なんで……なんで斬った!
その悲劇の直後、黄金のオーラを纏ったガラルが聖堂にやってきた。
「なんで……なんで斬った! あの腕は……彼女の腕は何も悪い事する腕じゃない!
料理するための腕だ!
下手したらもう二度と動かないかも知れない!
お前のヒーロー願望に巻き込まれて、彼女の腕は料理を作れないかもしれなくなった。
絵でも料理でもゼロから何かを作り出す手っていうのは貴重なんだ。クリエイトできる腕っていうのは貴重なんだ。
それをわかれよ、てめえ…………」
ミハエルの声に怒気が含まれている。
青いオーラが湯気のようにミハエルから立ち昇っている。
「ミハエルさん…………」
水鏡冬華と東雲波澄が霊気の怒気っぷりを見て恐れをなす。
(本気で怒ってるわ)
水鏡冬華が、それでも、わかっていても、一度ミハエルの怒りの表情を覗き込む。
いや、東雲波澄の方が覗き込むの早かった。
「ヒッ!?」
(――――!?)
狼。
東雲波澄と違い、悲鳴は我慢した水鏡冬華には、その思いっきり鼻に寄ったしわの、半開きの唇の、眉間に寄ったそのしわの、彼のその顔は、狼が守るもののために飛びかかる直前に思えた。
「その顔! その顔だよ! ミハエル卿! いいねえ! その真に迫った顔!」
ガラルがミハエルの怒り顔に拍手をする。
パチパチパチパチ……。
「ははっ!
その女の子腕使えなくなったんだ?
まあご愁傷様! 気をつけていないからそうなるんだよ。
しょうがないね! 運命ってやつだ。
俺が力に目覚めたのも運命。
病気や事故で死んだ連中だって運命。
運命の黙示録!
俺が魔剣アンサラー=フラガラッハみたいなオーラ剣振り回したら、そのオーラの先にいて腕が1本いかれたねーちゃんもうんめ――――」
男はミハエルの怒りの顔を見てなにやらテンションが上がっているようだ。
「ちょっとアンタ! やめなさい!!」
水鏡冬華のヒーロー男に放った静止の声は怒声というより悲鳴に近かった。
(ダメだ、気の長い人が怒ったら洒落にならない事が起きる……)
目の端で――――
(幕末で見た――――)
自分の横の新選組が、仲間をやられた怒りで維新志士を薙ぎたおした光景が、水鏡冬華の脳裏によみがえった。
冬華の目には太刀筋が見えた。
幕末と同じ。
人がいなくなる。
とてつもなく速く振りかぶる彼の左腕。
赤いカーテンの前に見る、その前に見る太刀筋。
別れの合図。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
「……………………」
聖堂に轟音が響き渡る。
ミハエルの剣が勢い余って床を真っ二つにする。
剣が真っ二つどころかバキバキに折れている。
ガラン、キンッ、カランカランカラン…………。
ミハエルは刀身がボロボロ崩れていく剣の柄を手放した。
鼻にしわを寄せた、犬歯を見せた顔で、憤怒の表情でミハエルはヒーロー男を見あげる。剣を振り下ろし、地面を割った姿勢から戻りつつも。
ヒーロー男は自分の背が低くなっていると感じた。
「???」
怒ったミハエルの顔が上に移動する。
いや女グループのスカートが自分の目線の高さまでせり上がってくる。
なんてエッチなのだろう。
この女どもはエッチだ。わざわざ俺の目線にまで腰を持ちあげるなんて。何を考えているんだこの女どもは。
「???」
自分の胴体が自分の目線より高い位置に移動している。
「???」
そのときヒーロー男は初めて鏡を使わずに自分の背中を見た。
そして自分の後頭部が床に触れ合う。
その時、ようやっと男は自分が左袈裟斬りにされ、真っ二つに斬られた事を理解した。
(どうりで女のパンツ見えるわけだ)
そう言いだしたかったが声が出ない。口はあるのに肺がないから。
男は怪談を思い出していた。
箱の中の魍魎。捕まえた獲物を箱に入れる魍魎を。
胴体真っ二つにされた自分なんか箱に入れやすいだろう。
(やめてくれ! やめてくれ! 俺はヒーローになる男なんだぞ!
箱の中に閉じ込めないでくれ!
俺はヒーローだ! ちょっと女の腕傷つけたくらいなんだ。
ヒーローに誕生に比べれば小さい事だろうが!
ほら! だれかヒールをかけろ! 胴体繋げてくれ! ヒールを…………。
けっ、女ども! 慈愛に満ちてます~みたいな顔してるのに助けねーのかよ!
ヒーローだぞ!!!! 俺は!!!! ヒーロー!!!!)
と、ヒーロー男の視線が上に移動した。
「?」
ミハエルが頭をわしづかみにしている。
(おお! 自分の罪を自覚したかミハエル! ヒーローを殺すなんてあってはならない事だもんな! お前もそう思うだろう!)
ミハエルは鼻にしわを寄せた表情のまま、ヒーローの頭があるパーツを倒れた胴体パーツに上に乗せた。
カーン! カーン! カーン!
そして銀の釘を打ちつけ2つのパーツを固定する。
(なぜ!? これじゃあ俺はまるでヴァンパイアじゃないか! 銀の釘、こんなに痛いとは!)
そしてミハエルは怒りの表情のまま霊気でシルバースターを作り、ヒーローの体へ銀の星の弾丸を打ち込む。
(うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
声は出なかったが心でそう叫んで口を大きく開けてヒーローは苦しみに叫んだ。