聖域捜索1(見取り図1)
その後男性同士、女性同士で身体検査及び持ち物検査を行ったが、これといったものはなかった。
聖女たちはお籠りの帰りであり、ミルファはハンカチや小さな手鏡といった小物以外は何も持っていなかったが、コルテリアは無限袋と呼ばれる魔法の品を持っていた。
無限袋。ダンジョンで稀に発見される魔法の品物である。大抵袋の形状をしているが、見た目以上の量の物を入れることができ、腐敗などの劣化を防ぎ、しかも中身の重さがなくなる。名称に反して無限に入れられる訳ではなく、最大容量は袋ごとに決まっている。この無限袋は、かなり大きめの麻袋の形をしていた。
「貴重品ですな。これは中々見つからない上に、見つけた冒険者はまず手放しませんからなあ。恐縮ですが、中身を検めさせていただきますぞ」
「お籠りの間に使う物が入っているだけです。どうぞご存分に」
「え、いやちょっと男の人は……」
ミルファの逡巡に気付いたスーテが、エルディンを急いで止めた。
「エルディン様、お待ちください。ご婦人方のお着替えもあるかと存じます。私がまず袋の中の確認をしまして、気になるものがあれば取り出します」
「いえ、着替えのたぐいは別の袋に入れたのちに無限袋に入れております。皆様が順番に確認なさった方が、公正で納得いただけましょう」
「おお、さようですな」
立ったままで袋を広げ、まずスーテが袋の中に手を入れた。
「いくつか、中身の分からない袋が入っていますが」
「手を入れただけで、中身が分かるのですか?」
クロが尋ねた。瞳がちで眠そうな目を好奇心できらきらさせるという、器用なことをしている。
「実際に、自分で確かめるといいわ」
スーテから無限袋を受け取り、クロも手を入れた。
袋の中身とおぼしき品物が、頭の中にありありと浮かぶ。畳まれたシーツ、網袋に入れられた果物や野菜類、紐でまとめて縛られた数冊の本など。
「面白いですね」
網袋をイメージすると、何かが手に触れる。掴んで引くと、果物の入った網袋が出てきた。
「こら、不審な物は私が出すと言ったでしょう!」
「なるほど、出したい物のことを考えると取り出せるのですね。しかも、イメージ通りに袋の口の部分をつかんでいる」
「人の話を聞きなさい!」
などと時間はかかったが、無限袋の中に不審な物はないと確認された。
聖騎士二人は持ち物は同じで、剣と小盾と短剣、懐中時計、通信具、『身体強化』の腕輪型魔道具。制式の革鎧には防御系術式が複数刻まれている。ベルトポーチに魔封じの首輪(スーテのそれはクロに使用されているが)と鍵、縄といった拘束用の道具、メモ帳と鉄筆、水袋。勤務中で、支給された物を装備しているのだから同じ装備である。
エルディンとウィテーズは儀礼用の衣装であるため、通信具(手に握りこめる大きさの金属板で、首から掛けられる紐が一端についている)と懐中時計をそれぞれが持っていた。他に気になる物は、エルディンの剣くらいのものだった。
「こまごました物は、部下に持たせておりますからな」
「外国の方が外部と通信できる魔道具を聖域に持ち込むなど、諜報活動と言われても仕方ありませんよ!」
「その話を蒸し返すんですか、隊長……」
「このような事態なのですから、よろしいではありませんか」
規律遵守精神に再び火がついたスーテを、ポーリエとコルテリアがなだめにかかった。
「聖域内で通信具が使えるのは僥倖でしたなあ。これで二手に分かれるという選択肢が出てきます」
「騎士が武器防具を装備しているのは当然だから、おかしな物は誰も持っていないと思っていいな」
文句を言われている二人は、しれっとしたものである。
「よろしいでしょうか。確認ですが、通信具はエルディン様とウィテーズ様、スーテ様とポーリエ様の、二つずつ二組ありますね」
義憤に燃えるスーテをよそに、クロがエルディンに確認した。
「そうだな」
「そして通信は一組が双方向、つまりエルディン様とウィテーズ様の通信具が互いに、スーテ様とポーリエ様の通信具が互いに通話できるのみであると」
