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啓示

 知らない女性の声が聞こえる。


【お聞きなさい。邪神再封印のために聖域に入った勇敢な皆様。あなたたちは……閉じ込められています。その場所は…………。そして…………】


 ところどころ声が途切れて聞こえない。


【邪神…………は人間に変化(へんげ)し、あなたたちの中に紛れています。邪神は意識を失ったあなたたちの記憶を読み取っており、また、あなたたちの中に紛れるために……二人の記憶を操作しています】


 その声。その理知的で、ちょっと早口なしゃべり方。


【邪神は…………。だからあなたたちを……して、外の世界へ出ようと(はか)っているのです】


 何故だろう、もっと聞いていたい。懐かしさと痛みがよぎる。


【瓶の封印を解き……が、邪神は未だ…………【わたし】の強い影響下にあります】


 その声の一人称。【わたし】。それは圧倒的で、人を超越していて、ああ、これを話している存在は彼女ではないのだなと悲しく納得してしまう。……彼女? 誰だったろう?


【これより…………邪神は神としての能力は使(つか)……せん。その身体的魔法的能力は…………人間の限界を超えることはありません。どうか……邪神の…………見破って…………世界への解放を防いで…………】


 思い出せない。

 思い出せないのに、話している誰かの気配が遠ざかっていく。

 そして。

 


 そして目が覚めた。

 彼は、かたい床に横たわっている自分を意識した。何故倒れていたのか分からないが、とりあえず立ち上がる。

 見回すと、そこは円柱状の空間だった。床面が円形で壁が垂直に高く立ち上がっている。岩窟だろうか、薄く黄色がかった岩を掘削して造ったような広間で、学生が五十人ほど入る小教室程度の大きさ……何故私は部屋の広さを教室に例えたのだろう? 私は学校か何かの関係者なのか?

 何も思い出せない。

 自分の名前も。素性も。ここにいる経緯も。

 困惑が、名無しの『彼』の中に広がる。記憶はないが、思考ははっきりしていると思う。こんな訳の分からない場所でパニックに陥るのはまずい。とにかく状況を把握しよう。

 両手を目の前に掲げてみる。若い男性の手で、右手の指にペンだこがある以外は特徴がない。なめらかな、肉体労働を知らなさそうな手。手ぶらで、藍色のローブを着ている。魔術師のような服だ、というか自分は魔術師なのか?

 部屋に窓はない。壁にはぐるりと一面に、流麗な蔓植物と花のような意匠の彫刻が施されている。倒れていた場所のすぐ後ろに扉が1つ。天井は高く、照明が見当たらないのに部屋は明るい。

 ここはどこだ? 構造からして地下のようだが、どういう場所なのか?

 困惑しながらも、手がかりを求めて広間の調度を確認する。

 この空間に物は少ない。中央に、岩を削り残してこしらえた胸ほどの高さの円柱形の台が一つ。近くの床に転がった金属製の瓶。そして、台の手前に倒れている藍色のローブを着た人物。

「もし? 大丈夫ですか?」

 ぼんやりと見回している場合ではなかった。『彼』は慌てて駆け寄り、突っ伏している人物をあお向けに抱き起こす。

 老人といっていい年齢の男性だった。声をかけても反応はなく、顔色が白いどころか土気色をしている。呼吸なし。首筋の動脈を探しても脈が見つからない。体温は残っているものの、亡くなっているか、瀕死の状態だ。

 まだ生きているとしても、自分の手には負えない。助けを呼ばなければ。

「誰かいませんか!」

 重い扉を開けると、まっすぐ伸びる廊下だった。手を離すと自然に閉まっていく。両手を真横に伸ばせば手の平がどちらも壁につく程度の、広いとはいえない幅。両側の壁は窓も扉もなく、突き当たりにだけ扉がある。廊下の存在理由がわからない不自然な構造を見て、『彼』は、ここはダンジョンではないかと思いつく。

 ダンジョン。邪神大戦中に神によって造られた、人類の避難施設の残滓。元は、地下に広がったいくつもの廊下と居住エリアで構成されており、快適な気温と湿度、永続的な照明、無限に湧く泉や食糧や薬、生活必需品の出る倉庫を備えていたという。大盤振る舞いもいいところだが、そこまでしなければ人類は存続出来なかった。

 狭くなった人類の生存圏に、消滅した他大陸の生き残りが神によって集団転移され、人口密度が上がった。だが邪神と眷属たる魔物の猛攻によって農耕も牧畜もままならない。避難所がなければ、人間は邪神に滅ぼされる前に飢饉と疫病で滅亡しかねなかったという。

 邪神封印後も避難所は残ったが、そのあり方は大きく変わった。物資が湧き出る倉庫は宝箱に変化して存在し続けたが、人間がそれに依存しすぎないように避難所は迷路化し、宝の持ち出しを阻むモンスターや罠が配置されるようになった。

 この場所も、迷路を思わせる部屋と廊下。照明がないのに明るいのもダンジョンを思わせる。自分のことは分からないが、そういう知識はある。

 あれ? ここがダンジョンだとしたら、一人で行動するのは危険じゃないか? 

 とはいえ、倒れている老人のことを考えると、この場にとどまっているわけにもいかない。『彼』は警戒しながらも、とにかく廊下を、扉に向かって進んだ。

 

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