data№7 深層へ これより先廃人行き カゲロウは嘘をつく
ネトコンに出しました。
他の作品も是非お読み頂けると嬉しいです。
翔は黒服に身を包んだ者達に後ろ手に手錠をかけられ、歩かされていた。
何故このような状況に、と思う方に簡単に説明すると、
先刻病室のベッドで寛いでいた翔に黒服集団が襲来。リーダー格らしき男に、
「尋問するから連行する」
と宣告され、病院では無い施設に連れられる今に至っている。
永遠に続くかと思われる長い長い廊下に足音だけが響いていた。
(尋問って言ってたけど、これから僕、どうなるんだろう)
すると後ろから駆け足が近づいてきた。リシアであった。
「陽炎君、ちょっと待って!」
翔に初めに声をかけた黒服が歩みを止める。
「さっき、司令に聞いたけど翔くんが尋問だって? え、なんで」
(それは僕も気になってた。今更なんで……)
「お聞きになりませんでしたか」
「いや、尋問するとだけしか……」
「成程……。では申し上げます。……時尾 翔が尋問を受ける訳、それは……」
2人は唾を飲む。
「彼が存在しないからです」
瞬間、翔はハッとした表情をし、リシアは何を言ってるんだとばかりに驚いた顔をした。
「存在しないって、どうゆう……」
黒服こと陽炎が翔を指す。
「……今の時代生きていれば無戸籍児でも防犯カメラや裏社会などには生きた痕跡が必ず残ります……。然し、彼は何処のカメラ映像にも裏社会にも記録がない。……この情報社会で何もないのはおかし過ぎる……」
「……」
リシアがまるで不気味なものを見るかのように見下ろす。
(……確かに。僕は過去に生きてた人間だから何も情報がないのは当然だ。ここの人達にしてみれば怪しい事この上ないよな)
「……納得いただけたようで……。それでは失礼します、リシア副司令……」
陽炎が敬礼をした後、一行は再び翔を引っ張り、リシアを残して歩き出した。
「俺も手伝うよ」
後ろから声がした。
陽炎が振り返る。
「……今回の任務は我らに一任されておりますが……?」
「いや、そうみたいだけど。えーと、あ! ほら、なんかさ、逃げ出したりしないように強い監視も必要かなって」
たった今考えたような理由である。
しかし、
「……お仕事の方はどうなんですか」
デメリットはないと考えたのかついてくることは認めたらしい。が、懸念点があるようす。
「さっきまであったものは全て片付けたよ」
「今は?」
「………………」
ニコッと笑うリシア。
「ちょっと待ってて」
少し離れ、誰かに電話をかける。相手が出るが早いか素早く二言三言言うと一方的に切ってしまった。最後に、
『おい、リシア、てめッ……』
と聞こえたのは気の所為かもしれない。
リシアが満面の笑みで戻ってきた。
「大丈夫だよ」
陽炎共々翔も訝しげな目線を送る。
「今の……、芥川副司令では?」
「あー。いいの、いいの、大丈夫。さ、みんな早く仕事を終わらせよう! れっつごー!」
陽炎の小さな溜息を翔は聞き逃さなかった。
◇◇◇
「リシアさん、さっきから尋問、尋問って言ってますけど何されるんですか、僕」
「大昔みたいに痛いこととかはしないね。ただ自分と相手の脳を繋いで、記憶を見せてもらうだけ。今回は翔くんの生きた記録がなんでないのか、怪しいヤツじゃないか調べるだけだよ。まあ俺は翔くんのことヤバいやつとは思わないけどね」
(僕の脳と他人の脳を繋ぐ……。死なない、よね)
そんな翔の不安を見透かしたのかリシアが
「死んだ人は聞いたことないよ」
とフォローした。
◇◇◇
「入れ」
と命令され白を基調とした明るい部屋に入る。たくさん機材が置いてあり、床にはケーブルが巡らされていた。
「時尾 翔、あそこに……座れ」
陽炎が部屋の中央に設置された金属の椅子を指さす。鈍色の金属椅子には拘束具が付けられており翔の恐怖心を煽った。
思わず無言でリシアを見つめる。
