こんな形で戦うとは
魔導船の甲板の上。
フレッドが舵を取り、ファブリス諸侯北西のカスティーリャまで向かう。
とにかく泣きじゃくる背中に手をあてて風音をなだめるミハエル。
「触らないで! 恋心を否定するミハエルさん! 恋心を肯定するミハエルさんならどこでもさわってもいいですけど!」
ミハエルは困ったような顔をして従う。手を離す。
女グループの反応はやや冷たく、男グループの反応はやや同情的だ。
だが、恋心まで否定された風音の機嫌は直らない。
「わたしと試合してください。あなたが勝ったら、わたしを好きなようにしてかまいません。どんなHな、いやらしい要求でも応えます。あなたの前で一糸まとわぬ姿、裸になれって命令でも従いますよ! わたしが勝ったら、一生あなたのそばにいる権利をもらいます」
断固とした決意をもってそれを言ってくる。
「あの一言でわたしの事嫌いになったんじゃないの? あとそういう強硬手段に出る顔に見えない」
ミハエルが尋ねる。
「誰がそんなこと言いました? わたしはあなたが大好きなままでさっきの発言が許せないだけです! あと顔ですべてを判断しない方がいいですよ。よく大人しい顔してるから云々言われますけど、わたしそこまで大人しくないですから」
そう言って、空夢風音は腰に下げている2刀の小太刀を鞘から抜いて構える。
「ちょっと待った! 刃止まってるのでやるか、なければ鞘から抜かないでやりなさい! 鞘が体にあたったらポイントね。鞘と剣に引力つけてほしかったら、わたしが秒でするわ。呪禁で」
水鏡冬華がそういう。ミハエルは、
「試合自体止めるわけではないんだ」
とツッコミを入れるが、水鏡冬華はミハエルの助けて目線をスルーする。目線を反らして。
「だって女として今の風音の気持ち分かるもん」
「うぅ~ん」
と唸り声を上げてミハエルが構える。
ミハエルが構えたのは、紙ソード。
よく子どもがやる新聞紙を丸めて遊びの道具とするあれだ。
「ふぅー……ふぅー! バカにしないで…………!」
「…………」
冗談を受け付けそうにない風音が穏やかそうな顔には似合わず、歯をむき出しに、犬歯を見せて、涙をためて――いや大粒の涙を一筋こぼして、恨めしい口調というか、獣が唸るように抗議する。
左利きのミハエルは無言で、困った顔で普通の長剣を左手で持ち鞘に入れたまま構えた。
長剣を鞘に入れたままで紐でむすんでとりあえず安全といった感じだ。
「どこからでもどうぞ」
ミハエルが誘う。
(後の先を取る気か)
風音は、ミハエルのカウンターを警戒した。
リーチは自分の方が短い。まあ男と女である。そこらへんは仕方ないと思っている。だから風音は2刀流を学んだ。相手の攻撃をかいくぐっていくリスクのある戦闘スタイルだ。
「剣ていうのは面と面の取り合い、そんな風に見えない?」
ミハエルが剣を構えそう風音に言う。風音は真剣な表情でミハエルを見据えたが、答えはしなかった。
(だから2刀であなたの武器を封じて、そちらの占有面積ゼロにするんじゃないですか)
カンっッ、カカカンッ
(速いな――予想より。そしてあっつ。これ地獄の日本じゃあ、地獄の球じゃあ40度でしょ? 動くの危険だねそんなの)
ミハエルはそう心の中で呟く。
(霊気まともに成長させたら、結構な強さになるぞ)
鞘と鞘がぶつかる音がする。小太刀と長剣がはじける。
(左で――)
「痛った!」
風音は左腕をミハエルの左足で蹴られた。だが、なんとか小太刀は落とさないでいたがもう一度握り直さないとまともに振れそうにない。
揺れる船、最初にバランスを崩したのは風音。自分の激しい動きにふわりとスカートが舞い、目の前のミハエルにパンツが見られた気がした。
「――――くっ、んんっ! やっ!」
と声を漏らしながら風音はスカートを抑える。
(普通ならともかく、今の乙女の恋心否定の腹立つミハエルさんにはパンツ見せたくない! 腹立つ! あなたには女の子の大事な部分何も見せてあげない!)
ちょっとスカート抑えた時に思わず自分の小太刀で自分の太もも斬った! と思ったが鞘に入った状態なので助かった。
――と、次の瞬間ミハエルの姿がない!
(どこに消えたの……はやい)
きょろきょろと周りを見る。一番最初に目に入ったのは、審判役をかって出ている自分と同じく高校生ではないのにセーラー服をきた水鏡冬華だ。
「ここだね。2刀流は嫁の中に打刀2刀の達人がいてね。菊月明日香っていうんだけど。わたしたち一同は2刀流の独特な動きになれている」
と愛おしいけど腹立つ彼の声が近くから聞こえてきた。後ろだ。自分がミニスカに気を取られていた一瞬で回り込んだのだ。
(他の女の名前……)
この星は一夫多妻制がメジャーだ。彼はヴァーレンスの公爵だ。世間的にも不死身の皇帝と異名がつくほど有名である。だから嫁の名前で女が複数出ることは当たり前である。
でも腹が立つ。
「おい、いい加減出てこい! さゆが途中から風音を必要以上にいじめていた原因!」
とミハエルは風音の首の裏、うなじあたりを押す。
推した部分が青白い光りに包まれている。ミハエルの霊気だ。
「ぐぐぐぐうっく! もうちょっと隠れようと思っていたのに。この娘の願いを叶えつつ、もっともっと恋に溺れさせて、どうしようもなく淫乱な女に堕ちさせようという僕の趣味が台無しではないか。せっかくミハエル相手にそうなりかけていたのにもったいない。完成したら男の前でどんな顔、どんな声で鳴くか楽しみだったのに」
「悪趣味ね」
フィオラが吐き捨てるように言う。
純白の天使――堕天使が風音のうなじから出てきた。大きさは2m近い。でかい。
「ううっ――! はぁ、はぁ――!」
気絶まではしないが、四つん這いになる風音。ミニ浴衣を着ているおかげで四つん這いでもパンチラはしない。そのことに風音はミハエルに勝利した気分になった。
(はぁ、はぁ、ミニ浴衣羽織っていますから、ミニスカートでも四つん這いでもパンツ見えませんよ! ざんね~んでしたー)
そんな勝ち誇りは彼女以外は気づかずにミハエルたちは堕天使を追い詰めるべく動く。
「冬華! アリウスくん!」
ミハエルが叫ぶ。
「呪禁道が1つ――かごめ!」
「アッタードーム!」
「結晶雪化粧!」
さゆのも足して3重の結界が船を包む。
「涼しいわ……」
フィオラが結晶雪化粧がもたらした涼しさに言葉を漏らす。
「乳房失くなってるけどわたしが遊んでた堕天使であってるよこいつ!」
桜雪さゆがそう言った。
「じゃあ男女から男にもどったってわけ?」
水鏡冬華がそうさゆに聞く。
「わかんなーい。下が……」
「…………あぁ。ふたなりって悪魔、堕天の印だもんね」