対峙2
「救出……?」
スレイマンが呟いた。持っている小瓶に目を落とす。
「神様なんか当てにしてなかった? もちろん君たちを助けに来るに決まっているじゃないか。
それを狙って、君たちを捕らえたんだから」
「なんだと?」
邪神は祭壇の燭台を手に取った。目の高さに持ち上げる。
「まず、今の君たちはどういう状態なのか説明しておこう。
俺が力押しで栓を開けようとした時、駆けつけた君が栓を閉め直した。だがその直前にわずかな隙間ができていた。俺は出られなかったものの、聖域内の人間たちの魂を肉体から切り離して瓶の中に一緒に閉じ込めることはできた。君の今の身体は仮想的なものなんだよ、栓は物理的に引っこ抜けるけどね。
ああそうそう、切り離したと言っても本物の身体は生きているから、ここから出られれば普通に生き返るよ。良かったね!」
ほがらかに笑いながら言うが、スレイマンは嫌な予感しかしなかった。
「君たちはここで半日以上過ごしたと思っているだろうが、実際のところ、外の世界ではほんの一瞬しか経過していない。時間を引き延ばしているから。外では、魂を切り離された身体が倒れつつあるところだ。こんな風に」
言いながら燭台を手放した。
燭台は羽毛のようにゆっくりと落ちていき、落ちながらさらにスピードをゆるめて、邪神の膝のあたりの高さで静止した。
「神は今、可能な限りの早さで君たちの回収に取り掛かっている。とはいえ人間の霊的経路を通した間接的な操作だから、直接人間界に顕現している俺よりも後手に回ってしまう。そのタイムラグを利用してのクローズドサークル劇だったわけだが」
燭台が落下した。衝撃で蝋燭が外れ、周囲に転がった。
「被造物が死ぬのは別にいい。生と死は神の決めた摂理なんだから。
だが魂が囚われて、転生できずにとどまるのは駄目だ。我慢ならない。俺だって、自分の創造した魂が他の神に捕まったら何が何でも取り返すね。どんなリスクがあってもだ」
「……リスクというのは、お前が復活するということか」
「そう。もちろん神だって、俺を封じたまま君たちだけをサルベージするつもりだよ? ただ、それを指をくわえて見ているつもりはない。
小瓶の栓を開けてもらって完全復活できればベストだったが、次善のプランも用意してあるんだ。それを実行する」
スレイマンとしては、その次善のプランとやらが何なのか、それはもう知りたくなかったが、さりとて聞かない訳にもいかない。
「……一応聞くが、それはどういうプランだ」
「君たちの魂に徴を付けて、力技で俺と霊的経路をつなぐ。それから魂を神に回収させて生き返らせる。そのために身体を生かしておいたんだ。それから君たちに強制接続して世界に干渉する。神が接神者を通して奇跡を起こすのと同じ理屈だ。そうして、今君が見ているこの分身を外に送り出す。君たちは、邪神の接神者になるんだよ」
「断る」
「選択の余地はない」
「神だとて、このことは予測しておられるのだろう。分身とはいえお前が解放されると分かっていて、私たちを救い出すはずがない」
「ところが救い出すんだな。神ってやつはね、危険があるからやめておこうだとか大のために小を捨てるだとか、そういう発想はない。常に全力だ。魂が囚われれば必ず助ける。邪神が復活すれば全力で叩き潰す。リスクを恐れないし、諦めないし、これと決めた目標に向かって突き進む」
「…………」
「君たちの身柄は、送り出した分身を使って拘束する。大切な大切な道具だから、絶対に死なせないようにどこかに閉じ込めておく。改めてたくさん魔物を造る予定だから、その苗床にも利用したいし、人間を効率よく殺すための知恵も借りたいし、使い途が多くて困るなあ」
「…………」
「ここから出たら、とりあえず聖域周辺の連中は全員殺す。ああ、その前に誰かを騙して小瓶を開けさせるか。騙すのは人間である君たちにやらせる。本体も復活させて世界を滅ぼすぞ! 頑張るぞ、おう!」
「…………」
「俺の本体が復活しても、君たちは世界を滅ぼすまでは生かしておいてやるつもりだから、悪い話じゃないだろう?」
「反吐が出る」
明るく希望に満ちた口調で未来を語る邪神に向かって、吐き捨てるように言った。何が『悪い話じゃない』だ。世界を滅ぼす道具になれというのか。堕落した魂を浄化するという煉獄の炎で、半永久的に焼き尽くされる方がよほど良い。
深く息をつき、意識して頭を冷やす。
「……さっき、褒美をくれてやってもいいと言っていたな」
「言ったな。世界を滅ぼすのはやめてくれとか、そういうのでなければ何でもいい」
「……ならば、外の世界へ出たら、私以外の人間は利用することなく死なせてやって欲しい。邪神の接神者とやらにするのは、私だけでもいいだろう」
邪神が面白そうに笑った。
「え、何? 邪神なんかの玩具になるのは自分だけでいいとか、そういう美しい自己犠牲精神かい?」
芝居がかった仕草で腕を組み、邪神は首をかしげた。
「まあいいか、何でもいいと言っちゃったし。加護持ちである以上、俺の力を通す素質があるのは間違いない。いいよ、そうしてやろう。その分負担は大きくなるけど?」
「構わない」
「じゃあ、こちらに来てくれ」
気安い友人に対するように、邪神が片手を上げて手招きする。
スレイマンは一歩踏み出し、その笑顔に向かって攻撃魔術を叩きこもうとした。




