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帰還

 どこかで、声が聞こえる。


「良かっ…………リア様……ご無事で…………!」

「……うして…………、死んだ…………?」

「…………クロ殿が…………スレイマン…………」


 自分は横たわっているらしい。背に硬い床の感触がある。


「……イマン様…………スレイマン様!」


 名前を呼ばれて、思考が少し動きだした。

 目を開ける。

 藍色のローブを着た、白髯(はくぜん)の老人が心配そうにこちらを覗きこんでいた。偽の聖域内で、封印の小瓶の前で事切れていた老人。

 魔術学院の理事の一人。主に貴族の子弟向けに開設された、学院高等部の学長、カドモン。

「カドモン……無事だったか。良かった……」

「それはこちらの言葉にございます。なかなか目を覚まされませんで、このカドモン、大いに気を揉みました」

「新しい発見が欲しかった」

「はい?」

 起き抜けのせいか、意識が朦朧としている。

「記憶力はある。情報を必要なだけ見れば、大体は推測できて理解できる。人の論文でも行動でも、後追いなら何でも分かる。

 だが自分では発見も発明もできない。新規性がないんだ」

「スレイマン様……?」

 論文は手堅いが新規性がない。シルヴァ。諦めて、俺の所有物になれ。美しい、無地の封印の小瓶。激痛。若く見える私の方がスレイマンなのです。閉ざされた入り口ホールの扉。結婚指輪。……記憶の断片が渦巻く。

 熱に浮かされたように言葉が出る。

「新たな発明をしたかった。他流儀の魔術知識を求めたのも、畢竟(ひっきょう)そのためだけ……。自分が生きた証し、未来に残すに値する研究の成果が欲しかった。

 時間があれば。いつまでも若い頭脳と時間があれば、私でも何かが生み出せるかもしれない。時間さえあれば……」

「スレイマン様……」

「それがこの加護だ。【不老】だ。神は全てを照覧し給う。私が妻よりも研究を取る人間だと自覚させてくださった。彼女を置き去りにした挙句に何も生み出せない人間だと。なんと空虚な三百年だったか」

「スレイマン様」

 カドモンの声が優しくなった。

「スレイマン様は学院を創り育ててくださいました。魔道具もコピー技術も、それに比べて何ほどのことがございましょう。あなた様が確立された研究体制がなければ、そもそもそれらの発明などあり得ません。わたくしどもの今があるのも、スレイマン様の功績があってこそ。学院と魔術文明の基礎、これを超える発明などありましょうや?」

 聞いているうちに、スレイマンの思考がはっきりしてきた。

「ああ……(らち)もないことを言ってしまったものだ。……そうか、【心の垣根を低くする】……ミルファ様がいらっしゃるのか?」

「は、はい、ここにおります!」

 ごく近くから彼女の声が聞こえた。スレイマンは横になったまま、(こうべ)をめぐらせた。

 玄室の中心、封印の小瓶の台座の前だった。邪神の一撃を受けて魂が切り離され、倒れた場所。

 周囲にポーリエを除く全員が集まっていた。カドモンの反対側に聖女二人がかがみ込み、その後ろにエルディンとウィテーズ、スーテが立っている。皆スレイマンに注目していた。

 気まずい。

「……お恥ずかしいところをお見せしました。もう大丈夫です。色々ありましたから、少し気が散じました」

 起き上がろうと上体を起こす。

「お手を」

 差し出されたカドモンの手を取る。

 触れた手の平に、静電気のように魔力が走った。

「?」

「…………」

 手を離して、自力で立ち上がる。それに合わせて、カドモンと聖女たちも立ち上がった。

 台座の上に目をやる。

 そこには、邪神を封印した青銅の小瓶が安置されていた。壁面の装飾に似た、鋳造による複雑で流麗な紋様が施されている。偽の聖域に閉じ込められる前の記憶の通りに。そして聖域内での推測の通りに。

「床に落ちていたので、拾って戻しておきました。素手で」

 ミルファが悪戯っぽく言い、スレイマンは微苦笑した。

 それから、周りにいる六人を見回す。

「皆様御無事なようで、まずは安心いたしました」

 ある程度事情が分かっているミルファはともかく、他の者は困惑しているようだった。特にスーテの顔色が悪い。スーテを気遣うように、ミルファが寄り添っている。

「あんたが、本物の賢者スレイマン?」

 ウィテーズがぶっきらぼうに尋ねてきた。

「さようです。記憶も取り戻しましたから、間違いありません」

「…………どうも」

「なんだお前、緊張しているのか? 伝説の賢者に相見(あいまみ)えて?」

「やかましい」

 エルディンの突っ込みにも言葉少なだった。

「あの聖域は、本物ではなかったのですか?」

 今度はコルテリアが尋ねる。

「いかにも。……ミルファ様、皆様に説明は?」

「あの、皆様が起きて玄室に集まってから、あまり時間が経ってないんです。クロさんがスレイマン様であること、邪神の正体、今までの体験が邪神の見せた夢のような……夢ではないんですけど、だから本当の死ではなくて、生き返ることができたのかなと。説明したのはそれくらいです」

