第112話 祝福の日
窓の外から日の光が差し込む。
すらりとした体に目立つ頭の笠。その笠を覆うようにベールがかぶせられる。
「うん、こんなものかにゃ」
「キャロ、こういう大切な衣装で適当に済ませるのはおやめなさい。ほら、ちょっと曲がっていますよ」
「うへっ、ビスは細かいにゃあ」
ビスとキャロが、モエの服をしっかりと着付けている。
真っ赤な笠と髪の毛に、真っ白な衣装が対比して目立つ。
そう、今日はいよいよイジスとモエの結婚式である。
思えば出会いから今日までとても長かった。
一目惚れをしたイジスと、右も左も分からない森暮らしをしていたマイコニドのモエ。紆余曲折のあったこの二人が、いよいよお互いの気持ちに素直になって、この日めでたく夫婦となるのである。
ガーティス子爵領の中もそれはまるでお祭りのような騒ぎになっている。前日の夜から飲めや歌えやの大騒ぎとなっていたのだ。
「きれいですよ、モエさん。いえ、若旦那様の奥様になるのですから、モエ様とお呼びすべきですね」
「……なんだかくすぐったいですね」
教育係を務めていたエリィの言葉に、つい笑いがこぼれてしまうモエである。
「でも、モエならあたしらも歓迎だにゃあ」
「まあ、そうですね。これだけ亜人への理解のある方が、というか亜人が若奥様となられるのでしたら、実に喜ばしいかぎりです」
「もう、二人とも」
くすくすと笑ってしまうモエである。
しばらく談笑して過ごしていると、メイド長であるマーサが姿を見せる。
「さあ、そろそろ参列者も集まって結婚式が始まります。みなさん、準備はよろしいですか?」
「うっ、今さらながらに緊張してきました」
マーサの言葉に、急に不安になるモエである。
「モエさん、あなたは主役なのです。もっと堂々として下さい。若奥様が不安を見せては、領民にどう示しをつけるのですか?」
「は、はい。頑張ります」
結婚式当日だというのに、マーサにお小言を言われて、モエは気合いを入れていた。この姿にはマーサもやれやれといった感じである。
「さあ、イジス様もお待ちかねです。そろそろ参りますよ」
「はい」
準備の整ったモエたちは、イジスと合流するために部屋を移動した。
「うう、緊張しますわね」
「なぜあなたが緊張するのですか、スピアノ」
結婚式場では参列者たちが結婚式が始まるのを今か今かと待ちわびている。
その中でスピアノは、まるで自分のことのように心配しているようだった。
「だって、モエさんなのですよ? マイコニドのモエさんですから、参列者たちから心無い言葉をかけられないかとか、あとはモエさんが何かドジをしないかだとか、いろいろ心配になってきますのよ」
スピアノは過剰に心配しているようだった。娘のあまりの取り乱しように、母親は思わず笑ってしまう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。きっと無事に終わります」
「まあ、そうだな。それよりもスピアノは自分の心配をした方がいいぞ。婚約が白紙になってしまって、相手を探し直さねばならんのだからな」
「うっ、そうでしたわね」
父親に自分の問題を突きつけられると、スピアノはぴしゃりと黙ってしまったのだった。
会場の前方に、ガーティス子爵家の華麗であるグリムが姿を見せる。
「みなさま、お忙しい中、招待を受けて参列して下さりまことにありがとうございます。お日柄もよくこのような祝福された日に、ガーティス子爵家の記念すべきことを迎えられたことを、心より神に感謝致します」
グリムの言葉が終わると、ゆっくりととある人物が出てくる。出てきた人物に、会場の中は騒めいている。
それもそのはず。国の教会でもトップに近いジニアス司祭が登場したからだ。これほどの高位司祭に祝福されるとは、うらやましい限りのようなのだ。
ジニアス司祭が正面に立つと、いよいよ新郎新婦の登場だ。
会場中の注目が集まるが、新婦の美しさに、思わずみなため息を漏らしているようだった。
「特別なマイコニドだとは聞いていたが、なんとも神々しい姿ではないか」
「頭の上が少し大きいだけで、私たちと変わりませんわね」
「あれがジニアス様に選ばれた存在か。拝んでおかねば……」
反応はさまざまである。だが、多くは好意的な反応であり、モエの存在が王国の中で受け入れられているようである。
二人がジニアス司祭の前まで進み、あれやこれやと結婚式の段取りが進んでいく。
誓いの言葉を述べ、指輪を交わし、そして、いよいよあの段階へと進んだ。
「それでは、夫婦となる近いとして、口づけを」
ジニアス司祭は慣れた様子で淡々と言うのだが、イジスとモエはどことなくうぶなので、思わず顔を真っ赤にしてしまう。
しかし、結婚式の流れの最後であるために、二人には拒否権などない。会場中が注目する中、イジスは覚悟を決める。
「モエ」
「はい」
「いくぞ」
「……はい!」
短く言葉をかけると、お互いに顔を近付けていく。
二人の唇が重なった時、会場の中からは割れんばかりの祝福の拍手が鳴り響いたのだった。