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乙女ゲーム転生談義

 厨房での食事の準備は、沈黙のうちに進められた。

 例によってクロと聖騎士二人が準備し、無限に湧き出る粥と沸かした水が、一同の前に供される。

「雑穀粥ですか」

 器によそわれた粥を興味深く見ながら、スーテが言った。

「えっと、見た目も味もそうです。けど、完全食品、つまりこれだけを食べていても栄養不足にならないので、似て非なるものかもしれません」

 ミルファも落ち着いたのか、ぽつぽつと説明する。

「このような状況でなければ、聖域の生んだ食物をいただけることは喜ばしかったのですが……ありがたくいただきます」

 それを合図に、皆が食べ始めた。

 雑穀だけあって噛みごたえがあるが、噛んでいると素朴な滋味が出てくる。

「美味しいです」

「よかった。でも単調な味わいなので、慣れると調味料や食材を追加して味を変えるんです」

「ああ、それで無限袋に食材を入れてあったのですね」

「そうなんです」

 クロとミルファのやり取りを聞いていたエルディンが、そこで口を挟んだ。

「無限袋で、ちと思いついたことがございます。楽しい話でもございませぬゆえ、食事の後にお話ししてもよろしいでしょうか」


 食事を終え、食器を片付けた後、一同は再び大きな机を囲んで座り直した。

「さて、それがしは騎士団長を拝命しております。軍人は戦いだけやっておれば良いというものではございません。武器防具だけとっても、予算獲得、買い付け、輸送とそれにかかる時間、各人の人数や配置に応じた適切な配分、手入れなどなど、そこに至る細々(こまごま)した要素をクリアして、初めて装備を手にすることができるわけです。つまり人目につかない、細かくとも実際的な部分に目をやる癖がございます」

「前口上は分かったから本題に入れ」

「今言うところだ、ウィテーズ。我々は今、人間並みの力しかない邪神と一緒に閉じ込められておるわけですが、奴は力を失う前に、神としての力を振るうことはなかったのでしょうか?」 

「ええと、力とは?」

 首をかしげながら、スーテが尋ねた。

「つまりですな、我々は、気絶しておった時に【これより邪神は神としての能力は使えません】という啓示を賜りました。逆に言うと、それまでは神の力を行使できたと考えられます。

 おそらく、こうです。まず封印が一瞬解かれ、邪神が小瓶から抜け出した。その気配で我々が気絶する。

 それから、聖域内で神と邪神が争う。

 邪神は争いに負け、人間に化身して我々もろとも聖域に閉じ込められた。それから我々に啓示が下される。いや啓示の一部が阻害されたから、力の喪失とほぼ同時ですか。

 しかしその前に、邪神は形勢不利と見て、力を封じられる前に、例えば何か魔法の品を創り出すこともできたのではありますまいか」

「なるほど、能力は人間並みとしても、あらかじめ魔法の品を創造し、それを使ってコルテリア様を前室まで移動せしめた可能性がある、と」

 クロが、エルディンの言わんとすることを察した。

「さよう。具体的な方策はまだ思いつきませんが。いかがですかな、皆様?」

 エルディンが癖なのか、顎髭を撫でながら一同を見回した。

「さっきの聖域の捜索の時に棚の中まで漁ってみたが、特に気になる品物はなかった。入口広間から寝室のエリアも、あるのは洗濯や調理用の魔道具くらいで、もちろん魔法の品は見つからない。身体検査も同じだ。魔法の品を創り出した線は考えにくいな」 

 ウィテーズに続いて、ミルファも考えながら言った。

「そうですね。それに邪神は完全にオリジナルの物は創り出せません。例えば、時間を止めたり、未来や過去に飛んだり、転移陣を設置せずに人や物を転移させたりはできません。人の認識をごまかして、気づかれずに横をすり抜けるのも駄目ですね。そういう魔術や魔法の品は存在しませんから」

