表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/43

なんじは邪神なり2

 スレイマンが自分で首輪を外して祭壇の上に置く(宗教的には大いに問題ではあったが、誰も文句は言わなかった)間、残る三人はこそこそと小声で言い合っていた。

「あの、俺、伝説の賢者様に皿洗いさせちゃったんですけど」

「わしなんぞ、処刑するところだったが」

「あれ、わたし、何かしちゃいました? 吊るならクロさんて言っただけ? 大したことないですよね?」

「ずるいですよ聖女様、ご自分だけ」

「首まわりがすっきりしました……どうなさいましたか?」

 スレイマンに声をかけられ、三人はびしりと直立不動になった。明らかに緊張していた。

 エルディンが一歩スレイマンの方に踏み出し、さっと片膝をついた。謝罪の動作だ。

「それがしが賢者様にあらぬ疑いをかけたこと、幾重にもお詫びいたします」

「とんでもないことです。実戦能力に秀でたエルディン様が、あえて明るく穏やかに振る舞ってくださったおかげで、理性的な話し合いの雰囲気が生まれました。お互いに疑心暗鬼に陥り、無残な殺し合いに発展する可能性もあったのです。そうなることから救ってくださったエルディン様には、感謝してもしきれません。もちろん他の皆様も」

 微笑みながらかぶりを振る。気を悪くしていないと分かって、一同の緊張が少し解けた。

「そうおっしゃっていただけるならば有難いことです。まだ邪神を特定しておりませんからな。よろしければ、引き続き賢者様のお考えを聞かせていただきたい」

「そうですね」

 スレイマンはうなずいた。再びポケットからペンダントを取り出しながら話を続ける。

「邪神が、私たちが気絶している間にしたこと。まず、私が封印の小瓶の栓を閉め直し『錠』をかけたのですから、私が台座のすぐそばにいたはずです。それを玄室の入り口近くに、お供の老人を台座のそばに移動させます。それから私の首からペンダントを外す。ペンダントの紐は長く、結び目をほどかずに外すことができます」

 ペンダントの紐の端を両手に片方ずつ持ち、三人に示す。

「元々このペンダントは輪になっていました。擦り切れるほど長い間使われていた紐で、結び目は固くなってほどけそうもない。指輪を外すために、邪神は何か刃物で紐を切った。切り口の断面が真新しいことから、それと分かります。そして、取り出した二つの指輪を老人に嵌める。これで、この方をスレイマンに、私を従者に偽装した」

「この方は、なぜ亡くなったのでしょう?」

 エルディンが質問する。

「さすがに分かりません。邪神の神気にあてられた時、気絶では済まずに絶命したのかもしれません。私を除けば、彼は最も小瓶の近くにいたわけですから」

「スレイマン様は加護をお持ちですから、ごく近くで神気に晒されても耐えられたと。では記憶を失われたのは、その影響でしょうか?」

「それも断言しかねますが、邪神が意図的に奪ったのではないかと考えております。それは、邪神がこのような細工を(おこな)った理由とつながりますから」

「理由……」

 ミルファが鸚鵡返しに呟いた。

「はい。私がスレイマンであるなら、ウィテーズ様殺害の方法にも説明がつきます」

「なんと?」

「玄室の警備術式は侵入者を攻撃しますが、これには十数人分の魔力紋が登録されており、該当する者には攻撃を行いません。ウィテーズ様と私は、これらは聖王および八人の枢機神官のものではないかと想像しました。万が一にも、誤って味方を殺傷するわけにはいきませんから。では残りの魔力紋は誰のものでしょう」

 エルディンが顎髭をさすりながら考えこんだ。

「ああ、確か『護衛の聖騎士たちのものではないか』と話しておられましたな。一緒に玄室内に入ることが想定されますからな」

「はい。そして、確実に玄室に入る者がもう一人おります。警備術式の敷設および定期的な改良を行う者、すなわちスレイマンこと私です。私の魔力紋は登録されており、警備術式が起動されてもトラップに攻撃されることがありません。ちなみに登録された魔力紋が私のそれと一致するかは、ここでは確認できません。専用の、魔力紋鑑定の魔道具を必要としますから。

