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自己紹介1

 入口のホール。長方形に近いが、長辺の壁が虹のようなアーチ状に大きくカーブした長い空間。壁には玄室と同様に蔓模様の浮き彫りが施されている。

 長い壁の中央にある両開きの扉は、聖女二人を除く全員で押しても引いても動かなかった。

 扉の側に置かれたシンプルなサイドテーブルの上の通信具を、聖女コルテリアの許可を得て長身の男が手に取り確認する。さらに聖騎士二人と髭の騎士の通信具を順番に手に取った。

「どれも魔力は通っているんだが、対応する外部の通信具の反応がない。聖騎士たちのもの、俺とそこの騎士のものは互いには繋がるが、外部には切り替えても反応なしだ。まさか偶然で、外部の通信具が全部壊れねえよな普通」

「邪神の復活を受けて、外の騎士たちが我々ごと聖域を封鎖したということでしょうか?」

 扉に触れながら青年聖騎士が言う。

「この扉は内開きです。こちら側も向こう側にも、(かんぬき)や鍵はございません。それに外側には取手のたぐいはありませんから、外から開かないように扉を固定することもできない筈です」

 聖女コルテリアの答えを聞いて、今度は長身の男が言う。

「聖王国から支給された通信具なら遮断もあり得るが、うちの国の魔道具に干渉はできないだろう。扉にしても、『錠』の術式もかかっていない。物理的にも魔術的にも、この扉は封鎖されていない筈なんだがな」

「あの、物理でも魔術でもないなら、その、残るのは神様の奇跡ということになります。瓶から逃げてしまった邪神を聖域から出さないように、入口を閉ざしてしまわれたのでは。通信具が外とつながらないのも奇跡のお力かと」

「嫌な結論だが、順当な考えだな。せめて通信具は使えるようにしておいて欲しかったよ」

「ウィテーズ、聖女様への口調」

「おっと失礼」

 一瞬、全員の言葉のやりとりが途切れ、沈黙が落ちた。

 啓示によれば、この中に人間に化けた邪神がいる。

 皆が、ある者は不安そうに、ある者は疑いの目でお互いの顔をうかがった。

「皆様、よろしいでしょうか」

『彼』が全員に向かって話しかけた。

「我々は閉じ込められ、外部との連絡もとれません。ここにいる方々だけで問題に向き合わなければならないのですが、あいにく私は皆様を存じ上げません。また皆様も、全員のことはご存じない様子。よければ全員のお名前と身分をお聞きしたいのですが」

「彼の言う通りです」

 女性聖騎士がうなずいた。

「これからについて話し合う前に、軽く自己紹介しておくべきです。しかし、聖女様方を立たせたまま長話というのは礼を失します。どうでしょう、先ほど通った部屋に机と椅子がいくつかありましたから、そこまで戻って話を進めるというのは?」

 

 皆の同意の後、カーブと百八十度の切り返しの続く通路を抜け、部屋をいくつか抜けた先の、入口ホールの半分の広さの湾曲した部屋に移動した。

 途中の部屋にもベッドや棚といった家具が置かれていたが、この部屋には中央に、長い間使いこまれて縁が摩耗した木製の長机といくつかの椅子が置かれている。外径側の壁際に水場がしつらえられており、その横の調理台や棚を見るに、厨房兼食堂であるらしかった。

