隠し扉(見取り図2)
「ミルファ様、異世界の犯罪の物語に、役立ちそうなものはございますか」
エルディンが興味深げに尋ねた。
「えー、そうですね。人間消失トリックとか死体移動……それも一本道で人が消えてしまうものですか。それに早業殺人。錯覚や目撃者の勘違いを利用するパターンには当てはまりませんし、もう隠し扉とか隠し通路くらいしか思いつかないです」
「そ、そのような、なんと申しますかマニアックな物語まであるのですか」
引き気味にスーテが感心した。
「隠し扉か……聖域には本来あり得ないが、ダンジョンにはよくある仕掛けだ。一応調べてみよう。今度は隠れている者や品物ではなく、犯行現場と思われる図書室と寝室の間の通路、及び前室の再捜査が目的だ」
ウィテーズが発言した。真っ当な提案だが、腕を組んで見下ろすように話すので威圧的だった。
寝室の、通路につながる扉の前。
「それがしとウィテーズは土地柄ダンジョンの捜索に慣れておりますが、他の方は?」
「私たち神殿の兵士も実戦訓練で行くことはありますが、あくまで戦闘訓練であって、罠や隠し扉の探索は不慣れです」
「わたしも、実際に入ったことはありません」
「記憶がありません」
「まあクロ殿はな……。心得ました。我々が先行しますゆえ、くれぐれも離れずに行動いたしましょう」
扉を開けて、通路に入る。
「どのように調べれば?」
生真面目な表情のスーテの問いに、
「仕掛けは、微量の魔力を放っていることが多い。あとは壁に切れ目が入っているとか、薄く魔術陣が描かれているのが定番だ」
「通っただけで発動するトラップはないようですが、何か発見したら触れずに報告していただきたい。触れることで発動する恐れはありますからな」
ウィテーズとエルディンが説明する。
「天井の方は何かありませんか? 今の私は『飛行』の魔術が使えませんので、ウィテーズ様にご確認いただきたいのですが」
「そっちは俺がやる」
ふわりと、ウィテーズの身体が浮き上がった。そのままゆっくりと天井近くまで上がって壁際に寄ると、ぴたりと静止する。さすが宮廷魔術師だけあって、均一な移動スピードといい静止への切り替えの滑らかさといい、抜群の制御力だとクロは判断した。
一同はしばし無言で調べながら、通路をじりじりと進んで行った。
「宙に浮かぶ魔術があるんですね……その魔術を使って、みんなの上を通ってコルテリア様を攫ったりしたんじゃないでしょうか? ほら、ここの天井って四メートル以上……じゃなくて二エンゲットくらいあるじゃないですか」
壁を立ったりしゃがんだりして調べながら、ミルファが誰にともなく言った。
「さっき見たように『飛行』の移動スピードは遅い。歩くのと大差ない。もしこの魔術で聖女コルテリアを攫って列から抜けて、そこからは走って前室まで戻るとする。そこからまた『飛行』で皆の上を通って隊列に戻ろうとしても、寝室に到着するまでに元の位置まで戻れないだろう」
ウィテーズが天井際から言った。曖昧な表現だが、犯人はすぐ前のポーリエか後ろのミルファであり、コルテリアは攫われた時点で殺害されているという前提だろう。彼女が騒げば万事休すなのだから。
「でも最後尾のスーテ隊長なら、できなくもないですか?『飛行』でコルテリア様のところまで行って『身体強化』で攫って、隊列から離れたら走って前室まで引き返してコルテリア様を安置、あとはまた走って最後尾に戻るんです。邪神なら、魔術師の記憶を読み取っていろんな魔術が使えますよね」
ポーリエが発言した。いかにも、ふと思いついたことが口に出たようで、上司のスーテに対する配慮は皆無だった。
「……はあ? あんた、何言ってんの?」
スーテが、それはもうドスの効いた低い声で言った。怒りのオーラが目に見えるようだった。その迫力に皆の背筋が伸び、ウィテーズの身体が空中で一瞬ぐらついた。
「いや、あの! 待ってください! 思いついただけなんです! ほら、特定の人を疑う仮説は、身内が言った方がまだ気まずくならないかなって!」
最後尾にいたスーテが、ずかずかとポーリエに近づいた。間にいたミルファとクロが、さっと壁際に張り付いて道を譲る。
「そういう言い方じゃなかったわよね。ふーん、君、後ろからバッサリ斬りつけてくるような奴だったんだ」
助命を乞うように両手を上げながら言い訳をするポーリエを、冷え冷えとした眼差しで見下ろす(身長はポーリエが上だったが、精神的に見下ろしていた)スーテ。
「反論しておくけど、『飛行』のスピードだと、最後尾からクロ殿、ウィテーズ様、そしてミルファ様を追い抜いてコルテリア様のところまで辿り着けるかどうかもあやしいわ。しかも『身体強化』を使ったところで、コルテリア様を抱えてこの長い通路を行ったり来たりしてたら、その間に皆が寝室にたどり着いてしまうんじゃない?」
「それに、いくら通路が狭くても上方は見えますし、人影で明かりが遮られます。人が真上を通れば、さすがに誰でも気づくでしょう」
壁際に張り付いたまま、冷静にクロが補足した。
「ですよね。トリックに魔術が使われた可能性を考えているんですけど……例えば透明になる魔術と併用したら、気づかないかなとか」
同じく壁際に張り付いたまま、ミルファが言った。