 そしてこのことが、私の記憶が邪神に封じられた理由の一つでしょう。邪神は私の記憶を読み取ってパスワードを知った。私の記憶を封じれば、玄室のトラップを操作できるのは邪神のみ。私たちを抹殺する道具として利用できます。さらにあわよくば、トラップを起動させても私は攻撃されない、そのことでトラップの起動タイミングを実際より遅く見せかけられます。私と従者を誤認させる細工をしたのはそのためです。実際、私が勝手に玄室に入ってしまって、まんまと邪神の思う壺にはまってしまいましたが」

「それは、つまり……」

「ウィテーズ様が玄室に入って亡くなる直前に、玄室に出入りしたのは私です。封印の小瓶を確認したくなったからですが、この時点ですでにトラップは起動していたのです。しかし私は攻撃されない設定であった。だから何事も起こらなかった」

「えっと、じゃあ、いつ誰がトラップを起動させたことになりますか?」

 混乱してきたのか、頭を片手で押さえながらミルファが質問した。

「まず、トラップは玄室入り口の扉に触れることで操作できます。そして、私以外の人間はーーこれには邪神も含まれますがーートラップ起動状態の玄室に入ると攻撃されます。従って、私の前に他の方が玄室を出た、その後に扉に触れた者が犯人、すなわち邪神となります」

「あの時の隊列はスーテ様、エルディン様、わたし、ウィテーズ様、クロ……スレイマン様、ポーリエ様の順でした。ポーリエ様が玄室を出たところでスレイマン様が玄室に入り直した」

「そして……そうだ、ポーリエ殿が扉を支え、スレイマン様に戻るよう言ったのだ」

 ミルファとエルディンが、思い出しながら言った。


「はい。ポーリエ殿が術式を再起動させた者、すなわち邪神なのです」


 スレイマンが宣言した。


「「!!」」

 

 ミルファが封印の小瓶を抱えたまま、身体をこわばらせた。

 エルディンがポーリエに視線を向けたまま、ミルファの前に移動して庇う位置に立った。抜剣している。

 名指しされたポーリエは、困惑した顔で一同を見回していた。

「ちょ、ちょっと待ってください! いやそうか、俺が邪神だと嘘をついて、本物を油断させる作戦ですね?」

「残念ですがポーリエ殿、あなたが邪神だと断定しているのです」

「で、でも、ポーリエ様は『自分は邪神ではない』とおっしゃって、コルテリア様も嘘ではないと」

 ミルファの言葉にスレイマンが答える。

「はい。しかもそれ以外のところでは、ポーリエ殿の嘘を指摘しておられました。ポーリエ殿に【嘘を判別する】加護は有効でした。ですが」

 スレイマンの瞳が、一瞬沈鬱に(かげ)った。

「その説明をすると長くなりますので、後回しにさせていただきたい。差し当たっては、コルテリア様の加護の間隙をついてごまかしたのだとお考えください」

「いや待ってください、ウィテーズ様のことだけで邪神と言われても! それじゃ、どうやって俺がコルテリア様やスーテ隊長を襲ったって言うんですか?」

 スーテに怒られた時のように両手を上げながら、慌てたように言いつのった。

「それはそうです、順に説明していきましょう。

 コルテリア様は、あの細い通路で一列に歩いていたところを襲われ、前室まで運ばれました。この不可思議な事件については様々な意見が出ましたが、おおむね二つの要素に集約されます。

 まずコルテリア様を誘拐および殺害することは、すぐ前のポーリエ殿かすぐ後ろのミルファ様になら可能であること。隠し扉は曲がり角のすぐ向こうにあります。そこにコルテリア様が来られたところで、エルディン様から読み取った知識で声を出させずに即死させます。そして隠し扉に放り込む。

 次いでコルテリア様を前室まで運ぶことは、最後尾のスーテ殿なら可能です。同じく隠し扉から玄室に入り、コルテリア様をーーおそらくは遺体をーー前室へ運び込み、同じルートで列の最後尾に戻る。身体強化の魔道具を使えば、多少は時間短縮できます。

 問題は、その両方を一人では行えないということです」

 その説明に、皆がうなずいた。

「そうですね。それで、発見されない九人目説とかが出てきたんですけど」

「さよう。スレイマン様、それはいかがお考えですかな?」

 エルディンの問いかけに、スレイマンはうなずいた。

「一人でできないならば、コルテリア様の殺害と遺体の運搬を、それぞれ別の者が行えばよろしい。犯人は二人いるのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