これでいい、今のわたしはこれで
「ちょっと今の雰囲気壊すの悪いよ……冬華が」
妖力で海を渡ってカイアスに到着した桜雪さゆがそう言ってサリサを止める。サリサは聞かず、建物の屋根からすっと降りる。
「十分満足したでしょ、あんな雰囲気で30分も……」
「まあそんくらいはたってるけど本人たちはまだまだ味わい足りないんじゃない?」
桜雪さゆの言葉に後ろ髪引かれながら、サリサはミハエルの前に立つ。
サリサは金銀妖瞳の右目が赤の目、左目が金の目でミハエルを真っすぐ見つめ、右手を開いてミハエルに近づいてくる。
彼女の右手は、今、青い光で輝いているが、何も気功波を撃とうというわけじゃない。恋人繋ぎしてほしいという彼女の合図だ。
(今わたしにできる事はこれくらいだ。今はこれでいい。
わたしには水鏡冬華みたいな深い愛し方なんてできない。だから今はこれでいい)
冬華をちらりと見つつ、サリサはそう思う。
冬華みたいに女の念でぶつかることは自分はできない。
今の自分でそれをしても、冬華の女の魂に比べたら自分のは甚だガキっぽい恋心だ。恥ずかしい。
サリサは、手はミハエルと恋人繋ぎをしたままそのまま180度回ってミハエルとは顔を向けあわない。
(これでいい、今のわたしはこれで)
振り返ってミハエルの顔を見る事はしなかった。だっていま振り返ったら――
(泣いてる顔、冬華にもミハエルにも晒しちゃうじゃない。声も震えないよう気をつけなきゃ)
「冬華――あんたの愛情の深さ上で屋根で聞いてたよ。とてもじゃないけど今の淑女って何だろうって模索中のわたしじゃ敵わない気にさせられた。
あんたのミハエルへの愛の深さにわたしまで戸惑ってる。わたしまだまだ女として未熟よ……」
ミハエルの左手とサリサの右手はずっと恋人繋ぎしている。
「それじゃあ、またね」
「あぁ、それじゃあね」
ミハエルのそれじゃあねを聞いたとたん、サリサの肩がピクッンと震えた。またとはいったけどそれから2,3分は恋人繋ぎしたままサリサとミハエルは離れなかった。
「それじゃ、ね」
サリサはもう一度言うとようやく名残惜しそうにミハエルの手を離した。
(彼の瞳を見たら言ってしまう。そんな瞳をして黙って見つめないでよって)
スッ――――
サリサは振り返らない。ミハエルが向いている方向に足を向ける。まるで恋煩いは微熱のようだ。サリサはそう思った。
(愛するひとりのために、女は時を旅する……
そこまで思えてたかと言われるとわたしは彼氏に対してそこまで思えてるか疑問だ……愛情がないって意味じゃなくて、そこまで深く男を愛する事ができるほどわたしの心は育っていない。
まだまだ女としてはガキだな……『手足が伸び切っただけの子ども』って言われた意味今になってよく理解ったよ……。
わたし、まだまだガキだな女として。冬華の告白聞いてそれを思い知らされたよ……)
でも振り返らなかったおかげで、水鏡冬華の先程の告白を思い出してから、堪えがたい涙に頬を濡らす自分の姿は見られずに済んだ。




