第108話 悪い奴には制裁を
「おーっほっほっほっほっ!」
スピアノの高笑いが屋敷の中に響き渡る。
「これはこれはスピアノ嬢。元気なことはよろしいですが、先触れを出すという貴族のルールは守って頂きませんとな」
突然姿を見せたスピアノに対して、ガーティス子爵は苦言を呈している。
注意されたスピアノは、一応落ち着きを取り戻したのか、咳払いをして態度を改めている。
「こ本、これは失礼致しましたわ。嬉しさのあまり、つい急いてしまいましたわね」
しっかりと反省するスピアノである。
とりあえず落ち着いたところでエリィたちの飲み物を用意させる。
改めて子爵たちはテーブルを囲んでソファーに腰掛けている。
しばらくして戻ってきたエリィが淹れてきたお茶を並べると、ようやく話が始まった。
「それで、スピアノ嬢は何を探し出してきたのかな?」
話が始まると、子爵がいきなり切り込む。
「ええ、パーカス侯爵に関わる情報のあれこれですわ。あの程度の洗脳魔法、わたくしの家にかかれば大したことはありませんですわ」
「なんと、洗脳魔法のことも突き止めていたのか」
「それはもう。パーカス侯爵邸に送った使者たちの様子がおかしいのですもの。さすがの私でも気づきますわよ」
なんともまあ、スピアノは自力で洗脳を見破ったのだという。この子は将来大物になるのではと、子爵は驚きを隠せなかった。
「気付いた理由ですけれど、侯爵邸のことを詳しく聞こうとすると、なぜか表情がうつろになりましてね。見た目も言葉もしっかりしているだけに、よっぽどでないと気が付かないと思いますけれど、このわたくしはさすがにごまかせませんわ」
「いやはや、すごいな……」
「それで、わたくしが平手打ちをしましたらみんな元に戻りましたのよ。揃ってパーカス侯爵の部屋に入ってからおかしくなったと証言しておりましてね、わたくしは婚約者と遊ぶためと称して潜入しましたの」
なんともまあ、アクティブなお嬢様である。
それにしても、襲撃の日から今日までの日数を考えると、相当突貫で調べ上げたものだと思われる。
「そういえば、今日はどうやってこちらまで?」
「馬を駆ってきましたわ。一番速い馬でしたから、ここまで二日で着きましたのよ」
「なるほど、早馬も出せぬわけだ」
先触れがなかった理由にものすごく納得がいく子爵たちである。なにせスピアの自身が先触れと同一だったのだから。
「いや、スピアノ嬢。本当にこの短時間でよく調べたものだね」
「そりゃもう、わたくしはイジス様に惚れておりましたもの。それに、モエさんも大切な友人ですわ。そのお二人に害をなすようなお方を放っておけるわけがないではありませんの」
さらっと重大なことを言ってのけるスピアノである。
モエにはここまでの自信というものがないので、昨日までまったく自分の気持ちに向き合ってこれなかったのである。
「あと、これは極秘なのですが、パーカス侯爵家にはいろいろときな臭いお話も転がっているようですわ。洗脳魔法を使っている時点でもう真っ黒ですけれどね」
スピアノが独自に調べ上げてきたパーカス侯爵家の疑惑の数々。それは数冊の書面となってイジスたちの目の前に置かれている。
「わたくし、侯爵家ピエールと婚約者関係にございますけれど、この結果をもって婚約は解消させて頂きたく存じておりますわ」
「いや、それは私に言われても困るのだがな……」
「それは分かっておりますわ。ですが、隣の領地でございますので、お知らせしておく必要があるかと存じておりますわよ。一度ご迷惑はお掛けしておりますし」
なんとも律儀なスピアノである。
初めて会った頃はただのわがままなお嬢様かと思われたが、そのイメージはすっかり払拭されてしまっている。
スピアノから渡された資料を見て、子爵はため息をついている。
「よくやってくれたと褒めてやりたいところだが、伯爵たちには謝罪を言いに行かねばならぬな」
「そんなことは後回しではよろしいではありませんか」
子爵の言葉に、スピアノは文句を言っている。
「確かにそうだが、うちのために奔走してくれてたわけだから、いろいろと挨拶をしなければならないのは事実だろう?」
「……それはそうですわね」
子爵の勢いに、言い返す気力をなくしたスピアノは呆れた目で肯定している。
「ですが、すべてはあの迷惑な隣人、パーカス侯爵家をぎゃふんといわせてからですわ。爵位が上だからと、なんでも言いなりにできるとは思いませんことね」
スピアノは黒い笑顔を浮かべて笑っている。
ひと通り笑って落ち着いたのか、スピアノはようやくイジスとモエに対して視線を向けてきた。
「さあ、イジス様、モエさん」
「は、はい」
スピアノに声をかけられて、モエが背筋を伸ばして返事をしている。
「安心してイジス様と結婚できるように、環境を整えて差し上げますから、覚悟をしておいて下さいませ」
「ええっ?!」
スピアノの笑顔に、思わず困惑した反応をしてしまうモエである。
ガーティス子爵たちへ仕掛けられた襲撃事件の最終局面。犯人であるパーカス侯爵を追い詰めることができるのだろうか。
最終的な話し合いが行われたのだった。