 聖女二人を除く五人は、改めて興味深そうに周囲を見回した。

「邪神を封じる施設なのに、意外に居住性が高いんですね」

「だからこそ、です。聖域内には常に高位神官が詰めており、邪神を監視しております。とはいえ最近は、高位神官が(こも)って修行する場のようになっておりました」

「八百年間何も起きませんでしたからねえ……。あ、皆さまお座りくださいね」

『彼』の質問に聖女二人が答え、長机の周りの椅子に全員が腰掛けると、聖女コルテリアが改めて口を開いた。

「では、わたくしから自己紹介いたしましょうか。わたくしの名はコルテリア、聖王国所属の聖女です」

 五十歳前後と見える女性だった。丁寧に結い上げた白髪の、エレガントな歳の重ね方をした初老の女性で、言葉遣いや挙措の端々に貴族的な優雅さがうかがえた。

「加護は【嘘を判別する】です。今日まで聖女ミルファ様と二人でこの聖域にお籠りをしておりましたが、次の神官との交代のために出たところにあの啓示が顕れました。しばし失神しておりましたが、意識を取り戻してすぐこちらの聖騎士お二方に支えてもらいながら、共に急ぎとって返した次第でございます」

「嘘が分かる加護、ですか」

「ああ、それでさっき、ローブの彼の記憶喪失を嘘でないとおっしゃったのですね」

 聖騎士二人が感心したように呟いた。

「えっと、次はわたしですね。名前はミルファ、アーウィズ国所属の聖女です。というか、聖女に認定されたばかりで、このお籠りが終わったらアーウィズに帰る予定でした。先ほどまでコルテリア様と一緒にお籠りをしてまして、終わって聖域を出たら、あの啓示と強制接神が起こって、気絶して……目が覚めると、そちらの騎士様と魔術師の方が迎えに来ておられて、警備の皆さんと揉めていました。

『聖域に戻らないと』と言ったら、お髭の騎士様が急にわたしをお姫様抱っこして、聖域へダッシュして中に入りました。そんな感じです、はい」

 ミルファが立ち上がって頭を下げた。茶色の髪の側面を三つ編みにして前に流している。二十にならないほどの若い女性で、緊張した顔には素朴な愛らしさと知性とがある。

「それと、加護は【心の垣根を低くする】です」 

「心の……?」

 加護の意味が分からず、皆が首をかしげる。

「あの、ざっくり言うと、周囲の人たちの口が軽くなるという加護です」

「ええと、口が軽くなるなら、尋問に役立つかもしれませんな……?」

「いえ、言っても言わなくても構わないことを、言いたくなる方向に誘導する加護なので、絶対に言いたくないことには効果ありません」

 失礼にならないように皆黙っていたが、『それは何の役に立つのか?』という空気がありありと漂っていた。おおむね加護というものは限定的な状況でしか役に立たないものが多いが、まさにその代表のような能力ではあった。

「ま、まあ加護とは賜るだけで尊いのであって、役に立つ立たないの問題ではありませんからな」

「おいエルディン、そいつはフォローになってねえからな」

「あと、わたし異世界転生者なんです。異世界の知識があって、しかも口が軽くなる加護が自分にも影響するんで、訳の分からないことをよく口走りますけど適当にスルーして下さい。よろしくお願いします」

 両手を合わせて頭を下げるという謎のポーズをとりながら、締めくくった。 

 異世界転生者。邪神によって世界の境界が無理矢理破られてから現れた存在。近く(便宜的に遠近で表現されるが)に存在する異世界の情報が入り込んだ者たちである。実際はこの世界に属する魂であり、転生自体はこの世界の魂全てが行っていることなのだが、何故か皆口を揃えて「異世界転生者」を名乗る。

「聖女で異世界転生者ですか。いや、加護持ちに転生者が多いという話は聞いておりましたが、初めて拝見いたしましたぞ」

 髭の騎士が感心したように言う。

「加護の詳細について詳しく(うかが)いたいが、まずは全員の紹介を優先しよう。順序としては神殿所属の方々を先にするのが筋だろう。次は聖騎士のお二人のどちらかにお願いしたい」

 長身の男の言葉に、聖騎士二人がうなずいた。


【心の垣根を低くする】は推理小説的に言うと、「大したことじゃないんだけど」と言いつつ実は重要な証言が出てくる、そんなありがちな状況を誘発する能力です

乙女ゲーム的文脈だと、攻略対象が自分の暗い過去や本音を告白しやすくなります(信頼度は必要)

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