第107話 子爵の帰宅
イジスとモエがようやくお互いに素直になった翌日、子爵が屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うむ、今戻ったぞ。留守の間、皆の者もご苦労だった」
使用人たちが勢ぞろいしてガーティス子爵を迎える。
馬車を降りた子爵は、労いの言葉をかけている。
次の瞬間、見慣れない人物たちが並んでいることに気が付いた子爵は、残っていた家令のグリムに尋ねる。
「あの者たちは何者だ?」
「はっ、それは後程親の方で本人たちを交えながらさせて頂きたく存じます」
「ふむ、そうか……」
外でするような話ではないことらしいので、子爵は納得して屋敷の中へと入っていく。
中に入れば、イジスとモエが並んで、子爵夫人と一緒に子爵を出迎えている。
「あなた、よく無事に戻られましたね」
子爵夫人が声をかける。
「ああ、いろいろとあったがこの通り元気だ。何があったかは部屋で話そう」
子爵がこう答えれば、全員それに従う。
子爵の部屋に揃うと、子爵と夫人、それとイジスとモエがテーブルを囲んで座る。
それ以外にも数名の男性が控えて立っている。
「先程の出迎えでもいた連中か。こいつらは何なのだ?」
子爵は耐えかねてイジスに問いかけている。
「はい、父上が出掛けられている間に屋敷に侵入した賊でございます」
イジスはすんなりと答えていた。
だが、ガーティス子爵は驚く様子はなく、淡々としていた。
「やはりそうか……。私の方にも賊がやって来ていたからな、もしやと思っていたからな」
お茶を一口含み、子爵は気持ちを落ち着かせている。
「だが、その賊がなぜこのように自由にしている。普通は牢屋に放り込んでの拷問であろう?」
「それなのですが、どうやら事情があったようで、彼らはこちらに寝返ってくれたので自由の身にしているのです」
「詳しく聞かせてもらおう」
子爵はイジスやグリムに詳細の説明を求めている。
イジスとグリムは互いに顔を合わせると、こくりと頷いて事の詳細を子爵へと話し始めた。
「なるほど、やはりパーカス侯爵の差し金だったか。私の方も襲撃にあったが、奴らは同じようなことを白状していたよ」
「父上も襲撃されていたのですか!?」
落ち着いて話す子爵の証言に、イジスは声をあげて驚いている。
「うむ。だが、ルスの親であるプリズムウルフに助けてもらった。多勢に無勢だったので、大いに助かったというものだ」
「わうっ!」
モエの腕に抱かれているルスが反応している。
表情は喜んでいるようなので、親の活躍を嬉しく思っているのだろう。
「もう、ルスってば」
モエもくすくすと笑っている。
「それにしても、洗脳の魔法か……。まったく面倒な力を持っているものだな」
「はい、我々も操られていた間のことはところどころ記憶にないくらいです。ですが、襲撃の時はかなりしっかりと覚えております」
子爵が話していると、賊だった人物の一人はそのように証言している。
「彼らは確保した後に吐かせようとしたのですが、魔法で喋れなくなっていたようですね。モエにも同席してもらっていたら段々と喋れるようになっていきました」
「なるほど、モエの癒しの胞子は、洗脳魔法すらも解除してしまうのか。これは驚くべき結果だな」
イジスの話を聞いていた子爵は、ずいぶんと考え込んでいるようだった。
そうかと思うと、子爵はひょいと顔を上げる。
「それと、お前たちはようやくくっついたのか。せっかく王都まで出向いて、陛下とジニアス司祭に認めてきてもらったというのにな」
子爵がイジスとモエを見ながら話をすると、二人は揃って顔を赤くしている。本当に初々しい反応である。
二人が顔を赤らめている様子には、子爵夫人も思わずにっこりである。
「まるで私たちが出会った時のことを思い出しますね、あなた」
「……ああ、そうだな。まったく君に出会うまでは私もただの堅物だったはずなのだがな。懐かしいものだ」
微笑む夫人に対して、子爵はあまり見せたことのないような笑顔を見せている。これにはイジスが一番びっくりしている。
「それよりもだ。これだけの証人がいれば、パーカス侯爵を処罰することも可能だろうな。我らに手出しをしたことを後悔させてやろう」
今度は不気味に笑い出している。
「父上、そのことでなのですが……」
「うむ、どうした」
「それが、襲撃の後にスピアノ嬢がやって来られてですね」
イジスは、屋敷にやって来たスピアノ嬢の様子を子爵へと報告している。
話を聞いた子爵は驚かずにはいられなかった。
「何をしているのだ、スピアノ嬢は。まったく、あのはねっかえりときたら……」
子爵は頭を抱えている。
だが、イジスの証言からするとだいぶ前の話なので、特にいなくなったなどの話は聞いていないので問題はないだろう。
頭の痛い話に、しんと静まり返る。
かと思えば、急に外が騒がしくなってくる。
「おーっほっほっほっほっ! やりましたわよ、イジス様、モエさん!」
大きな笑い声とともにスピアノが突然屋敷に押しかけて来たのだった。
一体何が「やりました」なのだろうか。
ようやく落ち着いた雰囲気は、再び一変してしまったのだった。