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検分

「えっ? え……ええ?」

 状況を理解できない、あるいはしたくないと(おぼ)しき、ミルファの声が響いた。

「周囲を警戒してくれ」

 鋭く一声かけて、ウィテーズが素早くコルテリアの傍らにひざまずき、首筋や瞼に触れた。

「亡くなっている」

 それはクロから見ても、どうしようもなく事実だった。土気色の肌は、目覚めてすぐに見たスレイマンのそれと同じだったから。

「そっ……え、コ、コルテリア様……コルテリア様⁈」

 コルテリアに駆け寄ろうとしたミルファを、慌ててスーテが抱き止めた。

「なりません、何か罠があるやもしれません!」

「いや、罠はない。聖女様にこちらに来ていただいて大丈夫だ」

 ミルファがふらつく足取りで近寄り、亡骸の前でへたり込んだ。

「うっ……うわあああぁぁっ!!」

「ミルファ様……」

「今は、存分に泣かせてさしあげた方がいい。この状況で鬱屈をこらえていては、心が保たぬ」

 コルテリアにすがりつくミルファを見ながら、エルディンが誰にともなく言った。

 残り六人。

 コルテリアを(いた)みながらも、クロは考える。

 この内の一人が邪神だとして戦闘になっても、一対五。邪神が人間並みの能力しか持たない現状なら、まだ十分勝てる。神聖魔法を使えないミルファや魔封じの首輪を付けられている自分はともかく、他は騎士や魔術師、聖騎士といった戦闘要員だ。

 だから、正体を隠しながら一人ずつの暗殺を狙ってくるだろう。コルテリアにしたように。

 そして、生き残りの数が減り、邪神を倒せなくなれば。

 あるいは、邪神の力を抑えている接神者が皆殺されれば。

 邪神の力は完全に解放される。

 ここにいる人間は全滅だ。そして聖域の外の人類も。

 しかし……。

「コ、コルテリア様は」

 泣きじゃくりながらミルファが呟いた。

「加護の力、嘘を見破る力のせいで、お友達ができないって。みんな、自分がうっかり嘘をつくんじゃないか、見破られるんじゃって気にして、黙っちゃって」

「はい」

 エルディンがミルファの横にかがみ込んだ。和らいだ目で、彼にしては小さな声で、相槌を打つ。

「加護を神様にお返しして、聖女を辞めようかって思ったこともあるそうです。加護持ちは、自分から加護を失うことが出来るから」

「加護によっては、思わぬ不幸を生むこともあるそうですからな。まこと、神の恩寵の優れたることです」

「でも、わたしがいると、みんなおしゃべりしてくれるって。ミルファ様、あなたには感謝しています、なんて素敵な力なの、と、年が離れて、いてもっ、お友達って……!」

 後は、嗚咽(おえつ)で声にならなかった。

「ミルファ様、それは加護の力だけではございません。ミルファ様が気持ちの良い方であるからこそです。語るに喜びを、共にいるに心地良さをもたらす友を得ることの何と難しいことか。……コルテリア様は果報を得られました。ミルファ様のおかげです」

