よく遊び、よく食べて、よく休む
食事を終えて、酒本薫子の案内で教会に辿り着いたミハエル一行。
教会。2階で子どもたちが騒いでいるのがわかる。
ミハエルたちは、聖堂へ侵入した。
ロジー=モーティマー。
ミハエルが飛び級で大学にいた時に知った彼女。
少なくともミハエルには学生時代からこんな遺伝子至上主義に変わるとは思えない女の子だった。
「オーヴァン国王の命でやってきました。ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒです。
シスター。君がプランのリーダー?」
「はい。ミハエルくんお久しぶりです。あっ、ごめんなさい。学生の時の呼び方で……」
「いや、そこは別に構わん。久しぶり。
あ、お茶お構いなく」
別のシスターがお茶を持ってきた。
挨拶をして絶対運命神プランとはなにかをミハエルは聞いてみる。
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「うん…………聞いてみたけどディスピトア以外の何物でもないな。運命絶対神プラン。
遺伝子で職業が決定されると、各種適性人口と社会に必要な職業人口とが合わない、人が余りまくる業界が出てきたり逆に人が足りなさすぎる業界が出る。
絶対遺伝子改変バカが出る。
選別計画って必ず一部の人が恣意的に利用する。クソだわ。
正しい1つ道しか許さない。
他の選択肢を作ろうもんなら、そのめを詰むって運命絶対神プランの根底だ。
だから、今の幸せだけを与えてやるこれは逆に言うと、AIとは違う形で幸福になろうとすればお前には相応しくないと言ってAIが奪うし、違う道を見つけるよう努力したら、AIの提示した別の道を作ることになるから殺戮します。
どこがエデンだ。ディスピトアだろ。
そもそもAIを神として崇めたくない。
『才能が無いために幼稚園を卒業できない老人』なんてものが出てくるぞこんなん通したら。
でも、やりたいこととかなんの熱意もない人もいるからね~。そういう人に絞れば、適性検査とすれば有用性は高いかも。強制一切なしでな!
でもおかしい面たくさんあるんだよなあ。
結婚も遺伝子だけで決めつけたり。
大体ね。育成方法がおかしい。人は機械じゃないんだぞ。人はメカではない。
言っていることが分かるか? ロジー?」
ロジーは頷いた。
「ええ。人がメカとは違うってことですよね。だから絶対運命神プランでその人のそぞむ人生だけを――」
「悪い。全然わかってないわ君。
分かった風なのやめてくれ。わたしより年上のくせにアホめ……。何を見てわたしより長い人生生きてきたんだ。
『才能や向き不向きを伸ばすための修行が、逆にその人の目をつむ』っていうのがたくさんあるんだ。
第一、十代で目覚めなかったことが二十代以降に目覚めるって可能性もあるし。
ムーンショッターがステータスオープンとか言って自分の適性見てそれしかしないの見て来てるけど、あれ地獄への道だからな。
自分の可能性を閉ざしてる。
絵とかもね。小説とかもね。描くより外で色んなもん見てこいとよく言われる。
そういうのはそれを分かっている師匠がよく言う。いい師匠だ。
わたし剣聖って呼ばれてただろ。大学生の時から。
ロジー、キミ大学生のわたしが剣の素振りしてたの見たことある?」
「いえ、言われてみるとないです」
「でしょ? ヴェザリーヌ先生に頼まれて紅茶の宅配とか薬草の宅配とかしてたのはみたでしょ、あのセミがうるさかった日」
「あ、それは覚えてますセミにおしっこかけられそうになってましたね!」
「そうそうそれそれ! 危なかったわアレ。
あの時色々あってね。わたしの人間性が広がる経験になったのよ。もちろん剣聖としてもな。
修行ってのは奥が深い。
だから、一見関係ないことを弟子に命じる師匠こそが当たりの師匠だ。
『自分自身に負けないために励む』
これは素振りだけじゃあマニュアル訓練だけじゃア、絶対に学べない!
