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真相2

 咄嗟に理解ができないのか、ミルファが言葉を繰り返す。

「封印の小瓶から……逃げていない?」

「そうです。邪神は封印の小瓶から逃れられず、従って小瓶の中で人間に化けていた。だから発言は、私たちを誤認させる意図があっても嘘ではなかった。だから……。


 私たちが聖域だと思っているこの場所は、本物の聖域ではない。

 ここは封印の小瓶の中に、邪神によって創造された世界。

 私たちは、瓶の中の世界に閉じ込められている。


 ……これが、私の導き出した答えです」


「…………は?」

 ミルファがきょろきょろと周囲を見回す。流麗な浮き彫りを施された壁。光源のはっきりしない、明るい天井。床といわず壁といわず撒き散らされた血痕。横たわる死体たち。

「ちょ……えっ、ちょっと、意味が……」

「はい。意味が分からないと思います。正気のこととも思えぬ発想です。これも順に説明いたします。まず申し上げるべきは、ミルファ様が語ってくださった『乙女ゲーム転生』なる物語についてです」

「説明のスタートが乙ゲー転生ですか!? まだそのネタ引っ張るの!?」

 急に混乱の度合いを増したミルファに、スレイマンは不思議そうに首をかしげた。

「非常に示唆に富むお話でしたが、何かおかしなことでも?

 私が特に興味深く感じましたのは、『神が物語に似せた世界を新たに創造し、そこに本来の世界の人間の魂を転生させる』というところです。神が既存の何かに似た世界を創造するなど、そのような発想は私にはありませんでした。さらに、そこには物語の流れがあり、転生者はそのシナリオに沿ったり逆らったりするとのこと。そうですね?」

「ええまぁ、そうですけど……?」

「今の私たちも、それと同じではありませんか?」

 自分の手で口をふさいでいる青銅の小瓶を見下ろす。

「私たちはこの、聖域という小さな世界の中で、人に化けた邪神を捜しました。殺人が起き、その手口と邪神の正体を見破り、死闘の末に倒す。まるで、よく整えられたシナリオのように……」

 いつの間にか風は止んでいた。スレイマンの声だけが響く。

「邪神が封印から逃れようとした時、解放は叶わなかったものの、聖域に突入した者たちを捕らえ、どのようにしてか瓶の中に引きずりこんだ。肉体ごとか、魂だけか、それは神ならぬ私たちには知り得ませんが……。

 この聖域は邪神によって創造され、小瓶の中に存在すると仮定して、それはどういう状態なのでしょう? 瓶の底に、模型のように小さな聖域があり、さらにその中に小さな私たちが配置されている……いえ、この説だと、封印の小瓶の謎が説明できません。

 では、こう考えてはどうでしょう? 

 私たちと偽の聖域は封印の小瓶の外に、そしてそれ以外の全世界は小瓶の中に存在している。

 この封印の小瓶は本物です。ただし、私たちは小瓶を内側から見ているのです。瓶の内側に模様などあるわけがありませんからね。巾着袋を裏返しにして表と裏が入れ替わったように、この小瓶は私たちから見て裏返しになっているのです。

 だから、この表面には何の模様もないのです。『錠』を施した時の手の跡もない。それらはこの瓶の裏側、外の世界にとっての表面にあるのです。『錠』の術式は鏡写しになっていましたが、別にスレイマンこと私は反転させてはいなかった。なんのことはない、私たちは瓶の内側にいるから、術式が反転して見えていたのです」

 ミルファが呆然とした表情で、小瓶を少し持ち上げる。スレイマンも逆らわずに手を持ち上げた。

「これ、この小瓶が……今、裏返った状態? 瓶の中に世界が入っているの?」

「相対的には。世界からすると、邪神と偽の聖域と私たちが封印の小瓶に入っているのですが。

 私の記憶が奪われた本当の理由が、これです。警護の聖騎士であるスーテ殿は無論、聖女様方も玄室に入ったことはありません。ここに閉じ込められる前に封印の小瓶を見たことのある者は、私と従者の老人だけ。裏返って外見の変わった小瓶を見れば、すぐにそれと気づいて怪しみます。

