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第113話 里帰り

 結婚式から数日後のこと、モエとイジスは意外なところに出かけていた。

「本当によろしいのですか?」

「ああ、モエと一緒ならば問題ないだろう。それに、さすがにご家族に挨拶もなしにというのは、気が引けるというものだよ」

「イジス様がそう仰られるのでしたら……」

 モエはあまり乗り気ではなかったようだが、イジスがどうしてもというのでやって来ているようだった。

 そこはどこかというと、モエの住んでいた森の中だった。

 護衛もなしに、モエとイジスの二人だけでやって来ている。二人だけというのは理由がある。

 マイコニドという種族は、その身を守るために毒の胞子を常に振りまいている。モエはその毒の胞子を無効化する胞子を振りまいているのだが、その効果範囲は極小だ。

 それに、森の中で他者と交わらない生活を続けている。となれば、外部からの来訪者に対して警戒心が強い。そのような理由から、夫となったイジスだけがこうやってモエと一緒にやって来ているのだ。

「久しぶりですね、この森の中も」

「ああ、そうだな。あの時は、モエが人さらいにさらわれそうなっていたんだったな」

「はい、お恥ずかしながら。あの時の私は何も分からなかったですから」

 イジスが思い出したかのようにいうと、モエは恥ずかしそうに真っ赤になって下を向いてしまう。イジスも笑っているから、余計に恥ずかしくなっている。

「あの時はちょうどあいつらを追いかけていた時だったからね。それがなければ、こうやってモエと会うことはなかったし、モエもどうなっていたか分からない。時に運命というのは面白いものだよ」

「そうですね……」

 イジスが真顔でいうものだから、モエはついおかしくて笑ってしまう。

 イジスの方も、ころころと変わるモエの表情がおかしいのか、くすくすと笑っている。この夫婦ときたら仲が良いことである。


 しばらく歩いていると、どこからともなく犬の鳴き声がする。

「まあ、ルス。集落を見つけてくれたのね」

 ゆらりと空間が景色が揺れると、そこから白いオオカミが現れる。プリズムウルフのルスである。実は最初から姿を消してついて来ていたのだ。

「しかし、自分の住んでいた場所が分からなくなるとは、君らしい話だな」

「お恥ずかしながら、森の中で迷うくらいには外の世界が分かりませんでしたかね。当然ながら、逆も分からないのです……」

 モエはもじもじとしながら言い訳をしていた。

 ルスの案内でしばらく歩いていると、ついにマイコニドの集落にたどり着いた。

 見渡す限り、頭に笠をかぶった人たちが歩いている。人によっては歩きながらまき散らす胞子がよく見える。

「なにやつ!」

 イジスたちに気が付いたマイコニドが声をあげる。

 たちまち武装したマイコニドに囲まれてしまうモエとイジス。ルスが唸ってはいるが、モエが一生懸命なだめている。

「おう、モエ。戻ってきたのか」

 そんな中、一人だけ明るい声で話し掛けてくるマイコニドがいた。

「マッシュ! ええ、ちょっと実家に顔を出したくなって戻ってきたの」

 そう、モエの幼馴染みのマッシュだった。

「って、横にいるのはあの時の人間! お前、なんでいるんだ」

 モエの隣にいるイジスに気が付いて、マッシュが睨みつけている。

「なぜって、妻の実家に挨拶に来て悪いというのかな。とはいえ、モエがいなければ、私にとっては危険な場所なのだけどね」

 イジスはつい笑ってしまう。

「妻だと?! モエ、こいつと結婚したのか」

「はい、私はイジス様の妻ですよ。マッシュ、小さい頃の約束、果たせなくてごめんね」

「……まぁいいさ。モエがそれを選んだのなら、俺は」

 マッシュはモエへの未練を断ち切っているようだった。

 モエは久しぶりの故郷をゆっくりと見て回る。イジスたちもマイコニドの胞子に気をつけながら、一緒に挨拶に回っていた。

 最初こそ警戒していたマイコニドたちだが、モエの様子を見ているうちに自然とイジスたちのことも受け入れていたようだ。


 モエの両親とも挨拶が終わり、ひと通りマイコニドと交流が済んだ頃だった。

「ばうっ!」

「ど、どうしたのよ、ルス」

 ルスが森の外の方を向きながら、突然吠え始めたのだ。

 それと同時に森の様子がなにやらおかしなことになり始めた。

「これは……魔物氾濫の前兆か?」

「なんですって?!」

 魔物氾濫、スタンピードとも呼ばれるそれは、魔物が大量発生して甚大な被害をもたらす災害である。

 ガーティス子爵領はそもそも魔物の襲撃の多い地域だが、スタンピードともなるとさすがに身構えずにはいられない。

「急ぐぞ、モエ。父上たちと合流して、迎え撃つぞ!」

「はい!」

 馬に乗ってすぐに戻ろうとするモエとイジス。ところが、マッシュがついてこようとする。

「俺も行く。モエだけを危険な目に遭わせられるかっていうんだ」

「マッシュ、あなたは毒の胞子持ちなのよ? 私たちと一緒に戦えないわ」

「なら、魔物どもの中に突っ込んでいってやる。弱いとはいえ、動きを鈍らせるくらいはできるだろう」

 マッシュは本気のようだった。

「分かった。ルス、お前ならこの程度の毒は効かないだろう? マッシュを連れて魔物と戦っていてくれ」

「わうっ!」

 イジスの呼び掛けにルスが返事をしている。

「それとマッシュ」

「なんだよ」

「これを貸してやる。私は戻れば予備の武器があるからな。さすがに胞子の力があるとはいえ、丸腰は危険だからな」

 イジスは自分の提げていた剣をマッシュに渡していた。受け取ったマッシュは驚いていたが、すぐに引き締まった表情を見せていた。

「悪いな。だが、剣の素人だ。長くはもたないと思うぜ」

「すぐに援軍を連れて駆けつける。モエが悲しむからな、死ぬんじゃないぞ」

「分かってら!」

 モエとイジス、ルスとマッシュはすぐさま森から駆け出ていく。

 ここのところ静かだった魔物の急な活性化に、イジスたちは焦りを感じている。

「我々の生活を壊させやしない、必ず守り抜いてみせる」

 イジスは強い決意でもって、ガーティス子爵邸へと急いだのだった。

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