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状況確認

 思いもよらない記憶喪失発言に、皆しばし絶句してしまった。

「おいお前、ふざけてんじゃねえだろうな?」

 長身の男が、視線で殺せそうな勢いで睨んでくる。

「残念ながら本当です。今ここは、ふざけられる状況なのでしょうか?」

 特に気圧されることもなく、ごく真面目に答える『彼』。

「皆様、よろしいでしょうか」

 年配の方の聖女が口を開いた。

「はっ、何なりと」

 緊張した声で、女性騎士が背筋を伸ばす。亡骸の横でしゃがみ込んでいた男性二人も聖女の発言に反応し、素早く立ち上がって礼儀正しく聖女に正対した。

「申し上げたいことがいくつか。まず、そのローブの男性は嘘をついてはいません。彼が真実記憶を失っていることは、わたくしがこの加護にかけて保証いたします」

 何故か断言してみせた。

 人が稀に神から賜わる、ひとつとして同じものはないと言われる固有の能力【加護】。聖人聖女とは、加護を持つ者が神殿で修行を積み、高度な神学と神聖魔法とを修めた特殊な聖職者である。そういう一般的と思われる知識も自分には残っているようだと『彼』は思った。

「その根拠について多少の疑問はございますが、聖女様がそうおっしゃるのなら、そのように」

 注意深く答えながら、女性騎士が他の面々をちらりと見る。一同はうなずいて、彼女の発言に同意の意思を示した。

「ありがとうございます。現在、我々の前には大きな問題が立ちはだかっております。それについて彼に説明すると共に、皆様と情報の共有を図りたいと思います。よろしいですか」

 再び一同がうなずいた。

 年配の聖女が『彼』に向き直った。

「ローブのお方、今この場所、そして世界は差し迫った危機にさらされています」

 一言めからとんでもないことを言いだした。『彼』は思わず周囲を見回すが、全員が真剣な顔をしている。

「ここは邪神封印施設『聖域』の内部です。八百年前の邪神大戦について、知識はお持ちですか?」

『彼』はうなずいた。

「数十年に及ぶ戦いののち、からくも神と人類が勝利。邪神は青銅の小瓶に封印された、でしたか? 千年の封印が約束されており、その区切りごとに再封印の儀式を執り行っていくのだと」

「それこそが、そこに落ちている小瓶です。聖域の中心に位置するここーー玄室に安置されています」

「玄室? 墓なのですか?」

「封印の小瓶が置かれているのであって墓ではありませんが、邪神が永遠に眠ることを祈念して、玄室と呼び慣わされております。実のところ、ここは聖王やそれに次ぐ枢機神官以外は立ち入り禁止なので、玄室に足を踏み入れるのは私も初めてですが」

「そんな大変なものが、何故床に転がっているのですか?」

 誰か拾って台の上にでも置くべきでは。

「……それは後ほど。今朝、おそらくまだ一時間も経っていないと思いますが、大陸中の接神者に神の啓示が下されました。聖域において、千年を待たずして邪神が封印を解こうとしていると。速やかに接神者は聖域に入り、神による再封印の助けとなるべしと。神がこの世界に介入するには、神との霊的繋がりを持つ接神者を必要としますから」

「はい、それは分かります」

「わたくしは神の強制接続によって、しばし失神しておりました。その間に、賢者スレイマンとその従者が聖域に入ったそうです。貴方がその従者なのでしょう。その後、そちらのもう一人の聖女とお付きのお二方が入ったと、聖域周辺の神殿騎士たちから聞きました。さらにその後にわたくしがこちらの聖騎士二名と共に入りました」

 青と白のサーコートの男女の騎士二人は、聖騎士であるらしい。聖王国のトップである聖王自らが叙勲する、神聖魔法が使える騎士である。

「賢者スレイマンとは?」

「覚えていないのですか? そちらのご遺体なのですが、この方について説明すると長くなります。とりあえず加護持ちであり、高名な魔術の研究者であると理解してください」

 高名な賢者とやらの死が「とりあえず」で流されているところに、ただならなさを感じる。

「話を続けます。私とこちらの聖騎士二名とが玄室に向かっておりましたところ、不意に強い神気が吹きつけ、私たちはそれにあてられて気絶してしまいました。どれくらい気絶していたのか分かりませんが、意識を取り戻すと、それまで私の身体を通っていた神の干渉が収まっておりました。ミルファ様、貴女もそうでしたか?」

 最後は若い聖女に対する質問だった。

「は、はい。気絶して、目を覚ましたら神様からの強制接続が終わっていました。ですから、再封印に成功したのかと思ったんですけど」

 さっきの印象通り口下手であるらしく、ミルファと呼ばれた彼女はつかえながらも一生懸命に語った。

「そのあとは、畏れ多いことですが、非常時ですのでこの玄室に入りまして、皆様と合流した次第です」

「我々の動きも同様です。聖域に聖女ミルファ様と入る、神気とやらを食らって気絶、起きて再び中心のこの部屋に至る、ですな。ご覧の通り、邪神めは影も形も見当たりません」

 声の大きい騎士が端的に言った。

『彼』は一同を眺め回した。

「だいたいのところは分かりました。では結局、その再封印というのは成功したということなのですか?」

「そうです、それをお聞きしたかったのです!」

 思わずといった様子で、女性の聖騎士が口を挟んだ。

「封印の小瓶を拝見しても、私には何も感じられません。聖女様方、いかがでしょうか?」

「この玄室は本来立ち入り禁止ゆえ、私たちも実物を拝見するのは初めてなのですが……ミルファ様、こちらへ」

「はっ、はい、コルテリア様。すいません前を通ります」

 聖女二人が落ちている小瓶に近寄った。邪魔にならないよう騎士たちが道をあけると、瓶のすぐそばにひざまずいて顔を近寄せた。他の面々も興味深げな表情で、その後ろから小瓶と聖女を眺めた。

 

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