第111話 それぞれの企み
旅行から戻ってきたイジスたちを待っていたもの……、それはすっかり飾り立てられた領主邸だった。
「な、なんだこれは!」
イジスは驚いた様子で領主邸を眺めている。
「ふふふっ、これのためにうまく誘い出したかいがあります」
「も、モエ?! 謀ったな?」
イジスはびっくりしているようだった。
「だって、イジス様ってばお互いの気持ちがまとまってからも、まったく変わらなかったじゃないですか。ですので、こっそり私から旦那様に働きかけまして、今回のことを計画したのですよ」
「なんだって!」
モエから告げられた内容に驚くイジスである。
「はっ、まさかスピアノ嬢が役目を果たしたというのは……」
「そうですよ。イジス様を屋敷から連れ出す計画は、スピアノ様も関わってらっしゃったのです。あそこでお会いしたのは偶然じゃありませんよ。確認のためにわざわざいらっしゃったんです」
「なんてことだ……」
周りから罠にかけられたことに今さら気がつくイジスである。
「それに、外の様子が違うことにも気が付きませんでしたね。まあ、気付かれないように私とルスで気を逸らしていましたけれどね」
「やたら馬車の中で話し掛けてきたのは、そのためか。くっ、モエもずいぶんと策士になったものだな」
「そりゃまあ、イジス様の妻になるのですから、これくらいはできませんとね。奥様からもよく言われましたよ、度胸と器量が必要だと」
「母上……」
額に手を当てながら、イジスは母親の方へと視線を向けていた。
その視線に気が付いた子爵夫人は、くすくすと笑っている。
さすがに使用人を含めた家族全員にはめられたイジスは、大きくため息をついていた。
もうさすがに諦めるしかなかったようだ。
モエが無言でイジスを見つめている。その表情に気が付いたイジスは、モエに向けて左腕をすっと差し出す。モエはその腕をそっと手に取ると、イジスとくっついて屋敷の中へと入っていった。
その姿を眺めていた人たちは、涙を流したり拍手をしたりと、いよいよくっついた二人を祝福したのだった。
その夜、屋敷を訪ねる人物がいた。
「これはジニアス司祭。よくぞこの遠い道のりをいらして下さいました」
「いやはや、子爵自らがお出迎えとは嬉しいかぎりですな」
そう、王都の教会で司祭をしているジニアスだった。
モエのことに関してかなり力を貸してもらった相手であるので、ガーティス子爵は翌日に予定していることのために、わざわざ王都から呼び寄せたのである。
「マイコニドという珍しい存在の結婚式とは、まず立ち会えるものではないですからな。この老いぼれのためにわざわざ声をかけてもらってありがたいですぞ」
「いえ、こちらもいろいろとお世話になりましたし、やはりモエが安心していられる人物に祝福してもらうのが一番ですからな。あの子はマイコニドという亜人ではありますが、最初から娘みたいなものでしたからな」
「まったく、冷徹な男とも言われたおぬしがそこまで力を入れるとは、彼女の癒しの胞子の力とはすごいものだな」
「ははっ、まったくですな」
笑いながら会話を交わすと、子爵はジニアスを屋敷の中へと招き入れ、自分の部屋へと案内した。
その途中の飾りつけを見て、ジニアスからは笑みがこぼれ続けていた。
ジニアスがやって来たその直後に、別の来客がこっそりと屋敷にやって来た。
その人物を、子爵夫人が出迎える。
「ようこそいらっしゃいましたね、スピアノ」
「これはわざわざ出迎えて頂いてありがとうございます、子爵夫人」
やって来たのはスピアノだった。肩には先日の保養所でモエからもらったモサラサが乗っかっていた。
「まったく、伯爵令嬢ともあろうに、馬を駆って一人でやってくるなんて、何を考えているのですか」
「サプライズは多い方がいいに決まっていますわ。それはそうと、手伝って頂ける方はいらっしゃいますかしら」
「何をするおつもりですか」
「ふふっ、それは子爵夫人とはいえど内緒ですわよ」
子爵夫人に内容を聞かれても、意地悪そうに笑いながら話そうとしないスピアノである。
「仕方ありませんね。変なことはしないでくださいよ?」
「心得ておりますわ。なんといっても、モエさんの晴れ舞台なのですからね」
スピアノは両手に腰をしっかりと当てて鼻息荒く胸を張っていた。
まったく、伯爵令嬢らしからぬ振る舞いに、子爵夫人も苦笑いである。
子爵夫人はモエの教育係をしていたエリィと、モエと同じ亜人であり仲の良いビスとキャロを呼び出していた。
「この三人をスピアノにつけますので、お好きになさって下さい。エリィ、スピアノを客間に案内してあげて」
「承知致しました、奥様。ささ、スピアノ様、こちらへどうぞ」
「お世話になりますわよ。決して、イジス様とモエさんに知られないようにして下さいませ。なにせ、サプライズなのですから」
「心得ておりますとも。スピアノ様は驚かせることが好きでらっしゃいますものね」
「ふふっ、明日が楽しみですわね」
ガーティス子爵邸に役者がそろい、いよいよ明日、記念すべき日を迎えることとなったのだった。