【エピローグ】best friend
「できたあああああああああああああ」
男はひとしきり叫ぶと、青白く細い腕を虚空に突き上げ頭に装着していたVRギアを床に投げ捨てた。
「7時間と31分55秒、世界記録を1時間と11分23秒更新したぞ」
そう言うと煙草に火をつけた。
モニターのデスクトップだけが薄暗く照らす居室は決して広いとは言い難く、部屋の隅に置かれたこたつの上は何重にも重ねられたカップ麺や飲みかけのお茶が散らばり、こたつの隣のゴミ箱は溢れかえり、決して清潔とは言い難い有様である。
さらにはパソコンの隣にはこれまた多くのVRギアと同じ名前のソフトが積み上げられていた。
モニターの中には無数の文字が目まぐるしい速度で流れている。
男は机の上の無数のタバコの吸い殻が刺さった栄養ドリンクの缶に吸っている煙草を押し込むと、こたつの奥の溢れかえるゴミ山に投げ捨てると、モニターに向き直治る。
「やったぞ!みんなの応援のおかげだ!」
そう叫ぶとモニター内のコメントはさらに勢いを増す。
するとモニターの画面が切り替わり、【VR MMORPG RPG RTAグランプリ】と表示された番組の画面に切り替わった。
その放送画面の右上にワイプには男の姿が表示されている。
「フリスク・ニコゴリーさん、おめでとうございます!10年更新されていなかった卍輪廻龍卍さんがかつて打ち立てた記録を1時間以上更新する7時間と31分55秒という大記録を打ち立てられた訳ですが、一言コメントをお願いいたします。」
司会者がそう言うと、画面いっぱいに男のワイプが拡大される。
普段であれば人前で話すことなど到底無理だが、今は視聴者数万を超えるこの場であれど話せた。
「そうですね、確かにハy…卍輪廻龍卍さんが残された8時間43分18秒という記録は私の人生を賭して挑むに値する大記録でした。」
そういうと更に画面内がコメントで埋め尽くされる。
「この身喰らう龍というゲームはVR MMORPG RPG界においては避けて通ることのできない巨大な金字塔であり、発売から14年経過した今でも数多くのプレイヤーに愛されている作品であり、その中でやはり卍輪廻龍卍さんが残した記録というのは全てのプレイヤーのあこがれでもありました。さらにフリスク・ニコゴリーさんは卍輪廻龍卍さんとは旧知の仲であったと伺っております。是非、今のお気持ちをぜひお聞かせください。」
「ええ、私もその卍輪廻龍卍さんの大記録を目標に1プレイヤーとしてそして卍輪廻龍卍の友として挑んでいた中の一人でした。だからこそ明日にでも、あいつの墓前に報告に伺お言うと思っております。」
インタビューにそう答えた時だった、司会者の顔が引きつる。
「フリスクさん!後ろ!!」
そう叫ぶ司会者とともに時間遅れで流れてくる大量のコメントがその状況を物語っていた。
<火が…><消化して><逃げろ><あの大きさはやばい><水を…>
慌てて振り返ると、散乱したこたつの奥から天井に届くほどの火柱が上がり、すでに火の手はパソコン後方のドレッサーにうつっている。
慌てて使い古したゲーミングチェアから立ち足元に置いてあった2リットルの水のペットボトルを開け、火柱にかけるが、まったく効果がない。
ペットボトルの水の出の悪さにイラつきと焦りが止まらない。
あきらめ、半分ほど水が残ったペットボトルを火柱に投げ込むと財布とケータイを探す。
しかし普段の行いがたたったが、あるべき場所にそれらはない。
夕方コンビニに行くとき来たダウンのポケットに入っていることを思い出し、慌ててドレッサーの方を振り向くが、すでに袖が燃えている。
慌ててそのダウンを手に取ると、何度もそのダウンを振り火の粉を払い、ポケットから財布とケータイを取り出す。
しかしその時にはさらに強く火の手が上がり、パソコンの画面が暗転するのを目にする。
その時だった、火元であろうこたつの奥の壁が崩れ落ち、出口の引き戸を塞ぐ。
あわててドアノブを引っ張ろうと引っ掴むが、あまりの熱さにすぐに手を放してしまう。
その時脳裏には、10年前、ハヤルが大記録を打ち立てた直後、落雷により放送が途絶えた瞬間の放送や、翌日の朝刊の紙面が脳裏をよぎる。
「くそおお」
まだ日の手が回っていないバスタオルを手に取り何度もドアノブを引くがびくともしない。
その間にも火の手は加速していく。
その時だった、後ろで炎とは違う紫色の光が走ったのを見て振り返る。
すると、表示されるはずのないモニターの画面いっぱいに、身喰らう龍のユーザーインターフェイスそっくりの選択肢が表示されていた。
【俺を手伝え鈴木】
【はい】【YES】
その言葉は、高校時代ハヤルが自分を身喰らう龍攻略に誘ったセリフそのものだった。
男はゆっくりと火の手の増す部屋をPCの前に戻る。
「拒否権はないのかよ」
13年前の言葉をつぶやく。
するとモニターに
【おう】
と表示された途端、部屋中が紫色の強い光に包まれた。