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封印と閉鎖

 それは美しい瓶だった。細長いコルクが口に嵌めこまれているが、一輪挿しを思わせるほっそりとした形状で、なめらかな表面には一切の埃も汚れもない。成人男性の手首から指先までほどの長さ。黄金とはまた違う和やかな金色で、首が細長く、優美な曲線を描いた胴に繋がっている。模様も持ち手もない、ひたすらシンプルなデザインだったが、造られた当時の技巧と芸術の粋が凝らされていることは明らかだった。

「神の強いお力を感じますが、邪神らしき気配は感じませんね」

「はい、そうですね。幸いと言うのも何ですが、さっき邪神の神気を受けたので区別はつけられます」

「邪神を閉じ込めるのに青銅か? 壊れはせんのか」

 珍しく小声で髭の騎士がひとりごちたが、コルテリアと呼ばれた年配の聖女が丁寧に答える。

「この小瓶は神によって破壊不能属性と【邪神の影響を受けない】加護とが与えられています。どのような素材であろうが邪神の力では、いえ何人(なんぴと)たりとも傷ひとつつけることはかないません。錆びて緑青(ろくしょう)がつくこともありませんので、作られた時そのままの金色です。コルクもまたしかりです」

「コルクから口にかけて魔術が付与されているな」

 長身痩躯の男が口を挟んだ。

「はい、神聖魔法ではなく魔術です。魔術を付与したという記録はなかったはずですが」

「それは『錠』の術式だ。構造が最近のものだから、賢者スレイマンがかけたものに違いない」

 すらすらと男が説明する。

「スレイマンは再封印のためにコルクと瓶の口に『錠』をかけて封じようとした。この魔術の効果範囲は接触だ。だが同時に、邪神が瓶の中から何らかの力を振るい、瓶に触れるほど近くにいたスレイマンは死亡。そこの記憶喪失……おいお前、起きた時どのあたりにいた」

「この扉の前です」

「スレイマンの後から部屋に入って待機していた形だな。スレイマンほどではないが瓶に近い。記憶喪失は邪神の力の影響か? まあ分からんが、とにかく邪神の力は聖域中に広がったものの、離れていた俺たちは意識を失うにとどまった、というところだろう」

『彼』は首を傾げた。

「つまり、賢者スレイマン様と邪神は相討ちになり、邪神は瓶の中に再封印されたということでしょうか?」

「是非そうであって欲しいもんだな」

 そっけない男の返事に対して、年配の聖女コルテリアが口を開いた。

「そのことなのですが、良くない知らせがあります」

 立ち上がった彼女が、冷静だがどこか沈痛な口調で言う。

「まずひとつ目ですが、現在わたくしは神聖魔法を使えません」

「わたしもです。す、すいません、さっきから言おうとしたんですけど、言いそびれて……」

 横で若い聖女ミルファが、あわあわした声で補足する。

「「えっ」」

 誰ともなく驚愕の声が上がる。

「ま、まさか、加護を失われたのですか?」

 接神者の神聖魔法を扱う力は、人格の堕落や精神の安定を欠くことによって失われる。とはいえ神殿で自らを厳しく律している聖人聖女が、加護と神聖魔法を失うことは珍しい。女性騎士の質問も、驚きで声が上ずっていた。

「いえ、わたくしは未だ神との霊的繋がりを感じております。ただ、その繋がりを通して神聖魔法の(ロゴス)を引き出すことが出来ないのです」

「わ、わたしもなんです。こんなこと初めてです。まるで何かにせき止められているみたいに魔法を呼び出せないんです」

「えっ、しばしお待ちを。神よ光を……本当だ、神聖魔法が使えない」

 女性聖騎士が右手を頭上にかざす。体内の魔力が手に集まるが、収束することなく何も起こらない。

「俺も使えません」

 青年聖騎士も同じだった。

「それは……聖女様方や聖騎士が全員ともなれば、まさか偶然ではありますまい。邪神の仕業であると?」

「神の御業(みわざ)を阻害できるとすれば、それはもう一柱の神、邪神のみです」

 壮年の騎士の質問に、聖女コルテリアが答える。冷静だが、同時に抑えられた緊張も感じられる口調だった。

「つまり邪神は再封印されていないと? 賢者が栓をしたものの間に合わず、小瓶から抜け出して、いまだこの聖域のどこかに存在するとおっしゃる?」

 こわばった声で、男性の聖騎士が聞いた。

「残念ながら、その可能性が高いと言わざるを得ません」

 沈黙が落ちた。自ら邪神再封印のために聖域に踏み込むような強者たちだけあって、一同の顔には恐怖こそないが、はっきりと緊張と焦燥が表れはじめていた。

「先ほど、良くない知らせのひとつ目とおっしゃいましたが、もう一つとは何でしょうか」

 沈黙を割って、落ち着いた声で『彼』が尋ねる。

「そうでした。皆様、意識を失っている間に何か声を聞きませんでしたか?」

 聖女コルテリアの問いに、皆は顔を見合わせた。

「そういえば」

「起きる直前の夢かと思ったが、違うのか?」

 コルテリアが、ゆっくりとかぶりを振る。

「やはり、皆様お聞きになっているのですね。あの声こそは、神の啓示です。聖域に入ったわたくしたちに、畏れ多くも神がお言葉を賜ったのです。しかし、その内容を覚えておいでですか?」

 再び皆が顔を見合わせた。

「何やらろくでもない話だったぞ」と長身の男。

「ウィテーズ、神の啓示にろくでもないとか言うな」と髭の騎士。

「うう……あのお言葉はやっぱりマジですか。神様嘘っておっしゃって下さい……」と聖女ミルファ。

「確か、私たちは聖域に閉じ込められている。この中に人間に化けた邪神がいる。それを外の世界へ出してはならない、でしたか?」淡々と『彼』。

「言うな。本当のことを言うな。啓示は聞かなかったことにして、とりあえず外の本隊に丸投げ、いや応援を仰ごう」と青年聖騎士。

「落ち着けポーリエ。聖騎士たる者が狼狽えてどうする。だいたい啓示が正しければ、いや啓示だから正しいに決まっているが、ここにいる私たちは閉じ込められているのだぞ。外と連絡が取れるのか?」と女性聖騎士。

「それはやってみないと分かりませんな。啓示の内容がなんであれ、我が目で確かめぬことには何も始まりませんぞ」

「確かに」

 髭の騎士の発言に、女性聖騎士もうなずいた。

「この中に邪神が紛れているなら誰も外へ出すわけにはいきません。ですが通信具で外部と連絡が取れるのか、外に出ること自体は可能なのかの確認はすべきだと考えます」

「ここはダンジョンではないのですか? 外と通信がつながるのですか?」

『彼』が尋ねる。 

「聖域は一種のダンジョンですが、例外的に魔術による外部との通信が可能なのです。封じられた邪神の状況を伝えられるように神に創造されましたから。入口のホールには通信具が備えられており、大神殿に繋がりますので、皆でそこまで戻るのが良いかと」

 聖女コルテリアの言葉を受け、一同は長い通路と部屋を延々と通って入口ホールまで移動した。


 ホールにある通信具は繋がらなかった。

 聖騎士二人と髭の騎士、痩身の魔術師も通信具を所持していたが、どれも外部には繋がらなかった。

 ホールにある外につながる唯一の扉は、押しても引いてもびくともしない。

 この場にいる七人と一つの遺体が閉じ込められていることは、これで確実なものとなった。

 

 

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