畑耕せとかね。オレ剣聖めざしてるんですけどーて言いたくなるかもしれんがそういう師匠こそ正解。
野球でも、オレ草むしりばっかじゃ~ん。教える気あるの~? てコーチの方が正解かもよ? まず、先輩のフォームを見ろ。その眼で盗め! ってな。
『よく遊び、よく食べて、よく休む』
小手先の技術よりこれの大事さを教えてくれる人が師匠として大正解。
健康という言葉自体は健体全康心の略字で、すこやかな体とやすらかな心という意味。これを教えてくれる師匠こそ大当たり。
これを教えてくれる師匠なら、1日3食は毒だからやめろと絶対言う。
アスリート、軍人は心臓を酷使しているから、心機能自体は素晴らしいが体全体で見ると運動のために発生した過度な『コルチゾールのせいで体内の炎症』を起こし、『老化はかえって進行し、寿命には悪影響』となっている。
1日3食は人によっては胃腸の酷使になるかもしれないので、老化のリスクとなる。
って人間としての土台をしっかり育ててくれるからな。
そして、このようなことを学んだ人は、好みが変わる人も出てくる。
これが良い兆しで、
・ 第六感の目覚め
・ 意志の実現力が増す
・ イントロン、ジャンク遺伝子が起動を始めて、「古い人々」と免疫力の差が出る。
これが、このヴァーレンスで、多くの人に明らかに成っていることだ。
そして、老人の中でも、イントロン遺伝子の目覚めにより、20歳まで若返る現象が起こる人が出る。
逆に『若者でも、老化が異常に進む人』も出る。
つまり、『古い人々』には、若者も居るわけだ。学校でクラスメイトに老けてる奴いないか? その子は食生活が悪い。
良い食生活と運動量の調節で老け顔は治る!
【年齢での区切りでは無い】
人類は、「よい師匠に出会ったかどうか」で分かれて行くのだ。
そして良い師匠に出会った奴は、わたしが今言った指導でうまれた『余裕』で
【人生をおもしろくすごして】いるぞ。
いつも修行で眉間にしわ寄せてるのは無駄な修行。
今のわたしは、他人というアイドルが必要な人間か? 否か? 自分を剣聖なんてアイドルにすべきか? 否か? いちいち自分を悪役令嬢にする意味あるのか? 否か?
まずはここから、分かれ始めて行く。
【無意識で出せるよう落とし込んだ技】
ってね。剣だろうが料理だろうが、日常で一番無意識で出せるようにしたものが落とし込みやすい。素振り1000回よりもね」
「あ、あの…………」
「どしたん? 薫子ちゃん」
酒本薫子は、神に祈るように、手を胸の前で組む。まるで神に祈るようだ。
だが、そうみると角度的に酒本薫子が拝んでいるのはミハエル本人というとこになる。
あと酒本薫子ほどではないが。
天馬蒼依はすごーい! といった表情で口をあんぐり開けてミハエルを見ている。
空夢風音も、水野陽夏もなんだか感動してぽろぽろと涙を流している。
東雲波澄は普通に満足そうな笑顔だ。水鏡冬華は、うんうんと頷いている。
サリサにフィオラは気取った表情で感情を表に出さないようにしている。が、顔の筋肉の引き釣りが感情を抑えきれていない。
「えと…………なんていうか、その」
「ゆっくり喋っていいよ」
「は、はい。ありがとうございます。
あなたみたいな人がわたしの隣にいてくれたらなんて幸せなんだろうな…………ってミハエルさんの話聞いてて思いました。学校で教えてくれない事を学んだ気がします。
あなたの…………お嫁さんが…………羨ましい………あなたから毎日愛をもらって、師匠として良い教えもいただけるなんて、羨ましすぎる…………、ひっ、ひっぐ、ひっ、ひっ」
酒本薫子が、涙にぬれた手でミハエルの手に自分の手を重ねる。
「ちょっと、後ろで落ち着くまで休んでおいで、薫子ちゃん」
(ちとオーバーすぎる人が何人かいますよ~)
ミハエルは涙を流している一部の女たちにビビった。
「あ゛、あ゛い…………」
はいの言葉すら言えないほど泣きじゃくっている酒本薫子。
「しばらく、ここで落ち着いてよっか。薫子ちゃん」
「あ゛い…………」
水鏡冬華が酒本薫子を後ろに連れてゆく。
(わたしも、あんな旦那様もらえて恵まれてるんだってこと自覚しなきゃね……)
水鏡冬華が振り向いてミハエルの顔をよ~く見て、そう改めて思う。