第71話 王都へやって来た
建国祭が近付き、いよいよガーティス子爵たちは領地を発って王都へと向かう。
森のマイコニドの集落出身のモエは当然だが、イジスも実は学園時代以来久しぶりの王都となる。もう何年前の話だろうか。そのような状況なので、馬車に乗っているだけで緊張している二人なのである。もちろん、目の前にガーティス子爵が乗っているからというのもあるだろうが、それだけでは説明のつかない状況だった。
モエですらも感じられるくらいの重い空気が、確かにそこにはあった。
気にはなるけれども、子爵家にやってきてそれほど時間の経っていないモエでは、その理由を推し量ることはできなかった。
そんな気まずい中、モエたちの乗った馬車はついに王都へとたどり着く。
「うわぁ~。これが王都でございますか」
馬車の窓から外を覗くモエ。
その視界には、ガーティス子爵領の領都とは比べ物にならないくらいの大きな防壁と大規模な街並みが飛び込んできたのだ。
「ああ、そうだ。これが我々の住む国『フォークウッド』の王都だ」
「フォークウッド……。何気に初めて聞きましたね、王国の名前」
「まぁな。私の治める領地に住んでいれば、そう気にしなくてもいいと思っていたからな。まったくジルニテ伯爵家にも困ったものだ」
モエの反応にも淡々と返すガーティス子爵だったが、きっかけを作ったスピアノの実家であるジルニテ伯爵家に恨み節を呟いていた。遊びに来ることを了承したのは自分ではあるものの、結果がこうなっては怒りをどこかにぶつけずにはいられなかったからだ。
無事に王都の中へと入るガーティス子爵家の馬車。街の中心部分にある貴族の邸宅地まで王都の様子を見ながら進んでいく。
行き交う人々の多さに驚くモエは、その目をずっと輝かせていた。ちなみにイジスはそのモエの表情を見ながら実に満足そうに微笑んでいた。
(ふむ、モエが来てからというもの、モエ絡み以外では暴走がすっかりなくなったな。……となれば、今回は王都へやって来てもよかったかもしれないな)
二人の様子を見ながら、ガーティス子爵はそう思ったのだった。
そもそもガーティス子爵がイジスを社交から遠ざけたのは、その暴走癖のせいだった。何かと首を突っ込みたがるイジスの様子には正直頭が痛かった。なので、王都で問題を起こされるくらいなら、自分の裁量でどうとにでもできる領都へと押し込んだのだ。
結果、イジスが領都でいくら問題を起こしても、親の自分が処罰すれば大体治まっていた。それでも一向に直らないイジスの癖は悩みの種のままだったが……。
(モエの癒しの胞子は、イジスにも確実に効果が出ているようだな。もっとも、それ以外にもいろいろとあるみたいだが)
ガーティス子爵は、外を見てはしゃぐモエを見て和むイジスを見ながら、安心したかのように笑みをこぼしていた。
道中はこれといったトラブルもなく、ようやく王都のガーティス子爵邸に到着する。ほとんど領都にいるとはいっても、王都の屋敷もしっかり手入れされているようで、留守を預かる使用人たちが総出でガーティス子爵たちを出迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ぴしっと息の揃った発声はお辞儀である。訓練された使用人というのは本当に素晴らしい限りだ。
「うむ、ご苦労。特に変わったことはなかったか?」
「はっ、これといったことはございませんでした」
ガーティス子爵の問い掛けに、王都の子爵邸を預かる使用人の責任者がはっきりとした口調で答えている。
「そうか。これから建国祭にあたってしばらくこちらで暮らす事になる。よろしく頼むぞ」
「はっ、畏まりました」
責任者が深々と頭を下げる。
だが、子爵に続いて姿を見せた面々に、つい驚いてしまう。
「い、イジス坊ちゃま。それと、そちらの方は?」
学園卒業以来のイジスの顔出しに、使用人たちに衝撃が走る。
イジスだけならしばらくすれば回復しただろうが、その直前に降りてきたメイドの姿を見て、さらなる衝撃を受けていた。メイドとはいえ、女性と一緒にイジスがいることが珍しすぎたからだ。
「だ、だ、だ、旦那様」
「なんだ、ジェームス」
「誰なのでございますか、あの女性は」
ここまで動揺するのも珍しい話だ。そのくらいにイジスが女性と一緒にいるのは珍しいし、しかも、とてもにこやかにしている。イジスを知る人物からすれば、これだけで実に大事件なのだ。
「ああ、あのメイドか。彼女はモエといってな、今はイジスの専属の侍女をしている。イジスのやつがどうしてもとうるさくてな、やむを得ずという感じだ」
「なんと……!」
衝撃を受けるジェームス。しかし、そこはさすが使用人を取り仕切る男。すぐさま状態を立て直してガーティス子爵に告げる。
「このような日を迎えられるとは、このジェームス、感激でございます。料理長にも伝えて少々ばかり夕食は豪華にさせて頂きますぞ」
「張り切るのはいいが、やりすぎは困るぞ?」
「心得てございます」
ジェームスはそう答えると、てきぱきと使用人たちへと指示を飛ばしていく。その姿に、少し戸惑う様子を見せるガーティス子爵である。
建国祭まではもう少し。領地に帰るまでの間、何事も起きなければよいのだが……。




