集合
開けようとした矢先に、その扉が開いた。手前に開くものだったので、あやうくぶつかるところだった。危ない。
「うわっ! と、賢者様のお連れか!」
「賢者?」
あの倒れている人物のことか。
廊下に入ってきたのは、壮年の顎髭を生やした騎士だった。背はそれほど高くないが、がっしりした体型で、実戦用というよりは儀礼的な金属鎧を着ており、声がやたら大きい。
さらに、開いた扉から誰かが入ろうとしているようだが、廊下が狭いうえに騎士が立ち塞がっているので入りあぐねているようだ。騎士が邪魔で、『彼』からはよく見えない。
「封印はどうなったのだ!? 急に静かになったようだが、賢者様が再封印に成功なさったのか?」
あの倒れていた人物のことだろうか。
「それが、あちらの部屋で倒れておいでで、お命があるかどうかも分からず、助けを求めようとした次第」
「なんと!」
騎士が後ろを振り向いて、向こう側にいる人物に話しかけた。相手は近くにいるようだが声が大きい。
「聖女様! お聞きになりましたか!」
「は、はい、わたしの出番ですね! が、がんばります」
緊張しているらしき、若い女性の返事。
「こちらです」
狭い廊下で邪魔にならないよう、彼は急いできびすを返し、最初の部屋に戻った。
次いで入ってきたのは先ほどの騎士。続いて、神官服の上に特徴的な白い被衣をまとっている若い女性。さらにもう一人、長身痩躯の暗赤色の外套を着た男が小広間に入ってきた。
男二人はまず落ちている瓶を一瞥し、倒れている老人を見るや、『彼』を無視してさっさと駆け寄る。
「これは……」
「駄目だな。亡くなっているようだ」
「あ、あの……」
「外傷が見当たらんが」
「状況が状況だ、死の呪文でもくらったのかもしれん」
「ちょっとあの、すいませーん……」
二人は慣れた様子で、しゃがみ込んでてきぱきと老人の身体をあらためながら短いやりとりを交わしだした。後ろで聖女と呼ばれていた女性がおろおろしながら話しかけようとしているが、気づかれていない。もともと口下手らしい。
「そこの弟子っぽい奴に聞くか。おいーー」
よし、自分が記憶喪失だと言える! 何が起こっているのか訊ける!
「実はーー」
口を開いた途端。
「非常時とはいえ、勝手に聖域に入り込まないでいただきたい!」
唐突に扉が開き、さらに新たな人物が現れた。
若い、二十代くらいの女性の騎士だった。最初の騎士とは違うデザインの革鎧に、青と白のサーコートを着ている。
その後ろから、先ほどの女性神官と同じ被衣をまとった初老の女性。さらにその後ろに、彼女を護るように女騎士と同じ装いの青年騎士が現れた。そういえば、あの神官装束は聖女のそれだと『彼』は思い出した。さっきの神官も前後を二人の男性に護られていたが、彼女たちが聖女なら、警備がいるのも道理である。
「ごもっともだが、今はそれどころではない。賢者スレイマンが亡くなった」
そっけなく長身の男が返した。女性騎士が近寄って息をのむ。
「これは……どういうことだ? 封印はどうなった?」
「あの瓶だろう。見たところ異状がないので賢者の確認を優先した」
「異状がない訳がない! 皆、あの邪神のものらしき気配を受けなかったのか? 私たちはあれで気絶したのだぞ!」
「それは俺たちも同じだ」
少しイライラしたように男が答える。さっきから女性騎士に権高に怒鳴られっぱなしなので不機嫌になるのはもっともなのだが、この男、すごく目つきが悪い。しゃがんだ姿勢から女性騎士を睨み上げるさまは、いきなり刃物でも出して彼女を刺すんじゃないかというくらい殺伐としていた。
「まあ落ち着かれよ。我々もたった今、この部屋に入ったところでしてな。状況把握に努めておるところであります」
とりなすように、壮年の騎士が口を挟んだ。『彼』を指し示しながら、堂々とした、聞くものを落ち着かせる口調で続ける。
「この封印の間を目指していたところ、外の通路で彼に出くわしまして、賢者が倒れていると聞き駆けつけた次第。賢者の死を確認し、彼にその経緯を聞こうとしていたところでした」
一同の目が、所在なく立っていた『彼』に集中する。
「さて、賢者様のお連れとお見受けするが、一体ここで何が起こったのですかな?」
今まで完全に置いていかれていたが、ようやく発言の機会が与えられた。
『彼』は意気揚々と口を開いた。
「やっと申し上げることができます。実は私、記憶を失っております。ここはどこで、このお気の毒なご老人はどなたで、皆様は何者なのでしょうか?」
「「……………」」
一同が絶句した。