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前室と無限袋

「部屋を移動するならば、一度隊列を変更してみるのも良いかもしれませんな」

 エルディンが軽い口調で言った。

 言い方こそおどけていたが、邪神を警戒してのことであるのは明らかだった。

 通路で列の中央にいたコルテリアが攫われ殺害されている。

 決定的な決め手はないものの、最後尾にいたスーテが怪しい。次いで前後にいたポーリエと聖女ミルファ。

 ならば容疑者たちを別の位置に配し、次の凶行を防ぐ、ないし邪神への牽制とする。順当な判断であろうと、クロは思った。

「……はい、よろしいかと存じます」

 自分が怪しまれていると分かっているのだろう、スーテも同意した。

 ここが普通の屋敷だったなら、とクロは想像した。

 自分やスーテのような邪神かもしれない人間は、個室にでも監禁して隔離するだろう。ところがこの聖域には独立した部屋がない。全て一続きだ。まさか至聖の場である玄室に閉じ込めるわけにはいかない(それに隠し扉ができている)。入り口の広間も、万一外部に開かれた場合、他の者が確認できない。しかも最悪の場合、監禁されていた邪神が真っ先に外へ出ることになりかねない。そもそも扉に鍵がない。

 どんなに危険でも、容疑者と一緒に行動して監視するしかないのだ。

「では、どういう順にしますか?」

「先頭と最後尾を騎士で固めるのは決定事項だ」

「聖女様とクロ殿は真ん中だ。ここは変わらんな」

「私も戦力になりたいので、魔封じの首輪を外していただけませんか?」

「却下」

 できるだけ自然に提案してみたが、スーテににべもなく却下された。残念だった。

 結果。スーテ、エルディン、ミルファ、ウィテーズ、クロ、ポーリエの順に決まる。

「残念ながら、今の私には邪神の疑いがございます。これより、エルディン様に指揮をとっていただくべきかと」

 スーテが真剣な面持ちでエルディンに提案した。

「ううむ……皆様は、いかがお考えですかな?」

「それが良いかと。スーテ様が邪神と言いたいわけではございませんが、エルディン様の方が、より疑いが薄い。皆様も納得しやすいでしょう」

 クロが言い、皆もうなずいた。

「分かり申した。では、そのようにさせていただこう。とにかく、通路では前の者と間隔を空けないこと。空きそうになったら声掛けをすること。曲がり込んで壁を挟むと聞こえにくくなりますから、声は大きくお願いしますぞ」

 エルディンの注意と共に、移動することとなった。


「無限袋に手を入れれば、中身は頭の中に浮かびますが、それはあくまで一塊りずつです」

 隠し扉から玄室に全員が入ったところで、クロが説明する。

「具体的に申しますと、先ほどミルファ様がおっしゃったメモ。あれをスレイマン様のご遺体のポケットに入れた場合、無限袋に手を入れただけでは分かりません。ご遺体、着用なさっている服、ポケットの中身などはまとめて『スレイマン様のご遺体』と認識されますから」

「だからもう一度調べると」

 エルディンの言葉にうなずく。

「さようです。コルテリア様のお身体は検めましたが、スレイマン様はそうではありません。コルテリア様の事件後に、何か隠した可能性はございます」

「なるほど」

 エルディンがうなずき、前室へつながる通路への扉を開けた。

 他の者も通路に入っていく。クロも、前のウィテーズに続いて扉を通ったが、ふと、

「失礼、思いついたことが」

 背後のポーリエに断ってその横をすり抜け、玄室にとって返した。

「何か?」

「この玄室にも隠すところがあるのに気づきまして」

 中央の台座に近づくと、無造作に封印の小瓶を持ち上げた。

 金属なのに、不思議な温かさがある。これは神器の持つ加護の影響なのだろうか。

「ちょっと、無闇に触らないでください! この世で一番尊い品なんですよ!?」

 通路側から扉を開けたまま、ポーリエが大声を上げた。

「おいクロ、勝手に距離を離すな!」

 クロの前にいたウィテーズもポーリエの後ろから顔を出す。

「申し訳ありません。ただ、この瓶の下にメモなど敷いて隠すことができるかもと思いまして。この聖なる小瓶に触れようとする者など普通はおりませんから、盲点になるかと思ったのですが」

