第101話 メイドの部屋が見たい!
ピルツは用事を済ませたからと言って帰っていったものの、スピアノはまだ屋敷に滞在していた。どうも泊まる気満々のようである。
部屋はどこか客間を思ったのだが、モエと同じ部屋がいいと言って頑として聞かなかった。
だが、これにはエリィたちも困ったものである。
モエの部屋は使用人たちの部屋。狭くてそれほどきれいではない場所なのだ。そんな場所に、伯爵家の令嬢を寝泊まりさせていいものだろうかと、使用人たちは頭を悩ませた。
スピアノは構わないとは言っているものの、結局この申し出が受け入れられることはなかった。なぜなら、モエの部屋は一人部屋だからだ。ベッドが一つしかないのである。
それでもモエと一緒の部屋をと言い張るので、仕方なく一時的にモエに部屋を移ってもらうことにした。
「モエさん、今日だけは我慢して下さい。客間は落ち着かないかと思いますが、スピアノ様のためにお願いします」
メイド長であるマーサに必死に頼まれてしまったので、結局モエは断れなかった。
決まってしまったので、仕方なく着替えなどを取りに自分の部屋へとモエは向かう。後ろにはスピアノがにこにことした表情でついてきている。
「……スピアノ様?」
あまりにもにこやかなので、モエは立ち止まって声をかける。
「使用人の部屋というのは、一度見てみたかったのですわよ。わたくしのお屋敷の使用人はなんだかんだ言って、わたくしを近付けさせてくれませんでしたからね」
「左様でございますか。あまりいいものではないと存じますが」
どんなにいったところで、スピアノの表情は一切崩れない。これにはモエもさすがに諦めてしまったようだ。
モエの部屋にやって来る。
今のモエの立ち位置は、メイドではあるもののイジスの補佐という立場もあり、メイド長や執事長たちと同等の権限がある。つまり、モエがその気になれば他の使用人を動かすことができるのだ。
ちなみに、モエに限って言えばそんなことはないだろう。ガーティス子爵家は森から出てきた自分を保護してくれた場所だし、使用人たちも普通に接してくれている親切な人たちなのだから。
それはそれとして、モエは自分の部屋のノブに手をかける。
「中を見ても驚かないで下さいね」
「大丈夫ですわよ。モエさんのお部屋ですもの」
モエが確認するも、スピアノはまったくもって動じていなかった。
扉を開けて中を確認してみると、そこそこの広さのある一人部屋だった。
さすがメイドとしてめきめき腕を上げたモエの部屋らしく、とてもきれいに片付いていて使用人の部屋とは思えない清潔感が漂っていた。
「なんですか、ベッド一台くらい持ち込めそうではありませんか」
スピアノはこういうものの、ここまでベッドを持ってくるだけでも大変である。そして、そのベッドを誰が持ってくるのかという話に及ぶと、ようやく理解をしたようである。
「そうですわね。たったひと晩のためにそんな労力を払えませんわね。だったら、最初から来客用として整備されている部屋がいい、そういうわけですのね」
「その通りです」
モエはスピアノの対応をしながら、必要最低限のものだけを持ち出そうとしている。
「さて、移動しましょうか」
「えっ、もっと見せて下さってもよろしいのではございません?」
モエが急いで部屋を移動しようとすると、スピアノが引き留めようとしている。しかし、使用人からすれば自分の部屋を見られるのはあまりいい気分がしないらしい。
ところが、スピアノは部屋をじっくり見たくて仕方ないらしく、モエに対して目を輝かせながら凝視を続けている。
すっかり困り果てたモエは、やむなくもう少し部屋を見せることにした。
「お夕食には間に合わせたいですから、そんなに長くは無理ですよ」
「ありがとうございますですわ」
折れたモエの行動に、スピアノは満面の笑みでお礼を言っている。
そんなわけで、モエは自分の部屋の中を、気の済むまでスピアノに見せてあげたのだった。
ようやく、客間に移動してくる。
「申しておきますけれど、私の部屋はメイド長であるマーサさんとほぼ同じ部屋でございます。他の使用人の方々のお部屋は、二人から四人の相部屋になっていますからね?」
「そうなのですね。そちらも一度は見ておきたいですわ」
「それは、ご自分のお屋敷で仰って下さい……」
興味津々のスピアノに、モエは頭が痛くて仕方ないようだった。
「それにしても、本当にパーカス侯爵様に抗議を入れられるおつもりですか?」
話題を変えようとしてモエがこの話題を口に出すと、先程までにこやかだったスピアノの表情が一気に強張った。
「当然ですわ。ガーティス子爵家はわたくしのジルニテ伯爵家とよくして頂いておりますもの。隣の領というだけで好き勝手するのはどうかと思いますわ」
スピアノは本気のようである。
「お一人で突っ走らないで下さいませ。夕食になればイジス様ともお話はできますでしょうし、せめて旦那様方とご一緒に行った方がよいかと存じます」
「……そうですわね。相手は侯爵家、わたくしの家よりも格上ですものね。……少し落ち着きましたわ」
モエの忠告に、ようやくスピアノの表情が少し和らいだようだった。
だけど、スピアノの決意はまだまだ固い模様。面倒なことにならなければと思うモエなのだった。