第59話 モエの胞子の効果
いろいろ試してみた結果、モエの胞子の効果範囲は10mほどの範囲に及ぶ事が分かった。ちなみに帽子を被った場合でも2m程度に影響を及ぼすので、範囲が抑えられるだけで胞子の影響は抑えられないようだ。
「なんだか不思議な現象ですね。これだけ露骨に状態が違っていますと……ね」
「ああ、まったくだな」
イジスとモエは、昨日検証にやって来ていた庭を見ながらため息を漏らしている。
モエが長時間立っていた場所の庭の状態は、明らかな改善が見られる状態なのだ。見るからにしおれていた植物が、今は生き生きと花まで咲かせている始末。昨日との状態を比べれば、モエの胞子の効果は明らかなのだ。
ちなみに、モエが近くを通っただけでも改善はみられていたものの、立ち続けていた場所と比べればかなり効果は薄いようである。
「でも、モエの胞子は少し効果が現れるまで時間がかかるものの、癒しの効果がある事は実証されたね。本当にすごいよこれは」
「あ、ありがとうございます」
イジスに褒められると、モエは照れながらもお礼を言う。
「しかし、効果範囲がこれだけ広いとなると、マイコニドと話をするというのは一苦労のようだな」
「えっ」
イジスの言葉に思わず耳を疑うモエである。
「モエも聞いていただろう? マッシュとの会話を振り返る限り、マイコニドは話が通じない相手じゃない。その身から自然と振りまかれる胞子だけが、彼らを閉鎖的な社会へと押し込んでいるんだ」
「確かに……そうですね」
イジスの意見に、モエは顎を抱えるような仕草を取りながら頷いている。
実際、モエ自身もイジスやエリィたちと普通に会話をしている。しかもちゃんと意図を汲み取る事だってできているので、意思疎通にも問題はないのだ。
初めはひと目惚れからモエを手元に置いたイジスだったが、付き合っているうちに、真剣にマイコニドの事を考え始めたのだ。
本格的に考えるようになったのは、街の中で行われていていた違法な人外の取引だ。イジスもあの事件には相当ショックを受けていた。
だからこそ、あの時の亜人や魔獣の一部は引き取って面倒を見ている。罪滅ぼしみたいなものなのだ。
「イジス様、どうかなさいましたか?」
さっきからモエの事をあまりにも凝視しているために、モエは思わず問い掛けてしまう。
「うん? いや、すまない。考え事をしてしまっていたんだ」
「左様でございますか。でしたら、なぜ私を見ていたんでしょうか」
モエに指摘されると、イジスは顔を真っ赤にしながらモエから視線を外す。あまりにも恥ずかしすぎたようだ。
「いや、何でもないよ。そ、そうだ。保護した獣たちを見に行くとしようか」
「イジス様、はぐらかさないで下さい。……ですが、あの子たちの様子を見に行くのは賛成ですね。ちゃんとお世話されているのか気になりますから」
「まぁ、うちの使用人たちなら心配はないとは思うけどね。父上の命令なんだから、万が一があればこれだからね」
イジスはそう言いながら、手を垂直に自分の首にトントンと当てていた。つまり、クビということだ。
その姿に、モエは生温かい笑みを浮かべていた。
「なんなんだよ、モエ。その表情は」
「いえ、何でもありません。さっ、みんなの様子を見に行きましょう」
ツーンとすました表情でイジスの前を歩くモエ。慌てて追いかけるイジス。その時モエは、一瞬だけど穏やかな笑顔を見せたのだった。
その頃のガーティス子爵は自室にこもって作業をしていた。
以前起きた奴隷商の事はもちろん、先日のマッシュ襲来の際の被害状況などをまとめていたのだ。
人外絡みでいろいろ起きたことによって、ガーティス子爵は少々頭が痛いようだった。
「奴隷商の件は王国に報告はしておいたものの、詳細を調べているとかなり大きな組織だったようだな」
「左様でございますね。アジトには大量の証拠が残っていたのは幸いでしたね、旦那様」
「ああ、まったくだ」
ガーティス子爵の部屋の中には、大量の書類が積み上げられていた。街の中で発見されたアジトを徹底的に調査して回収してきた取引の記録などである。
「おそらくはこうやって証拠を残していたのは、取引した相手を揺さぶるつもりだったということだろう。奴隷の取引などは王国では禁止されているからな」
「まったく、嘆かわしい限りでございますな。あのような輩と取引をするなど、人の風上にも置けませぬぞ」
グリムも怒り混じりに言葉を漏らしている。
「だが、我が領都が利用されたのは事実だ。外部から見れば、我らとて同罪だ。なんとして早く全容を解明して報告せねばならんな」
「私めもしっかりとお手伝い致します」
ガーティス子爵の言葉に、グリムは返事をしてすぐさままとめ作業を再開する。
違法取引を行っていた集団によって着せられた汚名を雪ぐために、今日も大量の書類とにらめっこをするガーティス子爵。
事件の全容が明らかになるのは、一体いつになるというのだろうか。
今日もガーティス子爵の苦闘は続くのであった。




