第92話 襲撃
「なんだか外が騒がしいですね、イジス様」
「そうだな。あの事件で引き取った獣たちがじゃれ合ってるんだろう。特に気にすることでもないだろう」
「そ、そうですかね」
イジスとモエは仕事を終えて、執務室でくつろいでいる。
だがこの時、まさか屋敷の外で攻防戦が行われているとは知る由もない二人なのである。
同時刻のガーティス子爵邸の外では。
「そっち行ったにゃ!」
「わふっ!」
キャロやルスたちの大きな声が響き渡っている。
「うわっ!」
「なんだよ、こいつら!」
顔を隠した怪しい連中が、子爵邸の使用人たちと格闘を繰り広げていた。
その主力は、以前の奴隷商人事件の時の被害者たちだ。
自分たちの居場所をくれたガーティス子爵家を守るために奮闘しているのである。
「ふっふっふっふっ……。亜人たちが多く住んでいる、このガーティス子爵邸を狙ったのが運の尽き。さっさとあたしたちの手で捕まるといいにゃ!」
キャロがかなり目を輝かせている。
元々他人とじゃれ合うのが好きなキャロは、悪い人間が相手だろうと戯れることができれば満足できるのだ。
「キャラル族の身体能力を甘く見るんじゃないにゃ!」
「ぎゃああっ!!」
キャロの鋭い爪が侵入者たちを襲う。
「ふっ、つまらぬものを斬ってしまったのにゃ」
何か決め台詞のようなことを呟いている。
キャロが立ち上がると、侵入者の衣服がバッサリと細切れになってしまっていた。
武器などもなくなってしまった侵入者はあっさりと使用人たちに取り押さえられてしまう。
「さあ、どんどんと捕まえてやるのにゃ」
「わうっ!」
右手を握ってポーズを決めるキャロと、その隣に落ち着くルス。
今二人がいる場所以外でも侵入者たちとの戦いは繰り広げられている。
「まったく、どこの誰だか知らないけれど、あたしたちをなめてもらっちゃ困るのにゃ!」
「わうーん!」
凛々しい顔を見せたキャロとルスはこくりと頷き合う。
「さて、ビスを手伝いに行くのにゃ」
「わうっ!」
他にもいる侵入者を捕らえに、颯爽と次の場所へと向かっていった。
―――
普段なら何の問題もなく通り抜けられるはずの街道。
この時ばかりは様相がいつもと違っていた。
子爵邸のあたりは天気は悪くないのだが、王都に近い場所場所では重い雨雲が発生していた。
「いかんな、降ってくる」
「いかがなさいますか、旦那様」
今いる場所から次の街までは遠い。馬車も長く走っているので、そろそろ馬の休憩も入れたいところだった。
ところが、子爵たちは自分の馬車を取り囲む不穏な空気を感じ取っていたのだ。
「やむをえん、ここらで止まって迎撃をしよう。下手に馬を走らせて何かあれば、そちらの方が危険極まりない」
「承知致しました、旦那様」
「それに、雨が降るならば私の使う魔法の種類からいえば好都合だ」
「では、わたくしめもご一緒致します」
「ああ、苦労を掛けるな、ダニエル」
子爵たちは、馬車を止めて怪しい気配と戦うことにしたのだった。
やがて、ぴたりと馬車が止まると、子爵は念のために馬車の周りに魔法を張り巡らせる。
ガーティス子爵の得意な魔法、氷の魔法だ。馬車を覆い尽くし、外敵の攻撃から身を守る。
子爵ほどの腕前になれば、そう簡単に割れるような代物にはならない。それこそ鉄球をぶつけたって割れやしないのだ。
「ダニエル、数は分かるか?」
「先程から数えておりましたが、三十近くかと」
子爵の問い掛けに、執事長のダニエルはさらっと答えていた。さすがは執事長、人の把握はお手の物だ。
ちなみに、方向ごとの人数も大体把握しているようだ。
「さすがに多勢に無勢だな。私とお前と二人ならどうとでも乗り切れると思うが、馬と御者を守りながらとなると、正直手厳しいな」
「左様でございますね。しかし、この規模の人数、侯爵の手の者にしても近くの賊にしても人数が多いように思いますな」
「最悪な状況だろうな。おそらく両方が同時にやって来たんだ」
「……なるほど、合点がいきました。うまく三つ巴にできればよいのですがね」
「まったくだ。だが、それはどうも期待できなさそうだな」
子爵はごくりと息を飲む。
地面を踏みしめる音が左右から同じように迫ってくる。
これは、敵対同士ではありえない。
敵対同士であるならば、鉢合わせをした瞬間に足が止まる。なのに、足音に止まるような気配がなかったのだ。
「共闘というわけですか。これは、相当我々への敵意を見せておりますね」
「まったくだな。盗賊の連中は、ここ最近の取り締まりの厳しさに困っているのだろうな。共通の敵を見出したことで、意気投合したというところか。まったく、面倒な限りだ」
ギリッと唇をきつくかみしめる子爵。
やがて、ぽつぽつと雨が降り始める。
強い雨足は、視界を閉ざし、音をかき消す。
ガーティス子爵たちには、ますます厳しい条件が整ってきていた。
強い雨が降り注ぎ、緊張感が高まっていく。
そんな中、まるで戦いの始まりでも告げるように、近くに大きな雷が落ちたのだった。




