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推理あれこれ

「見つかりませんでしたね……」

「ないと確認出来ることも、重要な手がかりです」

 さすがに疲れたようなミルファに、クロが穏やかに言った。

「一度戻って、お手洗いと休憩をいたしませんか? 皆様疲れましたでしょう」

 スーテも集中が続いたためか、眉間を揉むように押さえながら提案した。

「いい考えです。疲れた状態で調べたところで、効果の上がるはずもありませんからな。良き将は、兵士に適切な休息を取らせるものです」

 全員一致で、いったん厨房に戻ることとなった。


 一同は、順番にトイレに行った後、しばし無言で白湯を飲んでいた。

 クロはふと思い出して、ポケットからペンダントを取り出して眺めた。

 長年使われていたらしく、紐は擦り切れはじめている。真ん中の結び目もきつく固まっていて、到底ほどけそうもない。なぜか両端の端の切り口だけが真新しかった。

 紐の両端を合わせてみる。切り口はぴたりと合わさった。

「…………」

「よろしいですかな?」

 紐を見ているクロをよそに、エルディンが軽く手を上げながら口を開いた。

「抜け道があるということは、邪神が我々以外の九人目として存在している可能性が再浮上しましたな? ああ、亡きスレイマン様も人数に入れております。つまりコルテリア様、ミルファ様、スレイマン様、ウィテーズ、スーテ殿、ポーリエ殿、クロ殿、そしてそれがしの八人。それと、聖域のどこかに隠れているもう一人、それが邪神ですが、九人目ということです」

「えっと、その、どうして九人目の可能性が?」

 ミルファが聞き返す。

「我々は聖域を捜索して、他に誰もいないという結論になりましたが、あれは入口から玄室まで一本道だと思っておったからです。抜け道があるなら、玄室まで追い詰められても隠し扉を使って通路に逃げられます」

「あっそうか、抜け道があるからローラー作戦を回避できるんですね?」

「ローラー作戦? ええと、はい、おそらくそうです」

 謎の異世界語を使っているが、どうやら理解したようだった。

「では、その九人目が存在するとして、どのようにコルテリア様を害したと?」

 クロが問うた。

「そうですな、まず一度目の捜索は、例えば玄室に待機しており、我々が隠し扉の前を通過した後、玄室に達する前に扉を抜けてやり過ごす。休憩のために厨房に戻る際も同じく、我々が玄室を出た後に隠し扉を抜けて玄室に戻る。警備術式の確認のために玄室に行った時も、同じ要領で玄室の内外を行き来して我々をやり過ごす。

 そして、例の通路をコルテリア様が通られた時、隠し扉を開けて素早く引きずり込み殺害。隠し扉の存在がバレないよう、離れた前室まで移動させて安置した。どうですかな、この考えは?」

 皆が黙って検討している中、真っ先にクロが質問した。

「コルテリア様が通られるタイミングは、どうやって測ったのでしょう」

「別にコルテリア様でなくとも良かった。皆が通るタイミングで襲いかかる。まさか抜け道があるとは思っておらんのだ、誰であっても不意を突かれて玄室内に引きずり込まれただろう。邪神めは、各個撃破していくことを狙っておるのだな」

「私たちの位置を、邪神はどうやって知るのでしょう」

「何?」

「ここは聖域、特殊なダンジョンです。壁や床は破壊不能属性を持ち、音も、人から出る魔力も、探知系魔術も全て遮断します。こちらが九人目を見つけられないように、九人目も私たちの位置を知る手段はないはずです。私たちの移動に応じて玄室と通路を行き来するのは、無理がありませんか」

「そこはそれ、何かこういい感じに」

「急にざっくりしてきたぞ」

 ウィテーズが混ぜ返す横からミルファが、

「あのう、邪神の力がある時に、前もって通信具を創り出していたとか? 皆様が持っておられる物とのセットにしておいて、わたしたちの声を盗聴しているんじゃないですか?」

「いや、それはない。通信具の起動には所持者の魔力を使う。盗聴しようと通信回線を開けば、相手の魔力も消費される仕組みだ。自分の魔力が通信具に消費されて気づかない奴はいない」

「ウィテーズ、口調」

「失礼」

 ウィテーズが、珍しく苦笑しながら言った。

「だが勝負ありだな、エルディン。部分的には面白い説だったが、全体としては無理筋だ。クロ」

「はい」

「隠し扉を見つけた時、破壊不能属性の有無を聞いたな。あの時点で、今の仮説を考えていたのか? 隠し扉越しに通路の物音が聞こえるかを、確認したかったのか」

「はい」

「ならその時に言っておけ。死んでからでは遅いんだ」

「色々なことを考えておりましたので、言いそびれました。肝に銘じておきます」

「色々なこと?」

「乙女ゲーム転生の不思議さについてですとか」

「他に考えることがあるはずだが?」

「うわあ……早く忘れてください……」

 ミルファが机に突っ伏して頭を抱える。

「そうだ、変なことを思いついたんですけど、いいですか?」

 ポーリエが遠慮がちに言った。

「ああ。どんな意見でも聞いておきたい」

「あの、邪神がスレイマン様の亡骸に化けているということはないですか?」

 しばし、その場を微妙な沈黙が支配した。

「はあ?」

 スーテの素っ頓狂な声が、皆の気持ちを代弁していた。

「いや、死体に化けているなら、聖域を探し回っても見つからないのも当然ですよね? 無限袋の中に入っているんですから」

「いや、あの、無限袋には生きた動物は入らないんですが……」

「存じております、ミルファ様。だから死体に化けて、無限袋に入れるようにした、という仮説なのです。そして袋の中から我々の会話を聞き、立ち去ったところで袋から出て活動していると」

