王国なのだ。」
下品に高笑いする龍人に対抗する力はセレスティアには残っていない。
「セレスティアよ、お前は気が付いていないかもしれないが、戦闘中も幾度母の怒りで大地が揺れていた。だが、お前ほどの人間を贄とすれば母の怒りも収まるだろう。」
そういい、龍人がセレスティアに近づいた時だった。
セレスティアの赤い視界をとてつもないエネルギー量の紅蓮の炎が覆う。
「これは母上の…」その言葉を最後に強靭な龍人の体は瞬く間に分解されていく。
さらに宝物殿さえもセレスティアの数歩前から先は下から吹き上げられた炎に焼かれ、その凄まじい勢いに瓦礫も浮かび上がる。
その炎が消えると、全体の半分を失った霊峰ヴァルカンの崩壊が始まり、宝物殿ごと、その爆心地に向かって崩落していく。
抗う力は無い。
これでよかったんだ
そう思うしかないのはわかる、ヴァルカン王国の真実を知り、人類の敵たる王と戦い、死ぬ。
頭でわかっていても感情では受け入れられない。
もう視界ははっきりしない。
内臓が浮く感覚が自分の体が崩落に巻き込まれ落下していることを示している。
しかし、その感覚は途中で失われるとともに、周りでは無数の激突音と地鳴りが鼓膜を揺らす。
死んだのか…
しかしまだ全身の激痛は消えない。
ゆっくりと目を開けると赤い視界の先に二つのさらに赤い光が二つ浮いていた。
昔、母から聞いたことがあった。
この世界にはもう一つの胸像世界が存在すると、そこには神々さえも凌駕する力を持つ英雄が存在したと。その男は人類を人の手に取り戻すと、神々に戦いを挑んだと。
その男の瞳も紅蓮の宝石のように赤く輝いていたと。
名は確か…
「輪廻龍」
皮肉ね。おそらく邪龍に支配された国ならではの話なのだろう。今際でさえ私が思い出すのは龍の話なのか…
次第に意識を後頭部に強く引っ張られる感覚強くなる。もう痛みも感じない。
死とはこういったものなのか。