22話 (屑礼の目線)ご馳走様です
――――屑礼の目線――――
高さ20m程度をある地下1階層のパネルに青空が広がり、高い位置に昇っている太陽が、100万人が暮らしているスラム街を明るく照らしていた。
気落ちいい風は流れ、先程まで騒がしかった商店街から人の姿が消え、生暖かい空気は流れている。
10m先には、全身を真っ白なスーツで包んでいる男が、気色悪い笑顔を浮かべながら俺を見ており、何だか蛇に睨まれた蛙の気持ちになっていた。
まぁ実際には、蛙になったことがないので本当の気持ちなんて知らんけど。
そして背後には、何故かロリ天使の安杏里がたって、俺の背中を小突いてきた。
有難うございます。
小突いてくれて嬉しいです。
よく考えてみると、安杏里が7種族に勝利したメッセージが空に流れてきてから、まだそれほど時間が経過していないはず。
何故ここにいるのだろう。
実際の戦闘はもっと早くに終わっていたのだろうか。
今はそんなどうでもいいことを考えている時ではない。
鬼宿日のボスは、部下の構成員を気絶させた俺に、落とし前をつけろと言ってきていたのだ。
この問題をなんとかしなければならない。
そもそも、俺は、誰かに蹴飛ばされてしまったわけであり、鬼宿日へ喧嘩を売る意思など全くない。
そう、俺は、へたれなんだ。
大それたことは絶対にしないんだ。
ん。まてよ。そうだ。
俺は誰かに尻を蹴飛ばされたのだ。
それは今までに受けた事がないくらい強烈な蹴りだった。
鬼宿日のボスを警戒しつつ、背後にいる安杏里へ浮かんだ疑問について尋ねてみた。
「あのぉ、安杏里さん。伺いたいことがあるのですが、聞いてもよろしいでしょうか。」
「はい、そうです。屑礼を蹴り飛ばしてあげたのは私ですよ。」
「やはりそうだったのか。僕の聞きたかったことに答えてくれて有難うございます。ところで、どうして僕を蹴り飛ばしたのでしょうか?」
「親子を怒鳴り散らしている男の横暴に対して屑礼が見て見ぬふりをしていたので、蹴り飛ばして差し上げました。」
かつて味わった事がないくらいの怒りが全身に湧き上がってきた。
思ったとおり俺の尻を蹴飛ばしてくれたのは安杏里だった。
まだ尻の具合が悪いというか感覚がない!
許せない。
ぐやじずぎる。
―――――――――――――安杏里が蹴り飛ばしてくれたのに、そのワクワク感を味わう事が出来なかった!
俺を蹴飛ばす安杏里の姿を脳内に刻み込む事が出来なかったし、その衝撃も快感では無く、ただ痛いだけとしか思えなかった!
ガキの頃、鎖で繋がれていた近所の犬へした仕打ちが思い出されてくる。
犬がギリギリ届かないところに好物の骨を置いて、必死にもがく犬の姿を見て楽しんでいたが、あの時のあいつの気持ちが分かった気がするぜ。
その罰が俺に戻ってきたとしても、この仕打ちは酷すぎだろ。
溜まっていたマグマが大噴火するように、抑えきれない怒りの感情を爆発させてしまった。
「安杏里。不意に蹴り飛ばすって酷くないか!蹴り飛ばす時はちゃんと予告してくれよ!俺への愛情が薄すぎるぜ!」
「愛情って何の事ですか。気持ち悪いので、死んでもらえませんか。」
ご、ご馳走様です!
溜まっていた感情を吐き出し、そして至高のご褒美をいただきました。
抱えていた怒りとわだかまりが少しずつ解消されていく。
頭がクリアーになり、冷静に物事が考えられるようになっていった。
よく考えてみたら、安杏里は最強JOBの剣聖だ。
鬼宿日のボスからは底知れないほどの恐怖のようなものを感じるが、それでも安杏里からすると、俺と同様のモブキャラの1人だろう。
もしかしてだけど、安杏里が味方にいる俺って超余裕の勝ち組じゃねぇの?
