なんじは邪神なり4
「短剣を床に落とせ!」
エルディンが腹の底から響く声で命令した。魔物討伐に長けた騎士の放つ威圧に、後ろのミルファがびくりと震えた。
ポーリエは恐れた様子もなく、だが言われた通りに短剣から手を離した。からりと音をたてて、血まみれの短剣は落ちて転がった。
「まだ俺が邪神と決まったわけじゃない。あなた方の誰かが邪神で、スーテ隊長と俺の二人は『隷属』で操られているのかもしれない」
無表情にポーリエは一同を見回した。
それを、目を細めてスレイマンが見返す。そこに恐れはなく、静かな力がたたえられていた。
「それは私も考えました。さて、亡くなったご老人とコルテリア様、ウィテーズ様は邪神ではない。スーテ殿も瀕死の重症を負い、素早い発見とミルファ様の回復魔法がなければ確実に亡くなっていた。助かったのは偶然の要素が強く、邪神の狂言はあり得ない。残るはポーリエ殿、エルディン様、ミルファ様、私。
スーテ殿は『隷属』の影響下にあり、主人の命令に従わざるを得ない。しかし、他の方の要請を断ることが多々あった。
エルディン様が女性たちの身体検査に男性を加えるよう要請した時に、スーテ殿は拒絶した。
隊列変更の話し合いの際、私が魔封じの首輪を外すよう頼んだところ、スーテ殿は却下した。
ウィテーズ様が玄室で倒れた時、ミルファ様が近づこうとされた。スーテ殿に抱き止められて制止され、『放して』と頼まれたが、スーテ殿は放さなかった。
皆、『隷属』の主人でなかったからだ。だからスーテ殿は断ることができた。あるいは、これらの行動はスーテ殿の必死のメッセージだったかもしれない。口外はできないが、せめて他の者の命令に逆らうことで、ヒントになるように……。
残るは貴方のみ。
ポーリエ・アルリウス。なんじは邪神なり」
「…………」
ポーリエが、ゆっくりと顔を動かした。一人一人を見つめていく。
それから、笑顔を浮かべた。この状況でなければ見る者を微笑ましい気持ちにさせる、いたずらな照れ笑い。
「まいったな。もう少し粘れるかと思ったんだが」
「!!」
「認めるのだな!」
息を呑んだミルファを力づけるように、エルディンが声を張り上げる。
「ああ。大したものだ、さすがは賢者。君たちは知らないし本人は忘れているけど、彼は推理力、問題解決能力の高さで『賢者』と呼ばれるようになったんだよ。この世界に推理小説があれば『名探偵』と言われていただろう」
白と青の清冽な装束に似つかわしい、快活な笑顔を浮かべた。
「いちおう精神構造を人間に似せて化身を造ってみたんだけど、人間ごっこは上手くできていたかな? これでも色々頑張ったんだよ。いやはや、仕込みをしておいてもクローズドサークルなんてアドリブばっかりだ」
「し、仕込みって……『隷属』とか、隠し扉とか……?」
ミルファの震え声に、ポーリエーー邪神が真面目くさった顔でうなずく。
「そうそう。賢者と従者の位置を入れ替えたりとか」
「そんなことをせずとも、我々が意識を失っている間に鏖殺にすれば良かったではないか!?」
邪神が、わざとらしく深刻な表情でかぶりを振る。
「ああ、それね………封鎖直後は君たちの神の力が優勢でね、直接危害を加えられなかった。殺せるようになったのは、その後だ。ていうか、そういう身も蓋もないそもそも論を言っちゃうなんて、無粋もいいところだよ? ミステリファンの風上にもおけない」
「べ、別に、ミステリファンも、リアル殺人とか求めてないし……」
エルディンの後ろから、封印の小瓶を抱え持ったミルファが小さい声で言った。
「でもまあ、これはこれでいい勉強になった。人間を効率よく滅ぼす参考にするよ」
「できるつもりか? 貴様はここで討伐されて終わりだ」
「そちらこそ。その剣も鎧も儀礼用、見映えばかりで性能は今ひとつ。戦闘用魔道具もない。そんな装備で大丈夫ですか、騎士団長様?」
「ふん、弱体化した邪神というものは口先しか動かせんのか」
「エルディン様、補助は私が」
両者から等距離に離れた場所に立つスレイマンが、邪神を見たまま言う。エルディンも邪神から目を離さないまま答える。
「お頼み申す」
「そう上手くいくか……なっ!」
言うと同時に、スレイマンに向かって攻撃魔術が放たれた。
スレイマンは咄嗟に右に飛び退きながら『鎧』を四人に、『鋭刃』をエルディンの剣に、『盾』を自分に立て続けに発動する。恐ろしく速い上に、ゼロから呪文を構築して連発しているのに、対象設定、強度設定、設置位置にいささかのミスもない。
軌道に対して斜めに形成された不可視の盾が、火の矢を左側にそらしつつ減衰させるが、高威力の矢がかすめる。身体の周囲に張り巡らせる防御魔術『鎧』でかなり防いだが、左腕にそれなりの火傷を負う。よろめいた拍子に赤瑪瑙の指輪が手から弾き飛ばされる。熱せられた空気が陽炎となってゆらめいた。