リシアはその翔の行動にピクっと眉を動かした(余りにも微かだったので翔も気づかなかった)が、すぐに元の顔に戻って柔らかく頷き翔をそっと押した。
怖々と座る。
椅子は冷たかった。
すぐに拘束具がはめられ、頭と顔全体に器具がガシャンと下ろされる。
もう動けない。
その時リシアがコソッと大丈夫、と言った。
(少し、落ち着けたかも)
「……電源を入れろ」
「は」
機械がブウウンと唸り、翔は眠くなった。力が抜けたように手足が垂れる。
「対象、メラトニン強制分泌により覚醒力低下」
「脳温低下。状態、レム睡眠。もうすぐノンレムに入ります」
「脳波……安定しています。同調可能です」
次々と報告が入る。
「……よし」
部下の黒服から藍に光る機器を手渡された陽炎はそれを自身の頭にはめる。
「気をつけて。それから翔くんをくれぐれもおかしくしないでね」
リシアが呼びかける。
「……御意」
新たに座り心地の良さそうな椅子が翔の前に置かれる。陽炎はそこに深く腰かけ、部下に目配せする。
「同調開始カウント、始めます。3……、2……、1。同調開始」
陽炎は目を閉じた。
ーーーーーーーー
記憶とは海である。
喜悦の思い出、憤怒の思い出、哀哭の思い出。そして、逸楽に満ちた思い出。
それら全てが幾星霜積もり積もって深海を成していた。
その中を進むものが一人、陽炎だ。
1個1個、入念に調べながらゆっくり海底に向かって沈んでゆく。
(時尾 翔、こいつは……喜びと楽しみの記憶が多いのだな。泣いても……大会で0.1秒差で負けての悔し涙。怒るときは他人の為……。リシア副司令が言っていた通りいい子なのだな。……にしても世界観が現代ではないな。大分古い。……まさかこの時代の者ではないのか……!? だとしたら報告して然るべき対処を)
さらに奥へと潜る。ここから先は、忘れかけている記憶、封印した記憶が浮かんでいる場所である。
(ほう……、間違えて女子の体操着を着てしまったのか。忘れたいものだな。そっちは友達と喧嘩? 忘れたい記憶か? ……こちらは……)
「!!」
その記憶は翔があの日、人生で初めて見てしまった凄惨な戦場と死ぬ寸前の恐ろしい記憶だった。
「……この記憶はなるべく思い出させないよう奥の方に……」
他人の強い記憶に触れ続けているとその記憶の感情に自身の感情も同化してゆく故、素早く追いやった。
(……? こんなにも早く底に着いてしまうなんて )
陽炎は海底のような場所に降り立った。
ーー底とは。
今まで見てきた記憶、通常記憶との境界のことである。
底の先には、記憶の中の核であり、その人をその人たらしめる、いわばその人間の本質を構成している経験・思想記憶が詰まっている。
陽炎はこの底の先に行かねばならない。
しかし長居は危険。
何故なら記憶に自身が取り込まれるから。
意識を相手に繋いで直接記憶を調べるこの方法は効率的で正確だが精神汚染を受ける危険性があった。
(大丈夫だ……。直ぐに終わらそう)
片足を突っ込む。
その時だった。
誰も居ないはずの向こう側から淡く光る少女が現れ、腕を思いっきり引っ張られる。
「!?」
勢いよくボシャンとあちら側へ引き込まれた。
ーーーーーーーー
部下の1人が異変に気づいた。
「ん?」
「どうした?」
リシアが鋭い声を飛ばした。
「リシア副司令、これを見てください」
画面を覗き込んだ。
「急に同調率が上がって……。何かあったのでしょうか」
「うーん……。わからないな。そこの2人! 原因究明に当たって。君は何時でも切れる準備しといて」
リシアは心配そうに翔と陽炎を見つめた。
(記憶の底から人なんて初めての事例だ……。それよりも早くここから逃げなくては……取り込まれる……!)
陽炎は身をよじるが少女の力が強く抜け出せない。
その時少女が話しかけてきた。
「ねえ、コイツの記憶を覗こうとしてるんでしょ」
(……!?)