無茶苦茶怖かった鬼宿日のボスが、その辺りにいるただの気持ち悪い男に見えてきた。
自分で言うのもなんだけど、こんな雑魚を俺は恐れていたのかよ。
『虎の威を借りる狐』のことわざがあるが、その狐って、超最高だぜ!
忘れていた息を大きく吐き、ややうつむき加減にしながら余裕をかまして鬼宿日のボスをギロリと睨み、手でシッシとしながら警告をした。
「鬼宿日のおっさんよぉ。今すぐ俺達の前から消えてくれねぇかな。こちらのお嬢さんは戦闘力ゼロの可愛い女の子に見えるが、実は19種族の剣聖様なんだ。お前のようなモブキャラごときが戦って勝てるおかたではないんだよ。理解したら、さっさと消えろ。」
鬼宿日のボスに動じる様子はない。
ロリ可愛い安杏里の姿を見ると、やはり俺の言葉がはったりだと思っているのだろうな。
やれやれだ。仕方がない。
お前に本当の恐怖を教えてやるぜ!
澄ました顔でいる安杏里へ振り返り、両手を合わせおもいっきりへりくだりながらお願いをした。
「安杏里さん。聞いていて分かってもらえたと思いますが、あの男は社会のゴミなんです。安杏里さんの手でやっつけてもらえないでしょうか。きっとここに暮らす街のみんな、喜ぶと思います。お願いします。」
「屑礼が街の掃除をしたらいいではないですか。というか、やって下さい。」
俺がですか!
安杏里が腰にぶら下げている剣の鞘で、俺の背中トンと押してきた。
それ、やめて下さい!
チョンと押したたように見える突きであるが、安杏里のパワーに抗う事が出来ず、俺の体は前のめりに押し出されていく。
「おっとっとっと…。』
そしてバランスを崩し、再び地面に両手をついてしまった。
四つん這いになってしまった目の前には、鬼宿日のボスのビカピカの白い革靴が、超至近距離に見えている。
もしかして、俺は元の位置へ戻ってしまったのではなかろうか。
ここは俺の定位置ではないんだぜ。
再び心臓の鼓動が速くなり、全身の毛穴は開いていく。
地獄の底へ突き落されてしまった感覚だ。
震える声で、ソロリソロリ振り返りながら安杏里へ抗議みたいなものをしてみた。
「安杏里さん。僕を殺す気ですか。このままだと僕は鬼宿日のボスに殺されるかもしれません。」
「『背水の陣』ということわざを知っていますか?」
何、排水の銀だと?
排水管に落ちている銀を拾ってラッキーでした、という意味ではないよな。
駄目だ。あまりの恐怖に頭が回らない。
激しいプレッシャーをうけている中、安杏里の問いに答えたのは鬼宿日のボスであった。
「屑礼君。剣聖が言った『背水の陣』とは、逃げ場はないと覚悟した上で物事に取り組めという意味だ。つまり今の屑礼は、ここを退いたら殺すぞと、そちらの剣聖に脅されているのだよ。」
え、意味が分かんないんですけど。
鬼宿日のボスと戦わないと、安杏里は俺を殺すと言っているのかよ。
この仕打ちは、ご褒美なのか。
もしかして俺へ愛情なのか。
それはさておき、ご褒美にしてもかなりまずい状況に立たされている。
ちくしょう。つい先ほど安杏里を味方につけ余裕をかましていた俺は、一体どこに行ってしまったんだ。
混乱して訳の分からない事を考えていると、安杏里がトドメの言葉を言ってきた。
「正解です。社会のゴミはゴミ同士で掃除して下さい。」
なるほど。安杏里からすると、俺もゴミ扱いなんだな。
ふぅ。絶体絶命の状況であるが、またご褒美をいただいてしまいました。
再びあのセリフを言わせてもらおう。
ご馳走様です!




