対峙1
「ミルファ様!」
スレイマンは素早く前室を見回した。
ミルファだけでなく、全ての死体も消えていた。壁や床の血痕も残っていない。スレイマンは血の臭いが消えて初めて、嗅覚が麻痺していたことを意識した。
封印の小瓶を持ち直し、一歩踏み出してーー。
「お疲れ様」
後ろから声がすると共に、首に何かが巻きついた。
「!」
咄嗟に巻きついたものを外そうとするが、それはかちりと金具の音を立てて固定された。
魔封じの首輪。
背後の誰かが首輪から手を離し、スレイマンは数歩離れて振り返る。
数秒前まで何もなかった所に、聖騎士の姿をした者が立っていた。ポーリエと名乗っていた邪神。首の傷も血の跡もない。清潔なサーコートと革鎧。天井の明かりを受けて輝く金の髪。
「無駄に暴れられても面倒だから、ちょっと魔法を封じさせてもらったよ」
ほがらかな笑みを浮かべて言う邪神を、睨みつける。
「ミルファ様をどうした」
「邪魔だから舞台裏に片付けた。ついでに死体も。なに、本人からすると急に意識を失った感じだ、どうということはない」
「人間並みの能力しかなかったのではないか」
「それはお芝居の間だけの設定だ。もうゲームは終わりだから、ここからは好きにやらせてもらう。君とおしゃべりする間は、この空間は維持しておくけどね」
「おしゃべり?」
「君に少し興味を持ったんだよ、被造物くん。俺の正体を当てるのは君だろうとは思っていたが、まさかこの仮想世界の絡繰りまで見破るとはね。おかげでこっちのプランが台無しだ。いや、褒めてるんだよ? 感服したと言っていい。他の神の被造物が、この俺に関心を持たせるなんて大したもんだ。何かご褒美をくれてやってもいいくらいだ」
『被造物くん』とはまた、珍しい呼ばれ方だ。塵芥のごとき人間が、邪神に認識してもらえて光栄だとでも思えばいいのだろうか? 無理だが。
「こちらはお前と話すことなどない」
「つれないなあ。こっちは反省会がしたいんだよ。まさかこの聖域が瓶の中だなんて、普通思いつかないだろう? 何か他に見破られるような失敗をしたのか、あれば教えて欲しいんだ。ていうかさ、拒絶できる立場だと思ってる?」
スレイマンは見るからに渋々口を開いた。
「……お前はエルディン様に『我々が気絶している間に鏖殺にしなかったのは何故か』と問われた時、『その時は神の力が優勢で、危害を加えることが出来なかった』と言った」
「言ったな」
「それは嘘だ」
「何だ? 年取った方の聖女の真似か?」
「コルテリア様だ」
「名前なんかどうでもいいんだよ、被造物くん。君は駆除する予定の害虫どもの一匹ずつに固有名詞があるとして、それを覚えるか? どうせ一掃するんだから意味ないだろう?」
悪意なく、むしろ不思議そうに言われた。人間に化けるにあたって精神構造を人に似せたと言っていたが、あまりそうは思えない。
「……お前は二度嘘をついて、コルテリア様に指摘された。『クロはいい名前だ』と『自分は微力な若輩者だ』という発言だが、どちらも発言の直前に不自然な沈黙があった。お前には、嘘をつく時に不自然に黙る癖があるのだ」
邪神が目を見開いた。
「え、そうだったっけ? ………俺は人間だ。本当だ! 変な間が空いてしまう!」
感心しているのか、青い瞳がきらきら輝く。
「これが癖ってやつか! なるほど無意識にやってしまうな! ほら、神って形而上的存在だから、嘘をつかないしその必要もないだろう? だから地上に受肉しても、言い慣れないんだよ。うん」
『だろう?』などと言われても知らん。
「エルディン様に言った時もそうだった。従って、神が邪魔して殺せなかったというのは嘘で、他に理由があったことになる。お前はそもそも皆殺しにするつもりなどなかった。適当に数人を亡き者にし、自分の正体を暴かせて倒させるのが狙いだったからだ」
「お見事、大当たりだ! ちなみに変なトリックを駆使したのは、謎を解いた達成感と俺を倒した高揚感とで、何も考えずに栓を開けて欲しかったからだよ。それも君の推理の通りだ。普通、謎解きの後に本命の罠があるなんて思わないだろう? いや、思わないはずなんだよ。何で見破るんだよ。おかしいよ」
邪神の泣き言を無視する。
「コルテリア様を害した時の手妻も、思えば成功率に難があった。コルテリア様と後ろのミルファ様との距離は分からず、犯行を目撃される可能性は多分にあった。お前としてはそれでも構わなかったということか?」
