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自己紹介2

 女性聖騎士が立ち上がった。

「では私が。スーテ・ラシーファルと申します。帝国出身の聖騎士であり、十人隊長として聖域の警護にあたっております」

 聖騎士の青と白のサーコートと鎧を身につけ、腕に小楯、腰に長剣と短剣とを帯びた、二十代の女性。背が高く、短く切った黒髪に鋭く輝く緑の瞳は、凛々しい少年のようにも見える。

「聖女様方を大神殿にお送りするために待機していたところ、邪神復活の啓示で強制接続を受けました。そこへ、聖女ミルファ様のお迎えの方々がーー本来王都の大神殿でお待ちいただく慣例なのですがーー勝手に聖域前まで来られ、さらにはミルファ様と共にどさくさ紛れに聖域内に入り込んでいきました。彼らを取り押さえると共に邪神の復活を阻止すべく、畏れ多いことですが、我々もコルテリア様と共に聖域に足を踏み入れた次第であります」

 締めくくりながら、髭の騎士と長身の男をじろりと睨んだ。

 悪びれた様子のない騎士が刈り込んだ顎髭を撫でながら、

「まあ、それについてのお叱りは後にしていただきますか。お次の方?」

「なんで仕切っているんですか。俺、いや私はポーリエ・アルリウスと申します。諸島連合出身です」

 金髪碧眼の快活な美青年だった。スーテと同じ装備で、立ち上がってうやうやしく礼をとる姿は、絵に描いたような若き聖騎士である。とても啓示を聞こえなかったことにしようとか、外部に丸投げとか言っていたとは思えない爽やかさだ、と『彼』は思った。

「名前や外見は東方風ですな。南方の諸島連合なら、髪や肌色が濃い印象ですが」

 少し疑わしげに髭の騎士が言うのに、ポーリエが答える。

「名前については、父が東方の出身ですので。それに大戦の際、人類の狭い生存領域に難民が集まりましたので、混血が進んでおります。出身地と髪色などの関係につきましては、あくまでも傾向にすぎません」

「それはそうだ、失敬いたした」

「いえ。現在は聖王国にて、スーテ隊長と同じ隊に所属しております。本来聖騎士は隊に一人ですが、聖騎士に叙勲されたばかりですので、スーテ隊長にご指導いただいているところでありました。聖域に入る経緯についてですが、スーテ隊長と同じような話を繰り返すのも詮なきことですから省略いたしましょう。よろしくお願いします」

「では次はそれがしですな。エルディン・アルガドゥーンと申します。アーウィズ国にて、不肖ながら青銅騎士団団長を務めております。此度(こたび)は聖女ミルファ様の帰国にあたってお迎えに参りましたところ、この事態が起こりました。スーテ殿とポーリエ殿に誰何(すいか)されている間に賢者様が聖域に入られたようでして。邪神や魔物に対峙することこそ我らが本懐、賢者様に遅れはとるまいと、僭越ながらミルファ様をお抱え申して後に続きました」

 髭の騎士が名乗った。四十代と思われる壮年の男で、褐色の髪と瞳、鎧に黄赤色のマント、聖騎士たちより大きな剣を装備している。いかにもたたき上げといった風の厳しい面構えだったが、微笑む口元には陽気な稚気が見えた。

「青銅騎士団ですか!」

 スーテが興奮した声を上げた。

「アーウィズは未踏破地域に隣接している上にダンジョンが多い。ですから軍も冒険者も練度が高いのですが、その中でも青銅騎士団は精強たることで有名です。魔物や魔獣の討伐実績は他の追随を許しません」

 目をキラキラさせて周囲に熱く語り出した。

「いやはや、それがしはまだまだ若輩者ですが、聖王国にまで騎士団の名が知られているとなれば、いささか自惚れないわけにはまいりませんなあ」

 初孫でも見るように目を細めながら、エルディンがおどけてみせた。スーテが我に帰って咳払いをする。

「だからといって、許可もなく聖域まで来てあまつさえ聖域内に入り込むとは! 青銅騎士団団長にお会いできて光栄ではありますが、それはそれ、これはこれです!」

「分かった分かった。次いっていいか」

 長身の男が話をぶった斬った。

「リーフカウムのウィテーズだ」

 リーフカウム出身のウィテーズ。名乗りに出身地を挙げるということは、平民であることを意味する。

 赤髪で、端的に言って悪人顔だった。三十代と見えるが、切れ長の目は異様に鋭くて隈が濃く、痩せて頬が削げている。好意的に見れば破滅型の芸術家、忌憚なく言えば職業的犯罪者の風情である。暗赤色の外套に、茶色の軍属と思われる制服を着ていた。