「『透明化』はそこまで透明にならない。せいぜいガラスくらいの透明度だから、近づけば分かる。そもそも魔術を維持した人間が近寄れば、その魔力で気づくだろう。ここにいるのは、魔法が使えて魔力の動きに敏感な者ばかりだ。エルディンも軍人だから、魔力探知の訓練は受けている」
ウィテーズが、宙に浮いたまま説明する。
「ああ、そうだな。魔術を使ってこの狭い通路の上なり横なりをすれ違うなら、それがしでも魔力を感知できます」
エルディンも断言した。
「そうですね。ところでエルディン様、この線は何でしょうか」
クロが壁をなでている。そこに一筋のごく細い線が、細かな浮き彫りを断ち切るように上下に走っていた。
「壁際に下がった時に気づいたのですが」
「おっ、それは……。でかした! よく見つけたな、クロ殿。ウィテーズ、どう見る」
ウィテーズが地面に降りて壁をなぞる。
「隠し扉だな。……本職のシーフじゃねえから断言できんが、トラップはなさそうだ」
「ならわしが開ける。他の方は離れてくだされ」
万一トラップが発動した時に備えて、ウィテーズが防御魔術をエルディンにかける。皆が距離をとったのを確認すると、エルディンは線に沿って何回か壁を手で押し、動かないとみると肩を壁に当て、体重をかけるように強く押した。
壁の一部が長方形に割れ、扉となって向こう側へ開いた。
「なんと。聖女様のおっしゃる通りでしたな」
「隠し扉でトラップは無しか」
「さすが聖女様! 慧眼です!」
「君、私の犯人扱いをうやむやにしようとしてない?」
「何にせよ大きな発見ですね」
「いやいや、何で本当に隠し扉があるの! あったら駄目でしょ!」
一同が口々に言う横で、隠し扉の可能性に言及していたはずのミルファが一番混乱していた。
「ミルファ様、昔からここに隠し扉があったという話は」
「ないです! 八百年もバレないとかあり得ないです! 絶対邪神が魔改造したに決まってます! 一本道っていうラビリンス構造の鉄則が台無しですよ! 何してくれてんの邪神!」
クロの質問にミルファが答えた。引き続き混乱している。
「向こう側は玄室ですな」
エルディンが大きく扉を開け放った。勝手に閉まる構造であるらしく、手で押さえている。
扉を抜けて、一同はぞろぞろと玄室に入った。エルディンが手を離すと、他の扉と同じく静かに閉まる。重いのか、閉じるスピードは速い。
「こっちからも開くのか? それとも一方通行か」
「やってみよう」
玄室側から押しても、扉は開いた。
「力は必要ですが、どちらからでも押し開けることができる構造です。このような壁をピンポイントで強く押すなどなかなかありませんから、単純ですが効果的な隠し方ですな」
エルディンの言葉に皆がうなずく。
「ところで、この隠し扉も破壊不能属性を維持しているのでしょうか。ウィテーズ様、扉を魔術で攻撃していただけませんか」
クロが尋ねた。
「念の入ったことだな。まあいい、皆、扉から離れてくれ」
「あ、皆さん、封印の小瓶に近づかないでくださいね」
皆が距離を取り、玄室内に散らばるのを確認すると、ウィテーズは扉に向き直った。魔力が一点に収束する。
大きな炎の塊と轟音とが、扉に叩きつけられた。
離れていた一同にも熱風が吹きつける。衝撃の余波で鼓膜がびりびり鳴るのを感じ、クロは耳を押さえた。
部屋の温度が一気に上がるが、迷宮の壁や床にエネルギーが吸収されるのか、たちまち元の気温に戻っていった。
「すごい……」
「さすが宮廷魔術師……」
魔術の威力の高さに、エルディン以外の者が口々に嘆息の声を上げた。
ウィテーズは扉に近寄り、着弾した箇所を手で撫でるように確認した。
「扉には傷一つ入っていない。炎の熱もすぐに冷めている。破壊不能属性は健在だな」
「分かりました。ありがとうございます」
クロの言葉にうなずきながら、ウィテーズが言う。
「ここから玄室に抜けられるなら、前室までかなりの近道になるな」
「ここを使って、コルテリア様を前室まで移動させたのですか……。しかし、まだ疑問は残ります」
こわばった顔でスーテが言う。
「コルテリア様の近くにいた者なら、かの方を襲って隠し扉を使い、素早く前室まで移動できるかもしれません。しかし本来の位置である隊列の中ほどに戻ることはできません。逆に、私のように最後尾にいた者は、そもそも前後の者に気づかれずにコルテリア様に近づくことができません。誰にも犯行が不可能であることに、変わりないのです」
「他にも抜け道があるかもしれません、スーテ隊長。先にそれを確認した後に、考えていけばいいと思います」
「その通りです。しかし聖域全てを調べるとなると、かなりの時間がかかります。差し当たり、コルテリア様の移動の謎に関わるエリア、すなわち寝室から玄室までを捜索してはいかがでしょうか」
ポーリエに続いて、クロが進言する。
「……そうですね。では恐縮ですが、ミルファ様にもお付き合い願わねばなりませんね」
「だ、大丈夫ですよ! コツは掴めてきたと思いますから!」
その後も相互監視の元、時間をかけて寝室から玄室までのエリアを調べたが、隠し扉や転移陣、トラップのたぐいは他に発見出来なかった。
・蛇足・エンゲット
この世界の長さの単位。地球でいう2メートル強。
大戦中の転生知識持ち勇者が、加護の力で創造したポールウエポンに偃月刀と名づけて愛用したことから。後にこの武器の長さが、新たな長さの単位に加わった。という設定。




