第47話 配属の挨拶
まさかのイジス専属のメイドとか、どういう風の吹き回しなのだろうか。モエはついつい訝しんでしまう。
確かに、イジスからモエに向けられた感情は相変わらずだ。以前の過剰なくらいの反応が影を潜めたので、むしろ感情が落ち着いてきた風に見える。
この決定にはどうにも腑に落ちない点が多いモエである。
(イジス様ったら、本当に何を考えてらっしゃるのかしらね……)
とはいえ、しがない使用人であるモエには、この決定に逆らう事はできなかったのだった。
昼食が終わり、午後に入る。
いろいろと準備があったので、この時から正式にモエはイジスの専属メイドに配属される。これによって今までとは服装が少し変わる事にはなるものの、笠を隠すためのキャップだけはそのままとなる。
「意外と一般のメイドとは服が違うのですね」
「そうですよ。格が違いますからね、当然の話です」
基本的なエプロンドレスは変わらないものの、袖口が違っていたり、襟元にリボンが加わっていたりと細かい意匠が変わっている。これによって、なんだか偉くなった気分のモエである。
「わふっ」
頭の上では透明になったルスが嬉しそうにしっぽを振っていた。
改めて、専属となった事でイジスに挨拶に向かうモエ。部屋の扉の前に立ち、数回扉を叩いて中に知らせる。
「イジス様、モエです」
「ああ、モエかい? ちょっと待ってくれないかな」
普段ならすんなり部屋に入れてくれるはずのイジスが、何やら躊躇している。一体どうしたというのだろうか。
「畏まりました。少しお待ち致します」
不思議に思うものの、モエは仕方なく扉の前で待ちぼうけをする。
しばらく経つと、
「すまなかった、待たせたね。もう入っていいよ」
イジスから入室の許可が下りた。何があったのか疑問に思いながら、モエは扉を開ける。
部屋の中には服装をピシッと決めたイジスが立っていた。その姿に、思わず言葉が出なくなるモエだった。
「いろいろあって服装を新調したんだ。護衛のランスに手伝ってもらって着替えたんだけど、すまない、間に合わなかった」
どことなく照れくさそうにしているイジスである。
「いえ、思わず見惚れてしまいました。立派です、イジス様」
モエの方もどことなく顔が赤い気がした。おそらく本人は気が付いていないだろう。ところが、その場に居合わせたランスは、その二人の間に漂う雰囲気に、少々居心地が悪そうだった。
(何なのでしょうかね、この雰囲気は……。まったく、以前より地味に悪化しておりませんか?!)
口には出さず、抗議するかのように口を歪ませるランス。ところが、イジスとモエはまったく気が付いていない。二人揃って照れくさそうにまごついているだけだった。
「いい加減に挨拶をしてくれませんかね。私はいつまでこうしていればよろしいのですか!」
いつまで経っても話が進まないので、ランスはつい怒鳴ってしまった。その声に、思わず我に返るイジスとモエ。ルスもびっくりしてモエの頭からずり落ちそうになっていたが、必死にキャップにしがみついていた。
「そ、そうだったな。モエ、辞令は聞いているかな?」
「は、はい。本日よりイジス様の専属として働くように言われました」
イジスの問い掛けに、どうにか答えるモエ。少々声が上ずっているようだったが、無事に答える事ができたようである。
「うん、ずいぶん前から要望自体は出していたんだけどね。ようやく昨日になって通ったというわけだよ」
「そ、そうなのですね……」
手を忙しそうに動かしながら反応するモエ。明らかに今までとはイジスに対する態度が違っていた。
(うん? 今までに見た事がない仕草ですね……。いやまさか、そんなわけがあるわけありませんよね)
ランスもなんだか気になって仕方がないようである。以前にはまったく見た事のない姿だけに、余計に気になってしまうのだ。
「それでだね、モエの仕事に仕事に関してだけど、食堂の掃除だけは今まで通り行って欲しい。父上や母上もモエの掃除した食堂だと気持ちよく食事ができるみたいだからね」
「さ、左様でございますか。光栄でございます」
褒められたので、手を揃えて頭を下げるモエ。ルスは頭の上から肩に移動してしっかりと掴まっている。
「それで、朝と昼の2回、私と一緒に保護した獣たちの様子を見に行く事になっている。これから行くのだけど、大丈夫かい?」
「はい、問題ございません。ただ、服を新調したタイミングでそれは、他の方がどう思われるかという問題くらいでしょうか」
モエからそう返されると、イジスは驚いた顔をして、ランスは思わず吹き出していた。
「だから言ったではありませんか。今まで通りでいいと」
「いや、モエがせっかく専属になるんだから、気分を変えてみたいものだろう?」
イジスとランスが言い合っている。その姿を見て、いつもと変わらないなと、つい笑ってしまうモエだった。
「うふふふ」
モエに笑われて、つい恥ずかしくなるイジス。
「ほら見ろ。モエに笑われてしまったではないか」
イジスの文句を耳を塞いで聞き流すランス。そのやり取りを見てモエはさらに笑ってしまっていた。
「ま、まあそういうわけだ」
咳払いをして気を取り直すイジス。そして、モエの方へと体を向ける。
「これからは専属としてよろしく頼むよ、モエ」
「畏まりました、イジス様」
言葉を交わす二人。何気ない会話なのだが、なんだか甘酸っぱく感じたランスは身震いをしていたのだった。