 台座には何もなかった。瓶をひっくり返すが、底にも何もない。

「何もありませんでした」

 言いながら、クロはポーリエが支えていた扉を代わりに押さえて通路に入った。狭い道で前後を入れ替える。

 他の者たちも、足を止めて通路内で待機していた。

「あんな小さい瓶じゃ、下に何も隠せないだろう」

 ウィテーズが振り返って、クロを凶悪な眼差しで見下ろしながら言う。

「そうですが、実際に確認しないことには分かりませんから」

「もう……これ以上瓶に手の跡を付けないでくださいよ。つるつるの金属なんだから跡が残るじゃないですか」

 ポーリエも小言を言う。

「この件が終わったら、高位神官あたりが磨いてくださるでしょう」

「この件が終わったらとか、嫌なフラグを立てないでください」

 ウィテーズの前にいるミルファも参戦してきた。

 長くもない通路なので、すぐに前室に到着した。 

「クロ殿、スレイマン様を確認すれば良いのだな?」

「はい。お願いします」

 エルディンが畳まれた無限袋を広げ、床に置いた。一人で袋の端を上手く足で押さえ、頭の方からするすると亡骸を引き出す。

「では改めて、スレイマン様のお身体を検める。他の方も、それがしが不正を行わぬかどうか見張ってくだされ」

「服の着脱は一人では難しいでしょう。俺、いや私も手伝いましょう」

「そうですな。お願いしますぞ」

 言って、ポーリエと二人でローブを脱がせ、調べ始めた。それを他の者も、見落としのないようチェックする。

 クロは周囲の人間を見回した。皆、エルディンたちの調査を見ているのだが。

 ウィテーズの様子がおかしい。

 調査を見てはいるようだが、焦点が合っていない。どこか上の空で、何かを考えているように見える。

「何もない。最初に調べた時と変わらんようだ」

 エルディンが言った。

「はい。コルテリア様を誘い出すメモは、存在しなかったと思ってよさそうですね」

 ポーリエも言いながら立ち上がる。

「それでは、ついでにお願いが」

「クロ、一緒に玄室を見て欲しい」

 クロが言いかけたところに、ウィテーズが被せてきた。邪魔をしたというより、考えにふけっていてクロの言葉が聞こえなかったようだ。普段よりさらに凶悪な(つまり真剣な)顔をしている。

「どうかなさいましたか?」

「分からん」

「はい?」

「違和感がある。だがそれが何か分からない。だから意見を聞きたい」

「かしこまりました」

「おいウィテーズ、先走るな」

 よほど気になるのだろう、エルディンの注意を無視してさっさと扉へ向かう。その後を急いでクロが続いた。

「クロ、封印の小瓶を触ってどう思った」

「加護の力とは偉大なものです。不思議な温かさがありました」

「何?」

 ウィテーズが振り返って、驚いたように見下ろす。

「俺が触った時は、温かくなんかなかったぞ。普通の金属の冷たさだった」

「はい? どういうことでしょう?」

「もう一度触ってみれば分かる」

 玄室への扉を押し開け、ウィテーズが玄室に入った。

 途端。


 轟音と閃光が(ほとばし)った。


 次の瞬間、クロは床に叩きつけられていた。轟音の余波で鼓膜がびりびり鳴っているのを感じる。何があった?

 トラップ? 解除したはずの警備術式が発動した?

「ウィテーズ様!」

 くらくらする身体を起こし、玄室の方を見る。

 閉まりかけた扉が、ウィテーズの足先に引っかかって途中で止まっている。

 ウィテーズが、うつ伏せに倒れている。

「ウィテーズ!」

 座り込んだクロの横をすり抜けて、エルディンが駆け寄った。

「エルディン様、お気をつけください!」

 スーテの叫び声が後ろから聞こえる。

「大丈夫、わしへの攻撃はない」

 言いながら、ウィテーズの左胸に両手を当て、一定の速さで強く押し続ける。

「ウィテーズ様!?」

「ミルファ様、再びトラップが発動する恐れもございます! 部屋に入らぬように!」

「離して! 手当てしないと!」

 ミルファとスーテが押し問答している声が聞こえる。

「代わりましょうか」

 クロが、這うようにして近寄ったが、

「いや」

 ウィテーズの(かたわら)にかがみ込む彼の顔は、暗く強張っていた。

「ウィテーズは事切れておる」

 


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