「ふふ、喋れるわよ。はじめまして、こんにちは。陽炎クン」
(俺の名を……)
「アンタの脳に少しお邪魔してるの。だからなんでもわかるんだからね」
「……何が、目的だ」
「話が早くて結構。見たからわかると思うけどコイツはこの時代の人間じゃない。で、アタシの目的はただ1つ。時尾 翔の安全と自由、それだけよ」
「……」
「報告書に、何も問題は無かったって記載してくれればいいの。彼は危険ではないって、ね」
「それは……出来ない。お前含め時尾 翔には……未知の要素が多すぎる……」
「あっそ。じゃあ交渉決裂ね。このまま廃人になってもらうわ!」
ーーーーーーーー
悲鳴と警告音が上がる。
「リシア副司令、同調率が……100パーセントを超えました! このままじゃ陽炎隊長が取り込まれます!」
「脳の活動力、著しく低下!」
「同調を切れ!」
「リシア副司令、それが、まるで囚われたかのようにこちら側から切れないんです!」
「は? なんで。……なら、危険かもしれないけど、どっちも起こして! このままじゃ陽炎君が空っぽになる!」
「はっ!」
ーーーーーーーー
「お前が……俺を取り込んだら……時尾 翔は更に警戒されるだろう。……やってる事と目的が噛み合ってないように思われるが……」
陽炎は遠のく意識の中最後の交渉に乗り出していた。
「……確かに。それもそうね。どうしようかしら。帰す? その方がいいかも……?」
(これは……押せばいける……)
陽炎は勝ちを確信した。
「どうしよう。んー。……よし決めた。やっぱり駄目〜!」
「!?」
「だってよくよく考えたら結果なんていくらでも誤魔化せるもん」
「……出来るとでも?」
「ええ。アンタに成り代わってね」
それがハッタリかどうか陽炎は判別がつかなかった。
「それより、アンタの方がヤバくない? 下に兄弟2人いるんでしょ?」
「!? 何をする気だ……!」
陽炎の声に怒気が帯びる。
「別に何もしないわ。ただ親無しでその代わりだった兄も居なくなるとって考えると……可哀想だなあ」
(……そうだ俺には……2人を)
少女はニンマリと笑みを浮かべた。
ーーーーーーーー
「う、うーん」
翔が目を覚ます。それと同時に向かいの陽炎も覚醒する。
「良かった。2人とも無事で」
リシアがホッとした声で迎える。
「翔くん立てる? ごめーん、誰か翔くん連れてってー」
翔は部屋の外へ一時的に出された。
「……で。お疲れのとこ悪いけど、同調率が危険値をマークしてた。何があった?」
陽炎は片目を押さえながら答える。
「いえ、特には……」
「その割には顔色悪い」
「少し、潜り過ぎてしまった……だけです。時尾 翔、やつに危険性は……ありません」
「うん。彼自身にはないとは思ってたけど。……本当は他に何かあったんじゃないのかい。例えばそう、記憶の中なのに襲われた、とか」
リシアが目を逸らす暇なく陽炎を見据えた。
諦めた様子で陽炎も真っ直ぐ向き直った。
「いえ。何も。何もありませんでした」
「…………そう。でも何かあったら相談して欲しい。さてと、あとは俺がやっとくから君はもう休んで」
「はっ。ありがとうございます……。そうさせていただきます……」
◇◇◇
「翔くん、普通病棟に戻れたんだって。おめでとう」
「はい! 何かもう大丈夫って言われて戻れたんです。嬉しいです!」
「良かったね。普通病棟に来たって事は厳重警戒対象から外れたってことだからもっと会えるし、もっとたくさんの場所に行けるかも」
「ホントですか!? 図書館で調べてて気になる所まあまああったんです」
「マジ? じゃあ一緒に行こうか!」
「いいんですか! うわーめっちゃ楽しみ。あ、それと陽炎さんにこの前はお世話になりました、と伝えて頂けませんか」
「……わかった」
ーーーーかくして時尾 翔尋問事件は幕を閉じたのである。
感想、ブックマーク、ご指摘等お待ちしております。