「アーウィズの宮廷魔術師をしている」

「「えっ?」」

 誰からともなく驚きの声が上がった。

「いや、この男が名乗ると皆一様に驚きます。この殺し屋みたいな男が宮廷魔術師? とな」

 エルディンがにやにやしながら合いの手を入れる。

「うるせえよ、悪党ヅラがいまさら治るか」

「失礼しました。しかしその制服は軍のものでは?」

 スーテが質問する。

「現在は青銅騎士団に出向している。もとよりアーウィズは尚武の気風が強いゆえに、宮廷魔術師も軍に出向して戦闘に参加することがあったが、現在は魔物の活性化に伴って出向が頻発、かつ長期化している。この度は団長のエルディンに伴って聖女をお迎えに上がった。詳細はエルディンの説明と同じだ」

「て言うかあなた、私がエルディン様を止めようとしたら、思い切り足払いして転ばせたでしょう!」

「おかげでこっちは出遅れたんですよね。どこの世界に、聖騎士に足払いをかける魔術師がいるんですか」

 スーテとポーリエが突っ込んだが、ウィテーズは平然としている。

「あんなのに引っかかる方が悪い。実戦経験が足りないから、魔術師なんぞの不意打ちをくらうんだ」

「はあ!? ぐうの音も出ないんですけど!?」

「納得しちゃってますよ隊長」

「非常時ゆえ口調が乱れることが多くなるだろうが、前もって謝罪しておく。よろしく頼む」

 魔術師は特殊な技術職であるため、雇用にあたって能力があれば出自は問われない。とはいえ、ある種魔術師の最高峰といえる宮廷魔術師の座に就くというのは、大変な才能と努力の賜物であると思われた。

「次の方で最後ですね」

「記憶喪失の者です。今分かっていることは、賢者スレイマンという人物に同行してここに来た、というくらいです。自分の顔すら分かっておりません」

「あ、そう言えば、そうですよね。これを」

 ミルファが手鏡を差し出した。礼を言って『彼』は手に取る。

 二十歳前後だろうか、灰色の目の青年である。端正な顔立ちだが、整いすぎて突出した特徴がない。強いて言えば濡れるような黒髪が目立っており、伸ばしたそれを後頭部で束ねて髷のようにまとめていた。

「かっこいいですよ! 神絵師が描いたモブみたいで!」

「ありがとうございます?」

 意味は分からないが、微妙に褒められていないニュアンスを感じる。

「お前が着ているローブは賢者の学院の魔術師系職員のものだ。俺も学院に留学していたから分かる」

「賢者の学院?」

「なんだ、それも覚えていないのか。賢者スレイマンがマナアクシス王国に創設した魔術の大学だ。今は他にも色々学部があるが、魔術研究と魔道具の開発は世界一だ」

「身元が分かるようなものは、お持ちではないのですか?」

 ウィテーズの補足とコルテリアの質問が来る。

 ローブのポケットを探ると何か入っていた。懐中時計、小さな木の札が数枚入った巾着袋、ハンカチ、腕の長さより少し長い細い紐。懐中時計はシンプルなデザインの量産品で、名前を彫り込んでいるわけでもない。紐は同じくらいの長さのもの二本を結んで繋げたもので、中央の結び目に爪ほどの大きさのコイン型ペンダントトップがついている。

「なんだそりゃ。魔道具じゃねえな、ただのペンダントか。懐中時計は学院で売っているもので、そっちの木札は学院の食券だ」

「食券だけで現金がないとは、どれだけ貧乏なのだ。(あわ)れな」

 エルディンに憐れまれた。

「名前が分かるものはありませんでしたね。では……ええと、この方を何とお呼びしましょうか?」

 コルテリアの問いに、全員がしばし黙考した。

「髪が黒いから、『黒』ではどうですかな」

「人類の名前をお願いします」

「黒……カラス……黒真珠……黒曜石……」

「コルテリア様、連想ゲームじゃなくて人名です」

「ジュナビアーン……アッバウラース……」

「隊長、無駄にゴージャスすぎません?」

「ええい! ポーリエ、文句があるなら君も考えなさい!」

「無です。何も思い浮かびません」

「ひょっとして、ここにいる全員がネーミングセンスがないのでは?」

 絶望的な気づきののち、

「クロではどうでしょう? 異世界語で『黒』の意味です」

 聖女ミルファの苦し紛れの一言により、『彼』の仮名はクロに決定した。


「えーと、うん………いい名前ですよね。さすが聖女様」

「それは嘘ですね」

 ポーリエのフォローは、コルテリアの加護の力によってばっさりと切り捨てられたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「それは嘘ですね」……人間関係を円滑にするためのお世辞が通らないーーー! 社交辞令もだめですか、聖女様>< [気になる点] もしも、もう一度、強制接続があったとして。接続→気絶のコンボで、…
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