「ゾンビ? 邪神がゾンビに化けた説?」

「ゾンビとは? まあともかく、受肉した邪神は人間のような姿をしていたと記録に残っております。が、生命を持たない、人形のような体かもしれないではありませんか? あるいは死体のような。そうして我々の目を誤魔化し、捜索をやり過ごしたのです。そして隠し扉からコルテリア様を襲ったと」

 喋っているうちに、だんだん自信が出てきたようだった。声が力強くなっている。

「その場合、本物のスレイマン様はどうなったのだ」

「え」

 ポーリエの声が失速した。

「トイレとして使っている穴がありましたよね。入れた物が消滅するっていう。人間に化けてすぐ、そこに本物の亡骸を放り込んだんじゃ」

「あの穴、そんなに大きくないんですよ。成人男性は入らないと思います」

「じゃあ、残酷ですが刃物で切断して放り込めば」

「死体でも、切断すれば血や脂で床がすごいことになるぞ」

 エルディンが冷静に突っ込む。

「そこはそれ、何かこういい感じに」

「真似するな」

「私たちが最初に気絶している間に、時間をかけて上手く清掃したのだとします。ですが、邪神が我々の位置を把握できないことに変わりはありません。従って、その説でもコルテリア様を襲ったタイミングの説明はつきません」

 クロが追撃する。

「だいたい、コルテリア様の亡骸を発見した直後に前室を捜索しただろう。あの時無限袋の中も漁ったが、ちゃんと賢者スレイマンの亡骸も入っていたぞ。あれが邪神なら、自分で袋に入った後に誰が袋を折り畳んだんだ」

「あ、袋の中の亡骸はわたしも確認しました」

 ウィテーズとミルファがとどめを刺した。

 がっくりとうなだれるポーリエをよそに、一同は再び白湯を飲み始めた。

「すいません、わたしも思いついたんですけど」

 今度はミルファが発言した。

「列の中にいらっしゃるコルテリア様を(さら)えないなら、ご本人に移動してもらえればいいんじゃないでしょうか」

「と、おっしゃいますと?」

 エルディンが聞き返す。

「犯人、というか邪神は前室から出る前に、コルテリア様にこっそり話しかけたんです。通路に隠し扉があって玄室に行けるから、そこに移動しておいて欲しい、そこで話があるとか何とか言って、彼女を誘導したんです。

 そして邪神もその後に、隠し扉を抜けて玄室のコルテリア様と合流、殺害します。そこから大急ぎで前室まで運んで安置、とって返して列に合流。……どうでしょうか」

「それはつまり、私が邪神ということですね。最後尾の私しか、犯行後に列に戻れませんから」

 スーテが静かに言った。ポーリエに対してのような辛辣さはないが、眉間にシワが寄っている。

「うわあ、すいませんすいません! ほら、あれですよ!」

「どれですか」

「そういう説もあり得るかなって! みんなで話し合えば、もっといい推理にブラッシュアップできるかなって!」

「怒ってはおりません。そう見えたならお詫びいたします。どう反論すべきか考えておりました」

 スーテが眉間のシワを押さえながら言う。

 エルディンが腕を組んで唸った。

「ううむ、ポーリエ殿の説より説得力がありますな」

 クロが、カップを机に置いた。

「呼び出されて二人きりになるというのは、普通罠だと考えそうなものですが。コルテリア様は前後を護られている中、わざわざ抜け出して単独行動するような危険を冒す方でしょうか」

「え、いや、慎重で思慮深い方でしたけど……でも神様オタク、じゃなくて信仰厚かったから、邪神の発見方法とか封印の小瓶とかをネタにされれば、ワンチャン誘い出せるかも」

 ワンチャン?

「なるほど。邪神は私たちの記憶を読み取っていますから、コルテリア様の興味を引くすべを知っているかもしれません。それではどなたか、コルテリア様に話しかけた方をご覧になりましたか?」

 全員が顔を見合わせた。

「ミルファ様やスーテ殿は、時々話しかけておられたようだが」

 エルディンの言葉に、

「お疲れでないかとか、そういう確認はいたしました。私は聖女様方の近くにいることが多かったですが、そのような会話は聞いておりません」

「わたしもです。話しかけたと言っても短いやり取りでしたし、スーテ様もコルテリア様を気遣う言葉しかおっしゃってませんでした」

 スーテとミルファが答える。

「私たちはずっと行動を共にしております。誰にも知られず一対一で話すのは難しい。まして、玄室へ誘い出す説得や隠し扉の位置の説明となると、それなりに長い話になるでしょう。近くにいる方に聞かれる可能性は高い」

「えっと、それじゃ、メモに書いて渡したとか? 紙や筆記用具は厨房や図書室にありますから」

「コルテリア様の亡骸を発見した直後にご遺体を(あらた)めましたが、そのようなメモはありませんでした」

「えっと、犯人が犯行後奪ったんじゃ」

「ご遺体を検めてすぐに全員の身体検査をしましたが、誰もメモは持っておりませんでした。

 ではどこかに捨てたのでしょうか? しかし前室から寝室まで捜索しても、やはりそれらしき物はありませんでした」

 クロが淡々と畳みかける。

「えーっと、そこはそれ、何かこういい感じに」

「そのフレーズが流行っていますね」

「やはり厳しいですな。コルテリア様を玄室に誘う手段に乏しい、従ってコルテリア様がそれに応じる可能性が低い、ついでに年配の女性があの重い隠し扉を素早く開けて出入りできるかが怪しい」

「はい。しかし皆様のお話を聞いて、確認したいことが出てきました。何度も恐縮ですが、今一度無限袋の亡骸を調べたく存じます」


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