 邪神に小瓶の見た目を直接操作することはできません。小瓶には【邪神の影響を受けない】という加護がありますから。だから代わりに私の記憶を奪い、異変に気付かないようにした」

 スレイマンは手にしていた通信具を、ミルファに見えるように持ち上げた。手も通信具も、エルディンの血に染まっている。

「邪神はーー正確に言えば、邪神の肉体は破壊されました。しかし未だ、外部との連絡は取れません。

 何故なら、この偽の聖域が小瓶の中の世界の全てだからです。聖域の外というものは存在しないのです。だから外部と連絡が取れるはずがない。入り口の扉も開くことはない。そこが世界の果てなのですから……いや、世界の果ては封印の小瓶の表面ということになりますか。ここが外の世界との境界なのですから。

 神聖魔法が使えないのは、ここが小瓶の中、いわば封じられた邪神の領域だから。小瓶に触れれば神聖魔法が使えるのは、間接的に外の世界に触れているから……そんなところでしょう」

「ここが……邪神の領域……でもどうして? なんの意味があって、こんなことを? こんな……クローズドサークルの殺人を」

「長くなりましたが、その解明で説明は終わります。

 先ほど、私がスレイマンであることの証拠としてペンダントの存在を挙げました。邪神はペンダントの紐を切って指輪を取り出し、老人の亡骸に嵌めて紐は私のポケットに入れました。

 ですが、紐をわざわざポケットに入れる意味がありますか?

 結果的に、この紐は私がスレイマンであること、ひいては聖騎士ポーリエが邪神であることまで立証する手がかりとなりました。だから邪神からすれば、この紐は捨てるべきでした。彼は、コルテリア様とスーテ殿と共にトイレのある部屋で倒れてーーという演技でしょうがーーいたのです。紐をトイレに捨てれば、私の正体は分からずじまいだったかもしれません。それを何故?」

 一息ついて、スレイマンが天井を見上げた。飄々とした雰囲気と穏やかな話しぶりは変わらなかったが、瞳に沈鬱な色が浮かんでいた。

「全ては、謎を解かせるため。

 私たちの中に邪神が紛れている。そしてその者に一人ずつ殺されていく。皆の間に不安と疑惑が高まります。そして謎が解け、邪神は特定されて討伐される。依代となる肉体を破壊し、形而上的本体が現れる。そうすると、次にすべきことは?

 邪神を封印するために、小瓶の栓を開ける。

 それが、邪神の真の目的。

 自分で開けられない封印の小瓶の栓を、人間に開けさせようとしたのです。

 この小瓶には【邪神の影響を受けない】という加護があります。瓶の中で力を蓄え、一時は封印を破りかけたようですが、今は神によって押さえ込まれています。もう自力で栓を開けることはできない。しかしこの加護の対象は邪神であって、実は人間ならば普通に開けられる。そうとも読み取れます。

 ここは小瓶の中であり、私たちは邪神と共に閉じ込められている。それに気づかず、邪神を封印するつもりで栓を開けてしまったら?

 邪神は外の世界へ解放されます」

 しばらく沈黙が続いた。

「それじゃ……いえ、ちょっと待って。ウィテーズ様が『錠』を解除した時、ついでに栓を抜こうとしましたよね? あの時、ウィテーズ様は抜けないっておっしゃってました。どうして?」

「ここは小瓶の内側の世界。栓はこちら側に向かって挿してあるのです。それを引いても抜けるわけがない。こちら側からは押し込むことによって、栓が抜けるのです。

 あの時、邪神は『引いて駄目なら、押し込んでみたらどうですか』と申しました。それは正しかった。栓に施された『錠』の解除を提案したのも彼でした。あの場面では栓を抜くことはありませんでしたが」

「ああ……ウィテーズ様が『割れたコルク栓じゃあるまいし』とかおっしゃって、スレイマン様も止めたんでしたよね」

「そうです。封印の小瓶に違和感があったため、咄嗟にウィテーズ様をお止めしました。が、あそこでウィテーズ様が栓を押し込んでいれば、栓は抜けて邪神が復活、世界は再び危殆(きたい)(ひん)することとなっていたでしょう。本当に危ないところでした」