邪神はスレイマンに魔術を撃ちながら抜剣し、エルディンに向かっていた。すでに鎧と魔道具に刻まれた術式を起動して、能力強化している。
対するエルディンが魔力を放った。『身体強化』。戦闘系魔道具は持っていなかったはずだがーースレイマンは一瞬いぶかったが、すぐにスーテから強化の魔道具を拝借していたのだと気づく。さすが実戦で鍛えられた強者である、抜け目がない。
「ちっ!」
エルディンが剣で受け流す。彼はミルファの前に立ちふさがったまま、移動できない。移動すれば聖女を邪神の剣にさらすことになる。騎士道精神の発露ではない。神の力の最大の通り道である聖女が死ねば、邪神の弱体化が解ける恐れがあるからだ。
ミルファが回復魔法をスレイマンに使った。焼かれた左腕の水ぶくれがみるみる引いていく。とはいえスーテの治療に魔力の大半を使ったから、あまり余裕はないはずだ。
スレイマンも牽制の魔力弾を数発放つが、あっさり『盾』で防がれた。魔法威力に彼我の差があるせいで、まともに攻撃が通らない。
魔術だけでなく、邪神は剣技も卓越していた。身体強化の力と速さに加え、剣の精妙さでもエルディンを陵駕している。エルディンもよく応戦しているが、もう何合も持ちこたえられない。
ついに、邪神の攻撃にタイミングを合わせられず体勢を崩す。
微笑みを浮かべ、邪神が剣を振り上げーー。
その足元に何かが滑り込み、当たった。
スーテの剣。
意識を取り戻したスーテが床に横たわったまま、顔を上げて邪神を睨みつけていた。腰の剣を抜いて邪神の方向に滑らせたのだ。戦えないまでも、何かしら邪神の妨げになることを期待して。
邪神が振り返ることなく、斜め後ろのスーテに炎の矢を撃ち込む。
スレイマンの放った『盾』に勢いを削られながらも、矢が無慈悲にスーテを貫いた。
邪神の注意が、わずかだがそちらに割かれていた時。
「オタクなめんな!」
全てを白く塗り潰す閃光が、前室を満たした。ミルファの神聖魔法だ。彼女の残り少ない魔力でも発動できる。
光源である彼女の方向を見ていた邪神が、反射的に目を閉じた。
一瞬後に目を開けた時。
光源に背を向けていたエルディンが防御を捨て、剣を振り下ろしていた。
邪神の剣も鮮やかに翻る。
二つの剣が同時に相手を捉え、
二人の動きが止まり、
きん、と音を立てて指輪が床に落ちて転がり、
「邪神と相打ち、ならば……上等……」
エルディンと邪神の双方が、互いに大量の血を吹き出しながらゆっくりとくずおれていった。
「エルディン様!?」
ミルファの悲鳴のような声を聞きながら、スレイマンはエルディンと邪神の魔力を走査する。
「……亡くなっています」
エルディンは鎧ごと胴を斬られていた。斬撃を当てる瞬間に、刃を起点に設定して指向性を持たせた攻撃魔術を重ねたものと思われた。これではひとたまりもない。
邪神は首の半ば以上を切り離されていた。こちらも、万に一つも生きてはいない。
スーテの魔力を探りながら、スレイマンは血溜まりと化したエルディンの懐に手を入れ、通信具を取り出した。
血まみれの通信具を持って立ち上がり、固まったままのミルファの側に歩いていく。
「お見事でした。戦いの経験が?」
「ゲーム知識で戦闘イメトレ済みなんで……実戦は初めてですけど」
言うなり封印の小瓶を抱え持ったまま、ミルファはその場にへたり込んでしまった。全身が小刻みに震えていた。
寄り添うように、その横にスレイマンが膝をついて座り、ミルファと視線の高さを合わせる。
「スーテ様は……」
「残念ながら」
かぶりを振って答える。
「そ……そう、わたしの回復がもっと強ければ……」
「そのようなことはありません。ミルファ様は最善を尽くされました。邪神の力が我々の予想以上に強かったのです」
「邪神……そう、邪神! 封印、ちゃんと再封印しないと!」
不意に、前室内の空気がうねった。まるでミルファの叫びに応えるように。
風が、前室全体の中を大きく渦巻く。渦の中心に、ミルファの持つ青銅の小瓶がある。
冷ややかな霊気。邪神の気配。かりそめの肉体から形而上的本体が切り離され、青銅の小瓶に吸い寄せられているように、スレイマンには見えた。
「小瓶に引き寄せられてるみたい……栓、抜かないと」
がたがた震える指で、コルクの栓をつまもうとするミルファ。
しかし。
スレイマンが小瓶の口を左手でふさぎ、ミルファの指を阻んだ。その顔は依然真剣で、彼女を見下ろす灰色の瞳はどこか痛ましげであった。
「なりません。今、通信具を使いましたが、外部と連絡が取れません」
「だから! 封印しないと、聖域が開放されないーー」
「いいえ。これは邪神の罠です。
封印の小瓶を我々に開けさせること。それこそが、邪神の真の目的なのです」
二人生き残ってエンディング?
とんでもない! まだまだ続きますよ!




