真相1
「ミルファ様……今や生き残っているのは私とミルファ様の二人だけ。これほどの犠牲が出てしまい、残念でなりません」
スレイマンが辛そうな目で、前室内に転がるいくつもの死体と血溜まりを見やる。
が、すぐにミルファに視線を戻す。
「ですが、何としても邪神を復活させるわけにはまいりません。そしてその方法は、『この小瓶の栓を開けない』ことだと私は判断しております」
「栓を開けては駄目って……どういうことですか」
ミルファがへたりこんで小瓶に目を落としたまま、呟くように尋ねる。魔力切れと、多くの犠牲者が出たことへの衝撃で、精神的に疲弊しているのが見て取れる。
「私は先ほど、邪神の指摘とその根拠を申し上げました。しかし、それらは私の考えのおよそ半ば。これから、残り全ての推察をお伝えいたします。その上で、それが正しいと思われるか、どうすべきか決断なさって下さい。私もここにおります。共に考えましょう」
ミルファは視線を上げて、スレイマンの顔を見る。
「まだ、何かあるんだ……じゃあ、もう一踏ん張りしなきゃ……。分かりました。スレイマン様、お聞かせください」
「心得ました。しかしここには死が満ちております。隣の図書室に移ってお話しいたしましょう」
ミルファは部屋を見回した。スレイマンも前室に横たわる彼らを見た。自分の従者なのに、名前を知ることもできない老人。聖騎士の姿をした邪神。邪神に操られ、その軛の内でせめてもの反抗を行なったスーテ。死を覚悟の上で聖域に入り、最後までミルファを護ったエルディン。無限袋の中で眠るコルテリアとウィテーズ。
「いいえ。わたしは彼らと一緒にいたいです。皆様にも聞かせてあげてください。みんなも知りたがっているはずですから」
スレイマンはうなずき、話し始めた。
「実のところ、邪神が誰かというより先に、私は気になることを見つけておりました。
それはこの、青銅の小瓶。邪神を封印していたこの小瓶です。
ご覧の通り、この小瓶は非常に美しい。何の模様も装飾もなく、シンプルな造形でありながら美そのものを体現しています。大戦終結当時の芸術の極致と言えましょう。
しかし、なぜ何の模様も装飾もないのでしょうか?」
ミルファが目をぱちくりさせた。
「はい? なぜって?」
「聖域の壁面をご覧ください。この時代の美術は、繊細で流麗な曲線文様を多用したものが好まれています。しかし、同じ時代に作られたはずのこの小瓶には、それが全くありません。ごく簡素。デザインとしては、まるで方向性が違います」
「それは……聖域の壁は当時の聖王様のイメージが具現化したもので、小瓶は職人さんが作ったものだから……別々の人が作ったんですから、たまたまデザインが違っても不思議はないんじゃ」
「はい、最初は私もそう思いました。しかし、さらにおかしなことが、この小瓶にはございます。
人が触れた時に付く、手指の跡です。
小瓶の表面はなめらかで、素手で触ればはっきりと跡が着きます。初めて私たちが見た時、この小瓶はくもりも汚れもない、綺麗な状態でした。その後、『錠』の術式を解くためにウィテーズ様が、さらにその後に私が持ち上げて手の跡が付きました。私が『この件が終わったら高位神官に磨いてもらおう』と申し上げたのが遠い過去のようです……それはさておき。
最初に私、スレイマンが栓に『錠』の術式を設置した時の、手で触れた跡がありません。
『錠』の効果範囲は接触です。ですから私が封印の小瓶に触れたのは間違いありません。しかも小瓶は小さく華奢で、乱暴に扱えば安定を失って倒れたり台座から落ちたりするでしょう。片手で小瓶をつかみ、もう片方の手で栓に『錠』を発動したと考えるのが自然です。しかしその跡がない。
畏れ多さから、素手ではなくハンカチや袖口といった布越しに触れた? 邪神復活の阻止のため一刻を争うという時に、そんな悠長なことをするでしょうか? 現に記憶を失った今の私は、封印の小瓶を素手でつかむことにためらいがありません。ならば記憶を失う前の私も、素手で触れたであろうことは想像に難くありません。ウィテーズ様が『違和感がある』とおっしゃっていたのは、あるいはこのことを漠然と察しておられたのかもしれません。あの方も封印の小瓶を間近でご覧になり、触れて手の跡を付けておられましたから」
「た、確かに……じゃあ、この封印の小瓶は偽物なんですか? 邪神が創り出したフェイク?」
「いいえ、接神者である私は温かさを感じ、より接神能力に長けたミルファ様は、触れることで神聖魔法が使えます。これが、邪神を封じていた本物であることも確かです。邪神が神のお力を偽造できるとは思えませんし、したところでミルファ様がお気づきになるでしょう」
「じゃあ、どういうことでしょう?」
「それを知る手がかりは、以前邪神が言った言葉です。『自分は邪神ではない』という発言を、コルテリア様は嘘でないと判断なさった、これが重要です」
ミルファがまじまじとスレイマンを見た。驚きよりは混乱が勝っている。
「えーと……ごめんなさい。話題が飛び過ぎて、着地点が全然見えません」
「申し訳ありません。結論まであと少しです。
『隊長と同じく、このポーリエ・アルリウスは神に仕える聖騎士でございます。私は、封印の瓶から逃れた邪神などではありません』。これが邪神が発言し、嘘でないと判断された言葉です」
「そう言えば、前半の、自分は聖騎士ですっていう部分もセーフでしたね」
「スーテ殿の部下に、実際にポーリエ・アルリウスという聖騎士が存在するはずです。邪神は彼女の記憶からそれを知り、その人物になりすました。邪神は一般論として、実在の『この』ポーリエは神に仕える聖騎士だと言っているだけです。これが例えば『私は神に仕える聖騎士です』と言ったなら、コルテリア様に嘘だと断じられたでしょう」
「そっか……それに『私の名前はポーリエです』もセーフなんですね。クロさんの時と同じで、本名とはいえなくても、他の人からそう認知されて呼ばれれば、それが名前ということになると。でも、肝心の部分は?」
「…………」
珍しく、スレイマンが言いよどんだ。
「……邪神は『私は、封印の瓶から逃れた邪神などではありません』と申しました。それは本当のことでした」
息をついて、静かだが強い口調で言う。自分に言い聞かせるように。
「彼は、封印の瓶から逃れていない邪神だったのです」




