とある画家
読書の皆様にこの作品を楽しんでもらえますように...。
夏休み初日。僕は、今は新幹線に乗っている。なんでいきなりこんな事に?と思ったけど、思い返せば僕が彼女の「海に行こう。」という誘いに軽率に返事をしてしまったからだろう。まあ、別にいいんだけども。問題はそこじゃない。今、唯一の問題は...
「すぅ...」
「っ...まずいな。」
彼女が僕の膝に頭を乗せて寝ている事だ。今僕とうみが向かっているのは名古屋。うみは名古屋のとある島に行きたいらしい。新幹線で名古屋まで行くにはざっと2時間ぐらいかかるわけだが、うみは新幹線が出発してから10分も経たずに寝てしまった。正直、緊張よりも足の痛みの方が勝ってる。
「ん...あっ、おはよう。」
「うん、おはよう。あの、起きて早々申し訳ないんだけど、ちょっとどけてくれない?足が痛くて。」
「ああ、ごめんごめん。楽しみ過ぎて寝れてなくてさ。」
「へ〜、珍しいな。」
そういえば、僕はうみの感情をあまり見ていないと思う。彼女の表情はコロコロ変わるけど、それは心の底からの感情じゃない。寝れなかったという事は、今回は本当に楽しみだったんだろう。
「後どれぐらいで着きそう?」
「もう一時間ぐらいはかかってるから、もう一時間ぐらいだと思うぞ。」
「ふ〜ん、じゃあおやすみ〜!」
「あっ、おい。」
また僕の膝に頭を乗せて、うみは眠りにつく。本当に、勝手な人だ。
「いや〜!よく寝た〜!!」
「...それで、どこに行くんだ?」
「えっ、怒ってる?」
「怒ってない。」
うみのせいで、足が痺れた。いや、寝言とか、寝顔とか見れて楽しかったんだけどさ、それでも本当に歩くのがキツい。
「まあ着いてきてよ!いいもの見せてあげるからさ。」
「分かった、期待しとくよ。」
そして僕はうみを信じて着いて行った。うみは都会エリアを完全に素通りして、どんどん海の方へ僕を連れて行く。水族館にでも行く気なのだろうかと思ったけど、そうじゃなかった。それに気付いたのは、とある島に着いてからだ。
「なあ、うみ...ここって。」
「流石に知ってるよね。去年、波に飲まれて死んだ世界的に有名な画家がいた。」
うみは語り出した、その人物について。
「彼は海を背景に、とある1人の少女を描き続けた。その少女は、死んで海の子となった少女。そして彼もまた、彼女と同じようになった。」
彼女は僕に問う。
「彼が生放送中の番組で死んでしまった事は知ってるよね?」
「ああ、有名な放送事故だからな。」
「じゃあ、その時の彼は...どんな風に死んだと思う?」
趣味が悪い質問に聞こえるが、彼女の目を見るとそうは思えない。彼女は真剣だった。
「さあ、そこまでは...」
「彼はね、海に向かって手を伸ばしたんだ。まるで、その時を待っていたかのように。つまり、彼は自分が描き続けた少女と一緒に海に帰った。そういう風に考えられるよね。」
「...まあ、そうだな。でも、それがどうしたんだ?」
「別に、特に意味はないよ。ただ、素敵だよねってこと。」
人が死ぬ事を素敵な事だとは思った事はない。だけど、ずっと想っていた人と再会するというのは、素敵だとは思った。
「さあ、帰ろうか!」
「えっ、もう?」
うみは僕に顔を近付けて、無邪気な笑みを浮かべた。
「ふふっ、まだ夏は始まったばかりだよ?やることは、たくさんある!」
「まったく、今年の夏は忙しくなりそうだな。」
忙しいのはあまり好きではない。だけど、彼女と一緒にいて、その上で忙しいのなら、それはきっと楽しい事だらけで忙しいのだろう。それなら、僕は嫌いじゃない。
今回のお話、楽しんでいただけたでしょうか?ぜひ、応援よろしくお願いいたします!