43話 (ASの目線)絶望を意味すること
―――――ASの目線―――――
ここは大きな体育館のような密室空間。
天井で回るプロペラファンの音が室内を反響している。
悪魔から力を分け与えられた義父が、19種族の剣聖との戦いに敗北した。
その実力差は果てしなく離れており、手も足を出なかったのが現実であった。
私は、安杏ちゃんから繰り出された燕返しにて絶命し、仰向けになっている義父のそばへ駆け寄りまだ体温が残る手を掴んでいた。
付けていた仮面が真二つに割れていたが、外傷らしきものは見受けられない。
実姉は気を失っているフォルマルテの手を握り、状況を静観していた。
そしてもう1人。
真っ白なスーツを着た悪魔が、安杏ちゃんの放った燕返しについて納得いかない様子で怒声を張り上げてきた。
「剣聖。お前、私との約束を違えたな!」
今まで楽しそうに歪めていたその顔は、怒りがにじみ出ている。
悪魔が言う約束を違えたとは、遠距離斬撃を使用しないと言葉を交わしていたことを言っているのだろう。
義父は悪魔の力を得て、決して攻撃が届くことがないというSKILL『絶対距離』を獲得していたと聞いていた。
実際に、安杏ちゃんの剣先は、義父へ届いていなかったはず。
にもかかわらず、燕返しの一振りで仮面が割れ、義父は絶命してしまった。
普通に考えると、遠距離斬撃を繰り出したように考えられるが、おそらくそれは違う。
―――――――――――――なぜなら、義父に外傷が無いからだ。
遠距離斬撃で斬り裂かれなら、体が真二つになっているはず。
悪魔は剣聖を責めるように言葉を続けていた。
「もしお前が遠距離斬撃を使用したのなら、ここの施設を破壊すると宣言したはずだぞ。忘れていないよな。つまり、剣聖のせいで、要塞都市に住む1000万人の人間が死ぬことになったぞ!」
悪魔の言う通り、この部屋にある施設を破壊されてしまうと、要塞都市の者達の多くは死んでしまうだろう。
だが、私達と同盟関係にはない19種族であるものの、安杏ちゃんが簡単に見捨てるような真似をするとは思えない。
剣聖が眠たそうな感じでゆっくりと剣を鞘に戻している。
そして鬱陶しそうな顔をしながら信じられない言葉を口にした。
「はいはい。約束したとおり、遠距離斬撃は使用しておりませんよ。」
「どういうことだ。そうだとしたら、『絶対距離』の効果をもっている仮面の侍が敗北するはずないだろうが!」
「何を言っているのですか。見ていたと思いますが、私は、少し空間を、斬りとっただけではないですか。」
「空間を斬りとっただと?」
「そうです。私は空間を斬り取り、時空を歪めただけのことです。」
「お前、何を言っているのだ。」
「何って、言葉のとおり、空間を斬り裂き時空を歪めたのです。」
「だから分かるように説明しろ!」
「あら。もしかして、空間が斬り取られるところを見るのは初めてだったのですか。」
――――――空間を斬りとっただと?
私も悪魔と同様に、剣聖が何を言っているのか分からない。
言葉の意味は分かるのだが、空間を斬りとるという現象が理解できないのだ。
ただ安杏ちゃんのその様子を見ると、『とるに足らない行動』といった感じがする。
実力が違えば、必然的にその常識・価値観も少しずつ変わってくるもの。
剣聖は、私や悪魔とはその実力差がかけ離れていることを意味しているのか。
改めて思い知らされる。
――――――剣聖と戦うとは、それは絶望を意味するということを。
言葉を失っていた悪魔が、答え合わせをするように、ポツリポツリと言葉を口にしてきた。
「剣聖。つまりお前は、空間を斬り取り距離を縮めたと言っているのか。」
「まぁ、そんな感じです。」
「剣聖。万能の種族。21種族の力を持っているとでも言うのか。」
「馬鹿なことを言わないで下さい。」
「つまり、21種族の力を持っていないのだな!」
「もちろんです。清く可愛く美しい私と、アルマジロを一緒にしないで下さいよ。」
「アルマジロだと。それはどういう意味だ。」
「アルマジロとは、私の師匠みたいな奴のことです。」
「何を言っている。つまり剣聖はアルマジロに育てられたのだと言っているのか…。」
話しが噛み合っているのか、いないのか、さっぱり分からない。
会話を聞いていると、アルマジロが21種族で、安杏ちゃんの師匠だと聞こえてくる。
そうなると、アルマジロが剣聖よりも強い理屈になる。
そんな馬鹿な話しがあるはずがない。
落ち着きを取り戻した悪魔が、ゆっくり足を進め、こちらに近づきながら安杏ちゃんと再び問答を始めた。
「まぁいいだろう。約束どおり、この施設は破壊しないでやろう。だが、仮面の侍が敗北する展開は想定している。」
「何か企んでいるようですね。」
「分かるか?」
「はい。交わしたいた契約に従い、仮面の侍の魂を媒介にし、ここで悪魔を召喚するつもりですか。」
「察しがいいな。そのとおりだ。」
「ここで悪魔を召喚してしまうと、この施設を破壊してしまうではありませんか。」
「そうなるかもしれないな。」
「だとすると、悪魔の方が、施設を壊さないという約束を違えることになるのではありませんか?」
「ほぉう。察しがいいな。そう。私は最初から、ここの施設を破壊するつもりなんだよ。」
「やはり、あなたは最初から約束を守るつもりは無かったのでしょうか。」
「そういう事になるな。」
「はぁ。まぁ、想定通りと言えばそれまでなのですけど。」
「何。想定どおりだと?」
「はい。悪魔は人を陥れる嘘吐きですからね。」
「なるほどな。剣聖は最初からこうなることが分かっていたということか。」
「はい。最強ヒロインは、清く可愛く美しく賢いというのが定番ですから。」
「それでは早速だが契約に従い、敗北した者の魂は私が頂いてもよいかな?」
「はい。どうぞ。どうぞ。召喚して下さい。」
気がつくと、目の前にいた悪魔が、床に仰向けとなっている義父の傍らまで歩いてきていた。
義父の手を握っている私の存在は、まるで見えていないような振舞いだ。
もう一人、至近距離にいる安杏ちゃんは、剣を鞘に納めたまま、悪魔の行動を止める仕草はない。
このままだと、義父の魂が食われてしまう。
私はというと、悪魔から発せられるどす黒いものに恐怖し、動けないでいた。
その時である。
うすら笑いを浮かべていた真っ白なスーツをきた男が怒り狂ったように叫んだ。
「何故だ。何故、悪魔の契約が反故にされているんだ!」
「ようやく気が付きましたか。」
「剣聖! お前、一体、何をしたんだ!」
「先程、繰り出した一刀にて、仮面の侍と悪魔が交わしてい契約とやらも、一緒に斬り裂いてしまっただけのこと。」
「悪魔の契約を斬り裂いただと!」
「はい。ですから、悪魔の召喚は出来ませんよ。」
「やってくれたな。剣聖!許さんぞ!」
「負け犬が口にする定番の言葉を聞かせて頂き有難うございます。」
「くそぉぉぉぉ。私を出し抜きやがったな。だが、まだだ。こなったら、悪魔は召喚できないが、最強の剣豪を召喚させてもらおう!」
悪魔の叫びと共に、義父の体が何かに飲み込まれ始めた。
握っていた手が消えていく。
気が付くと、そばにいた安杏ちゃんが私を持ち上げながら、悪魔から距離をとるように後方へジャンプしていた。