「……はい……ありがとう、ございます」

 ミルファが涙をふいて一息ついたところで、クロが遠慮がちに尋ねた。

「申し訳ございません。このような状況で何ですが、通信具で外部と連絡が取れますか?」

 通信具を持つ四人が一斉に取り出し、魔力を流して操作しはじめた。

「ーーいや駄目だ、相変わらずつながらない」

 四人を代表したウィテーズの言葉に、クロがうなずく。

「ありがとうございます。では、コルテリア様が邪神である可能性はなくなりました」

「何てことを言うの、クロ殿!」

 かっとなったスーテが叫ぶ。

「失礼しました。ただ、何らかの理由でコルテリア様を邪神だと思った者が、かの方を排除した可能性もあると考えたのです。失礼は重ねてお詫びいたします」

「それは、確かに……」

「ああ、そういう可能性もあるのか……」

 聖騎士二人が呟く。

 エルディンが顎髭をさすりながら、思案顔で言った。

「なるほど……聖女様を手にかけた上に、結果的にかの方が人間だったと判明したわけだが、なにせ今は邪神復活に関わる非常事態だ。重い罪には問われまい」

 皆を見回しながら、言葉を続ける。

「いかがかな。この中で、コルテリア様を害した者はいるか? 我々は邪神に対して結束せねばならぬ。その者が人間であれば名乗り出て欲しい。責めはしない」

「「……」」

 しばしの沈黙が流れた。

「名乗り出んか……」

「やはり、これは邪神の仕業だと見るべきだろうな」

 ウィテーズが結論づけた。

 ミルファがごしごしと涙をぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。 

「コルテリア様を……コルテリア様のご遺体を調べてください……何か手がかりがあるかもしれません」

「よろしいですかな?」

「はい。わたしでは詳しく調べられません。実際に人の亡骸に接したことのある方のほうが、頼りになります」

「討伐現場で死傷者に接することはある。法医学の心得はないが、最善を尽くそう」

 ミルファが少し離れ、コルテリアの傍にエルディンとウィテーズがかがみ込んだ。その周りを他の者が囲む。

「亡くなって間がない……これは当然か。体温も少し残っている。見たところ外傷がないが、死因は何だ?」

「首の骨を折られている。即死だな」

「エルディン様は『苦しまずに一瞬で死なせる方法は心得ている』とおっしゃってましたが、その手段と同じものでしょうか」

 クロが静かに尋ねた。

「……ああ、いかにも。その方法のひとつだ」

「エルディン様だけを特に疑っているわけではございません。邪神は我々の記憶を読み取っています。この中の誰かが知っていることは、邪神も知っているのです。その知識を実行に移したのでしょう」

「あの、すいません、両手の爪を見ていただけますか? 抵抗して相手を()()いているかも知れません。そうしたら、犯人の血や皮膚が付いているかも」

 皆が、驚きの目でミルファを見つめた。

「ミルファ様、警察の捜査でもご覧になったことが?」

 エルディンの質問に、しかしミルファはかぶりを振った。

「いえ、推理小説、えっと、異世界の殺人の物語の知識です。あくまで知識ですから、実際にどの程度役に立つかは分かりません。でも、できるだけのことは言っておこうと思って」

「殺人の小説ですか? 異世界とは一体……いや、参考になるなら有難い。爪も手も綺麗なものです。格闘の跡はありませんな」

「聖女コルテリアは貴族の出身とおっしゃっていた。訓練を受けていない人間が突然襲われて、咄嗟に動けるものではない。目も開いたままだ。おそらく、何が起こったか分からないままに亡くなられただろう」

「確かに」

 ウィテーズの言葉に、一同はうなずいた。

「全体的に、亡骸は整えられているように見えます。もっと衣服が乱れていても不思議はないのに」

 クロが言った。コルテリアはまっすぐ仰向けに、両腕を揃えて横たわっている。裾や袖の乱れもない。

「ここで殺害されて倒れられたなら、身体を折り曲げたり腕を広げたり、姿勢はもっと乱れるかと思います。それに、頭の被衣(かつぎ)は腰のあたりまでありますが、(まく)れ上がることもなく、きちんと敷かれています」

「確かに。しかし、邪神めがコルテリア様のご遺体をわざわざ整えるとは思えん。どこかからご遺体を抱えて来て床に横たえた、ということか」

「可能性はあるかと」

 エルディンに、クロが答えた。

「コルテリア様……ご遺体、どうしましょう」

 ぼつんと、途方に暮れたようにミルファが呟いた。

「ミルファ様……検分が終わったなら、スレイマン様と同じく無限袋に入れて差し上げるのがよろしいでしょう」

「そうだな。他に気になるところはないか? ではエルディン、頼む」

「いえ、同じ女性である私がいたしましょう」

 スーテが亡骸の傍にひざまずき、そっと瞼に触れて目を閉ざした。クロが祭壇に置かれていた無限袋を広げて渡すと受け取り、一人で亡骸を袋の中に入れた。

「エルディン様ほどではありませんが、私たちもこのような訓練は受けておりますから」

 独り言のように言いながら、袋を元通りの八つ折りに畳み、

「その魂のつつがなき流転を……」

 祈りの言葉を呟きながら、祭壇の上に置いた。

「しかし、なぜ前室にいらっしゃったのだ? 最後にコルテリア様を拝見したのはどなたか?」

「あの、わたしだと思います。コルテリア様の後に続いて通路に入りましたから。でも、通路は狭くて曲がりくねってますから、ちょっと進んだら見えなくなります。もちろん、前室に向かうコルテリア様とすれ違うことはありませんでした」