「でもそうならなかったから、邪神はお芝居を続行した……」

「はい。狙いとしては、死闘の末に邪神を倒し、封印するために栓を抜く。ところが抜こうにも栓が動かない。一刻も早く封印しなければという焦りから、栓を押し込むという、普段ならしない動きを期待したのだと思います。『引いて駄目なら押し込んでみては』というあの発言も、呼び水になったかもしれません」

「あの言葉も罠だったと……」

「私たちは、邪神を見つけ出して倒せば再封印は成ると考えていました。しかしそうではなかった。私たちがすべきことは、決して封印の小瓶の栓を開けないことだったのです。

 私の推測はこれで全てです。いかがでしょう、真実と思われますか?」

「…………はい。思います。でもそれって……結局、わたしたちは……」

 ミルファが呆然とした表情で、スレイマンを見た。

 スレイマンも沈痛な面持ちでミルファを見たが、しかし抑制された、はっきりとした口調で答えた。

「はい。残念ながら、私たちは助かりません。一生、いや死んでも、魂はこの小瓶に邪神と共に閉じ込められたままです。永遠に」

 しばらくの間、沈黙が落ちた。

「そういうことですよね…………なにそれ、本当、まいったなあ……どう頑張っても絶望エンドかあ……」

 苦笑するミルファだが、目に涙が浮かんでいた。

「永遠の虜囚から逃れる方法はございます。が、しかし」

「それは栓を開けて、邪神と一緒に解放されること。ですよね?」

「おっしゃる通りです。私たちが生きているならもちろん、外の世界で死んでいて魂だけの存在であるとしても、ここから解放されて転生の流れに戻ることができます」

「でもそれは、邪神が復活するということ。そうなったらまた戦いが起こるし、たくさん人が亡くなるし、今度こそ世界は滅ぼされるかもしれない」

「さようです。ですから私は、ミルファ様に伏してお願いいたします。

 決して封印の小瓶の栓を開けないで下さい。

 私と共に、永遠に邪神の虜囚となって下さい。

 聞き届けていただいたところで、引き換えに私から差し出せるものも、何もありません。ただ、お願いするだけです。世界のために犠牲になって下さい、と」

「スレイマン様…………」

 ミルファが泣き笑いの顔で、スレイマンと封印の小瓶を見比べた。

「わたしの意志を尊重するみたいな、いい感じのことをおっしゃってますけど、小瓶の口をがっちり手でふさいだままですよね」

「それはまあ、本当に栓を開けられると困りますので」

「ですよねえ」

 ミルファが小瓶から手を離した。スレイマンが受け取り、瓶を両手で持ち直す。

 ミルファは立ち上がった。手の甲で涙をごしごしと拭く。

「分かりました。わたしも封印は解きません。そりゃ怖いけど、邪神の言いなりになるのも腹が立ちます。わたしにだって、ちっぽけだけどプライドってものがあるんです。それに、この封印も最初から千年しか保たない予定で、千年後に改めて封印し直すはずでした。もう千年待てば、上手いことわたしたちだけ出してもらえるかもしれません」

 スレイマンも立ち上がった。

「その心意気です、ミルファ様ーー」

 言いかけた時。


 ミルファが、スレイマンの目の前で消えた。



 

蛇足・タグ『あらすじも伏線』その1

 あらすじの中の「この中に、封印から逃れて〜再封印する」というくだりが地の文ではなくセリフである、ということが伏線の一つでした。

 推理小説には『地の文で嘘をついてはいけない』というルールがあります。他の小説全般でもこのルールは重要ですが、特に推理小説では基本を通り越して鉄則となります。読者に対してアンフェアですから。

 ところが「邪神が封印から逃れた」「邪神を見つけ出して倒せば再封印できる」というのは事実ではありませんでした。登場人物たちがそう判断しただけです。

 よって、これらの情報は地の文としては表記できません。あくまで登場人物のセリフとして載せていますよ、という形にせざるを得ませんでした。

 それでは引き続き、『なんじは邪神なりや?』をお楽しみください。

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[良い点] クラインの壺ーーーーー!!!(宇宙猫がぐるんぐるん回転しながら表と裏がつながった曲面を転がっていく)
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