「まあね。格好悪いが、殺人現場を押さえられてそのままボス戦突入でも良かった。隠し扉から広い玄室にみんなで移動してね。それはそれで盛り上がっただろうし、俺を倒してそのまま青銅の小瓶を開ける流れになったろう」
「そうか。ポーリエなる人物に身をやつしてまで演技したのに、生憎だったな」
「そうだね。と言っても聖騎士の衣装と設定だけで、外見は八百年前に受肉した時の姿の使い回しなんだ」
スレイマンは、思わず邪神を上から下まで何度か見てしまった。端麗な容姿にしなやかに鍛えられた肉体、爽やかな微笑み。
「あまり、世界を滅亡させる悪しき神には見えない」
「ねじれた角や黒い翼の生えた、禍々しい巨人の姿の方が良かった? 受肉するなら現実に存在する万物の霊長、つまりは人間をモデルにするのが一番効率がいいだろう? もっともスペックは限界を超えて魔改造しているけどね」
だから『だろう?』と言われても知らん。
「で、どうする? 悪あがきでもしてみる?」
「どうもしない。一介の人間ごときが神に対してなす術はない。好きにするがいい」
「いい覚悟だ。じゃあ、ものは相談なんだけど、その小瓶の栓を開けてくれない? 開けてくれないと、舞台裏のみんなの魂を痛めつけるとか言っちゃうんだけど」
「それに従うことだけはごめん被る。私たちがどんな目に遭おうが、何を対価にしようが、世界の存亡とは釣り合わない」
「やっぱりそう言うよな。他の面子もみんなそう言いそうだよな。突入してきた連中、全員根性ありすぎなんだよ」
「隷属させたスーテ殿に、開けるよう命じれば良かったではないか」
「それは小瓶の加護が邪魔をするんだ。君は『帝国北部の睡蓮離宮は誰が建てた?』という質問に『大工』って答えるか? 六代皇帝アルシームが寵姫のために建てたって言うだろ? それと同じだよ。人間に命じてやらせるのは、俺が自分でやるのと同じ扱いになる。開けられないんだ」
「それはそれは。だから『隷属』をスーテ殿にしか掛けなかったのか」
「そう。人間の完全な自由意志によってのみ、あの栓は開けられる。神にとって、人間の自由意志ほど重要なものはないから。だから隷属状態でない人間を多くキープしておきたかった。他に質問はある?」
「私の従者はどうなったのだ」
「ああ、君との入れ替わりトリックの関係上、死体役を割り振ったアレね。君たちと同様捕らえている。死体だけ造って舞台に上げて、魂の方はずっと舞台裏で寝てる。今は他の連中もそうだ」
あの亡骸は、邪神が創り上げた仮の肉体だったというわけか。道理で死因が分からないわけだ。
「私たちをこれからどうするつもりだ。もう一度皆の記憶を消して、小芝居を最初からやり直すか?」
「そうしたいのはやまやまだが、時間切れだ」
邪神が言った途端に、スレイマンの頭の中に声が流れ込んできた。目覚める直前に聞いた啓示が、完全な状態で再生されるのが分かった。
【お聞きなさい。邪神再封印のために聖域に入った勇敢な皆様。あなたたちは封印の小瓶の中に閉じ込められています。その場所は邪神が聖域を模して造り上げた世界。そしてあなたたちを利用しようとしています】
【邪神の一部を切り出して造った化身は人間に変化し、あなたたちの中に紛れています。邪神は意識を失ったあなたたちの記憶を読み取っており、また、あなたたちの中に紛れるために『スレイマン』『スーテ』の二人の記憶を操作しています】
【邪神は自分で小瓶の封を開けることができません。だからあなたたちを誘導して開けさせ、外の世界へ出ようと謀っているのです】
【瓶の封印を解きかけはしましたが、邪神は未だ【わたし】の強い影響下にあります】
【これより人に化けた化身である邪神は、神としての能力は使いません。その身体的魔法的能力は、あなたたちを欺く間は人間の限界を超えることはありません。どうか瓶の外へ出ようとする邪神の企みを見破って、封印を開けないことで、世界への解放を防いで下さい。すぐに【わたし】があなたたちを救出します】
蛇足・不自然な沈黙
「第1話・プロローグ・封鎖後。『………このポーリエ、微力な若輩者ではございますが』
第8話・自己紹介2。『えーと、うん………いい名前ですよね』
そして第33話・なんじは邪神なり4。『ああ、それね………封鎖直後は君たちの神の力が優勢』
お前は嘘をつく直前、三点リーダを三つつける癖があるのだ!」
「メタな発言キターーーー!」
「三点リーダは偶数回使用がセオリーだから、この奇数回使用に対して誤字報告が来る可能性があった。だが、報告は来なかった」
「いや、分かるかこんなもん」