「なるほど」

 スレイマンはうなずき、今度はカドモンの方を見た。

「カドモン。私が青銅の小瓶を封じ直した瞬間、邪神の力が(ほとばし)って私たちは意識を失った。その後の記憶はあるか?」

「は、それですが。まずはスレイマン様に似た声が、わたくしに語りかけました。曰く、我々は閉じ込められている、一同の中に、人に化けた邪神がいると」

 カドモンは、神の声をスレイマンのそれとして認識したらしい。

「それからすぐに、でしょうか。邪神は再封印が成ったと。詳細の説明及び今後の対応については、賢者スレイマンに一任すると」

 カドモンはあの出来事を経験していないから、神の啓示だけが連続して聞こえる形になったのだろう。

「他の方々もですか?」

「全く同じ啓示を賜りました。その後目が覚めて、今に至ります」

 コルテリアが一同を代表して答え、皆がうなずいた。皆は、スレイマンのそれとは違う啓示を受けたらしい。

 そして、他の者の啓示まで、スレイマンに丸投げした内容だった。

「神よ……?」

「まあ、そのようなわけでして。我らとしては、何がどうなったのやらさっぱり分かりません。是非とも説明をいただきたく」

 エルディンが、丁寧ながらもそれなりの圧をかけながら尋ねてきた。他の者も、ものすごい勢いでうなずいている。

「分かりました。少し長い話になりますが……」

 依然顔色の悪いスーテを見やりながら、スレイマンは説明を始めた。


 コルテリア殺害事件の真相を語ったところで、皆がスーテを見た。

「謝罪のしようもございません。私は、邪神の手先となって、あやうく世界を……っ」

 スーテが悲愴な声を絞り出した。目が赤い。

「ス、スーテ様! 謝ることはないです! そんなの、どうしようもないことです!」

 横にいたミルファが彼女を抱きしめる。コルテリアも反対側からスーテの背に触れ、落ち着かせるようにさすった。優しくいたわる表情だった。

「その通りだ。気絶している間に『隷属』を仕掛けられるのはどうしようもない。それに、俺は仕事で使うことがあるから分かるが、あれは食らえば逆らいようがない。何をさせられようとも不可抗力だ」

「さよう。それに賢者様もおっしゃっていたが、そのような状況で我々にヒントを出し続け、あまつさえ決戦の際には邪神の妨害をいたした。(たた)えられこそすれ、(そし)られる筋合いのあるはずがない」

 ウィテーズとエルディンも、言葉を添える。

「ここにおられる皆様の気持ちは一つです。ただ自害を図ったことについては感心いたしませんが。あの時は肝が冷えました。もう二度と、あのような光景は見たくありません。私としてはそれだけです」

「スレイマン様、皆様……」

 声をつまらせるスーテにスレイマンはうなずき、続く出来事を話し始めた。


 偽の聖域の真実について説明したあたりで。

「なんと、そのような恐るべき推察をなさったとは! 至れるかな、賢者の叡智よ!」

 カドモンが感極まった声を上げた。

「このカドモン、死体役などを割り振られたことが無念でなりませぬ。是非ともこの目で、スレイマン様が(たなごころ)を指すがごとく真実を言い当てる様を拝見したかった……!」

 血を吐くような慟哭だった。皆、真相に驚くよりも先に、彼に引いている。

「あの、明らかに問題はそこではありませんわね?」 

 とコルテリア。

「ここに来て変人が増えたぞ」

 とエルディン。

「なんかすいません。わたしの加護のせいで、カドモン様のテンションがおかしくなっちゃって……」

 とミルファ。

「いえ、彼はいつもこうです。私が何か言い当てて、その根拠を説明する(たび)に、無闇に感心するのです」

「あー分かった。この人ミステリファンだ。異世界に生まれてたら、絶対ガチムチの推理小説マニアになってたやつだ」

「彼のことは放っておいて、次の出来事に移りましょう」


 邪神との不愉快なやり取りは、極力簡潔に説明した。

 邪神の物言いは全て省いて「(しるし)を打ち込まれた」とだけ言ったが、一同の不安のどよめきは押さえられなかった。

「ス、スレイマン様!? まさか、先ほど触れた時の、魔力のおかしな揺らぎが!?」

 動揺したカドモンを片手で制する。

「案ずるな。まだ話には続きがある」

 と、『隷属』を『対抗呪文』で跳ね返したことを説明した。

「マジか……! あのクッソ使えねえ『対抗呪文』を実戦でキメたのか」

「ウィテーズよ、そのクッソ使えねえ魔術を開発したのはスレイマン様だろうが……」

「邪神が私を拘束するために『隷属』を使うであろうことは予想していましたから。まさかあれが実用に値するとは、自分でも思いませんでした」

 そして、その後の啓示によって邪神を使役するよう申しつけられたことを語った。

「ちょ、ちょっと……それって……」

 ミルファが焦った顔で周囲を見回した。

「邪神の分身が、スレイマン様の『徴』とやらを通して顕現するということですかな」

 エルディンも、剣の柄に手をやり周囲に目をやる。

「はい。……そうだな、邪神よ?」


「いかにもその通りです、賢者様」


 金髪の聖騎士の姿をした邪神が、台座を挟んだ反対側の壁際に現れていた。


蛇足・スレイマンとカドモン

 この二人は、拙作『断罪探偵ヒロインちゃん』にも登場します。断罪騒ぎの起きる学院の理事長がスレイマン、高等部の学長がカドモンです。

『断罪探偵』の執筆中に、この『なんじは〜』の両者入れ替わりトリックの構想があったため、『断罪探偵』には意図的に二人の容姿の描写やカドモンの名前を入れませんでした。

 よかったらお読みください(宣伝)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優れた研究者ではあるけど、新奇性の高い発明発見したことないから、時間を望んだ…って、学者の業やね…業やね… でもつよつよ研究機関を作ったから、当人は凄い発明発見には至らなかったけれど、そこ…
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