「よく、色々と思いつかれますね」

 ポーリエが感心したように言う。

「異世界の物語の知識です。わたしは、異世界のいろんな物語の知識を多く受け継いでいるみたいです」

「羨ましい。他の世界の知識があれば、きっと世界が違って見えるのでしょうね。常人にはない発見があるのではありませんか」

 クロがしみじみと言った。

「い、いやどうでしょうか。わたしは物心ついたときからこうでしたから、逆によく分かりません。知識が役に立つかどうかは、その人によるのでは」

「そう言えば、異世界転生者はミルファ様だけなのだから、ミルファ様は邪神ではあり得ないのでは? 他の者は異世界知識を持たないのだから、記憶を読み取って盗むことはできない」

 ウィテーズが、ふと思いついたように言った。

「残念ながら、邪神も異世界知識を持っています。そもそも邪神がこの世界に侵入した際、世界の狭間にできた穴から流れ込んでいる近隣の世界の情報です。邪神もその情報を読み取る能力があると、過去の神託で出ています」

 座学で習うのか、ミルファの言葉に聖騎士二人もうなずいている。

「邪神は、その近隣世界を創造した神なのか?」

 ウィテーズがさらに質問した。

「いえ。自分の世界を創造したことのない野良神様です。地球、近隣世界の名前ですが、それとは関係ありません」

「「野良神様……」」

 何とも言えない語感に、皆が思わずリピートした。

「ところで、サスペンス系乙女ゲーム転生とは何ですか? 先ほど、この状況に似ているというようなことをおっしゃっていましたが」

 今度はクロが質問する。

「え、よく覚えていますね……うわあ、本当に大したことじゃないんですけど……恥ずかしいな……」

 ミルファが、そばかすの残る頬を赤らめる。気まずそうだった。

「何か参考になるかもしれません」

「絶対ならないと思いますけど……地球の物語の話型の一つです。まずサスペンスというのは、危機感をあおってハラハラさせる展開のことです。乙女ゲーム転生……乙女ゲーム……まあ女性向けの恋愛物語と思ってください。主人公は、自分の知っている物語の世界の中に転生してしまいます。それも、素敵な男性と恋愛する主人公じゃなくて、主人公と対立して最後に破滅する悪役だったり、物語の途中で死んでしまう脇役などに生まれてしまいます。このままだと、自分はシナリオ通りに破滅してしまう」

「乙女ゲームという物語を忠実に再現した世界、ということですか? 何故そのような世界が存在するのでしょう。地球なる世界の神が、わざわざ物語を模倣した世界を別に創造された、という設定ですか?」

「えーと、そういう設定もありますが、大抵は説明なしですね。どうやって破滅を回避するか、ということに話の重点が置かれますので」

「なるほど。それで、破滅する予定の作中人物はどうなってしまうのですか?」

 クロが重ねて尋ねてきた。相変わらず表情は乏しいが、心もち声が弾んでいた。明らかにわくわくしている。

 他の者は皆、『本当に役に立たないから、その話はやめないか?』という目でクロを見ていた。聖女に遠慮して、声には出さないが。

「主人公は、物語のあらすじをよく知ってますから、自分の行動で未来を変えようとします。悪役に転生したなら行いを改めたり、事件や事故で亡くなるならその場所に行かないとか」

「面白い考え方ですね」

「大変興味深いお話でしたが、今はエルディン様のお考えを推し進めてはいかがでしょう? コルテリア様がいかに殺害され運ばれたかが分かれば、邪神の正体を知る一助になるものと思います」

 興味深々のクロを、ばっさりとスーテが遮った。他の者も『よくやった』と言いたげな感謝の視線を送っている。

「いや、まだ人狼ゲームとは何かお聞きできておりません」

「あ、人狼ゲームというのは、村人の中に混じった人狼……人間に化けられる魔物を捜して処刑するゲームです。この話をすると、クロさんを処刑する話が再燃しそうなんですけど」

「邪神がいかにしてコルテリア様を害したか、議論を進めましょう」

 クロが即座に話題を切り替えた。

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