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第105話 決意の書類整理

 扉がノックされ、モエたちは警戒する。

「モエ、いるか?」

「……イジス様?!」

 部屋を訪れた人物は、イジスだった。

「少々お待ち下さい。今お開けします」

 モエは椅子から立ち上がり、バタバタと駆けていく。

 扉を開けると、そこには確かにイジスがいた。後ろにはマーサがついて来ている。

「マーサさんまで……。一体どうしたんですか」

 突然のことすぎて、モエは立ち上がったまま目をぱちくりとさせている。

 モエがイジスの手を見てみると、そこには書類の束がある。どうやら、イジスの方から書類の処理状況を確認に来たようだ。

 予想外なことすぎて、モエはイジスの方をじっと見つめてしまっていた。

 マーサがちらりとラビの方を見る。その視線だけで、ラビは何かを察したようだ。

「モエさん、私ちょっと温かいお飲み物を用意してきますね」

「えっ、ちょっと、ラビっ!」

 モエはそそくさと部屋を出ていくラビを呼び止めようとする。だが、ラビはモエを置いて部屋を出ていってしまった。

「では、書類はお二人で確認をして下さいませ」

 マーサもそんなことを言い残して部屋を出ていく。

 結果、部屋の中にはモエとイジスの二人だけが取り残されてしまった。

「……やられた」

 イジスはぽつりと呟いている。

 右手に書類の束を握りしめたまま、左手で髪をかき上げている。

 それにしても、処理していた書類の量からすると、手に持っている書類の量が少ない。何を思ってこれだけ持ってきたのだろうか。

「モエ」

「は、はい。イジス様」

 急に声をかけられて、呆然としていたモエがびっくりしたように返事をする。

「すまない。私だけではどうしてもチェックしきれなかった書類なんだが、一緒に見てもらってもいいだろうか」

 どうやら、イジスだけでは処理に困った書類のようだ。イジスだってそこまで詳しくない未熟者ゆえに、この手の相談ができるモエのところにやって来たようだ。……マーサの入れ知恵で。

 事務的な処理ならばと、モエはイジスからの申し入れを受け入れる。

 事務机から応接用のテーブルへと移動して、一緒に書類を見ることにする。

 その時、対面に座って顔を見合わせるのを嫌ったのか、あえてモエはイジスの隣に座っていた。

「モエ?」

 思わず声に出てしまうイジスである。

「お気になさらずに。これなら紙の方向を変えずに私も一緒に見ることができますから」

 どうやらモエは、紙をいちいち反転させる動作を無駄だと判断したようだ。

 イジスの手伝いをするようになってからというもの、モエもすっかりその手の作業には慣れてしまったようだ。

 それはともかくとして、モエはイジスの差し出した書類を手に取ってじっと眺め始める。

 一枚眺めてはテーブルに置き、また次の一枚を眺める。これを繰り返していき、モエは書類を数種類の山にしていた。

「モエ、これはどういう……」

 イジスが問い掛けようとすると、モエはその中の一束を拾い上げてイジスにつき返す。

「これはイジス様が処理する分です。私はこっちの束を終わらせます。こっちの束は二人で処理するもの、最後のこれは放置で問題ない分でございます」

 そう、モエは書類を眺めて優先度と処理する人物を決めていたのだ。

 これでも子爵邸に来た時は何も知らないマイコニドだったというのに、ずいぶんと成長したものである。

 モエが一生懸命書類を処理姿を見て、イジスはついにこりと微笑んでしまう。

「イジス様?」

「なんだい、モエ」

 不意に声をかけられて、イジスは慌てたように返事をする。

「手を動かして下さい。夕食までに終わりませんよ?」

「あ、ああ。そうだな……」

 モエから指摘されて、イジスはついはにかんでしまう。

 恩を返そうと真面目に取り組んでしまった結果、モエの性格はかなり真面目になってしまったのだ。

 なので、手が止まっているイジスを見て、指摘を入れてしまったというわけである。

 さすがにこれ以上モエに負担をかけるわけにもいかず、イジスは黙々と書類を整理していった。


「ふぅ、終わりましたね……」

「すまなかったな、モエ。手伝わせてしまって」

 思い切り背伸びをするモエに、イジスは謝罪を入れる。

「いいんですよ。私だってガーティス子爵家でお世話になりっぱなしというわけには参りませんから。自分のできることでイジス様たちを支えませんとね」

 処理の終わった書類をまとめながら、モエは淡々と答えていた。こういう時は本当に仕事人といった感じである。

「ああ、そのことなんだがな、モエ……」

 きりっとした表情で書類をまとめたモエは、戻ってきたラビたちに子爵の部屋へ書類を届けるようにお願いする。

 書類を受け取ったラビたちが部屋を出ていくと、モエはもう一度深呼吸をしていた。やっと書類作業から解放された安心感のせいである。

「なあ、モエ」

 ようやく緩い表情の見えたモエに、イジスは声をかける。

「なんでしょうか、イジス様」

 きょとんとした表情でイジスを見ている。

 あまりにも真剣に思い詰めたような顔をしているイジスを見て、モエは反応に困っているようだ。

「この際だから、はっきり言っておくよ」

「何をでございましょうか?」

 モエは首をこてんと傾ける。

「初めて会った時に一目惚れをしたと言っただろう?」

「そんなこと、ございましたっけかね」

 イジスの言葉に、モエはとぼけている。

「モエ、私は真剣だ。こっちを見ておくれ」

 ところが、モエのおとぼけは、今のイジスには通じなかった。

 イジスの強い声に、モエはついイジスの顔を見てしまう。そこにあったのは、どこか思い詰めたような表情のイジスの顔だった。

「イジス……様?」

「モエ、改めて言う。私は君のことが好きだ。もう自分の気持ちから逃げない。結婚しておくれ」

 男イジス、一世一代の告白だった。

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