「ミルファ様のおっしゃる通りです。コルテリア様と、続いてミルファ様が通路に入るところを拝見しました。その後ウィテーズ様、私の順に進みました。最後にスーテ様ですね。通路は狭いので、コルテリア様がこちらに来れば必ず分かりますが、それはありませんでした」

 クロが言い、スーテもうなずいて同意した。

「そう、コルテリア様は間違いなく、図書室と寝室をつなぐ通路に入った。俺もそれを見た。だがあの通路は狭い上にカーブしていて、自分の前後の者さえ見えにくくなる。まして、捜索が終わって誰も隠れていないとなった直後だからな、気がゆるんで皆の間隔が空いていたんじゃないか?」

 ウィテーズの指摘に、

「おそらく。私は、万が一にも不意打ちを受けないよう後方の警戒ばかりしていました。ですから、前のクロ殿の姿が見えなくとも、距離を詰めようとしていなかったのです。私の失策です」

 スーテが絞り出すように答えた。顔にも声にも悔しさがにじんでいる。

「それを言うなら、それがしも同罪です。あの狭い通路は戦いに向きません。警戒しながらも、通路での敵との遭遇を恐れて急いで進んでしまった。寝室に出てから改めて隊形を整えれば良いと……まさかあの通路で、列の中衛が狙われるとは思いもしておりませなんだ」

 エルディンも、かぶりを振りながら沈痛な顔で言った。

「そうですね。エルディン様が先行して見えなくなったので、声をおかけしたところ、確かに『早く寝室に出て隊列を整えたい』とおっしゃいました」

 ポーリエも、深刻な面持ちで言う。

「なるほど。それはこの事態の一因かもしれません。しかし、コルテリア様が、後ろの四人に見られることなくすり抜けて前室に移動した理由にはなりません。そこで私の提案ですが」

 クロが軽く挙手して言った。

「改めて皆様の身体検査をすべきかと存じます」

「それは、やっぱり、わたしたちの中に犯人がいる……ということですよね」

 ミルファが、震えを抑えるように自分の身体をかき抱いて言った。気丈に振る舞っても、さすがに恐怖を感じているようだ。

「残念ながら、当初からその可能性は(たこ)うございました。コルテリア様が不可解な状況で殺害された今、犯行手段の手がかりや、証拠となる物を持っているかもしれません。言い方は悪いですが、事件直後の今は、犯人を捜す絶好の機会なのです」

「確かに、そうですね……」

 かくして再び、男性同士、女性同士の身体検査となった。

 女性が二人に減り、互いを一人で検査するため見落としが懸念され、エルディンの、

「誰か男性を身体検査に参加させて欲しいのだが! やましい意味で言っているのではないぞ!」

 若干やましさを感じさせる申し出があったが、

「させません! 論外!」

 九割方スーテの反対によって、検査要員の追加は拒否された。折衷案として、着衣状態での身体検査を男性が目視でチェックすることになった。

「何も見つからなかったな。誰か、他に何か考えはあるか?」

「はい」

 クロは取り出した懐中時計を掲げ、一同を見回した。

「まず、この前室から寝室まで、及び玄室の捜索を提案いたします。犯人が、工作に何か道具を使い、それを道中に隠した可能性がございます。

 その後は、当初の予定通り食事にしてはいかがでしょう。懐中時計によると、お昼時です。空腹では頭が回らず、生存率の低下につながるかと存じます。考えるのは、その後でもよろしいかと」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 真っ先に出た犠牲者のインパクト。なかなか愉快で決め台詞もある方が、真っ先に! [気になる点] 人狼の霊媒師的な役割の人が真っ先に……っ。でも、嘘を見破る人を真っ先に排除するのは、疚しい人か…
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