「いかにも。もう一つ、同じセットである通信具を外にいる部下にも持たせているが、それとは途絶しておる」
「ありがとうございます。理解しました」
「えーと、つまり通信具は携帯電話というよりトランシーバーなんですね。同じセットとして作られたもの同士しか通話できない、と」
異世界言語らしき言葉を使いながら、ミルファも理解に努めているようだった。
「はい。そして同じセットだと分かるように、通信具には名称と個別の番号が刻まれております。これには『青銅騎士団一・一』とありますでしょう。騎士団は何セットか所有しておりますが、その内の一セット目、さらにその一番目の通信具という意味でございます」
エルディンが丁寧に説明する。
「身体検査は終わったようですから、聖域の捜索を行いましょうか、隊長?」
「ううん、丸め込まれてしまったけど仕方ないわね。皆様、準備はよろしいですか?」
怒り冷めやらぬ様子ながらも、しぶしぶスーテが言う。
「ちょっとお待ち下さい」
ミルファが壁際に行き、棚に飾ってあったとおぼしい額縁に入れた絵を持って戻ってきた。ノートほどの大きさのそれを、机の上に置いて皆に見せる。
「これが聖域の地図です」
皆が覗き込んだ。
全体としては円形で、一本の道がうねるように行ったり来たりしながら中央の部屋に到達する構造だった。
「分かれ道がないとは思っておりましたが、やはり一筆書きのようなダンジョンだったのですな」
「ラビリンス構造といいます。中央にあるものを守護する、あるいは封じて外に出さないという意味を持ちます」
「なるほど、興味深い。ちなみに皆様は、どこで倒れておられたのでしょうか」
クロの質問に、
「聖女ミルファ様とそれがしとウィテーズは、寝室から通路に入ったあたりですな」
エルディンが答え、
「わたくしたちは、お風呂のある部屋で倒れましたわね」
「聖女コルテリア様と私、ポーリエは皆接神者ですから、苦痛で進むのが遅かったのです。エルディン様たちに引き離されました」
コルテリアの言葉を補足したスーテがきつい目でエルディンを見た。エルディンたちはどこ吹く風である。
「分かりました。ありがとうございます」
「まあ、それが何の役に立つのか分かりませんが」
ポーリエが首を傾げつつ、言葉をつなぐ。
「これは効率的に捜索できますね、スーテ隊長。どこかに敵が隠れていても、端から順に探していけば、行き違うこともありません」
「そうね、二度手間だけれど玄関ホールに戻って、中央に向かうのが良いかと思うのだけれど……いかがでしょうか、皆様?」
スーテの問いに皆がうなずいた。
「その前に、何かあった時に備えてリーダーを決めておきたいものですな。引くか戦うか、即座に意思を統一すべき局面があるやもしれません。聖域の警備を務めるスーテ殿が適任であると考えるが、いかがかな?」
エルディンの言葉ももっともだった。まず指揮系統を明確にしておく考えは、いかにも軍人らしい。
「エルディン殿の方が実戦経験が豊富でいらっしゃるが……いえ、私がリーダーを務めさせていただきます。皆様、よろしくお願いします」
しばしの話し合いの末、先頭にエルディンとポーリエ、その後ろに聖女二人、ウィテーズ、クロ、しんがりにスーテという隊列になった。明らかにスーテがクロを見張る構成だった。
「ウィテーズ様、『生物探知』はお使いになれますか?」
「無論だ。だが迷宮の構造物は探知系魔術を遮断する。自分がいる部屋だけしか効果がないことは断っておく」
「了解しました。継続しての使用をお願いいたします。捜索が長引いて魔力が心許なくなれば、おっしゃって下さい」
「心得た」
「では、まずは何者かが潜んでいないかを確認します。さらに聖域内の物品につきましても、何か気になる物、特に危険物が存在しないか、あるいは逆に何かなくなっていないかも調査いたします。聖女様方におかれましては、普段と違うところがございましたら指摘をお願いいたします」
スーテの宣言と共に、捜索開始となった。
入口の広間。先ほどまで話をしていた厨房の二倍の広さを持つが、通路への扉と外へ繋がる両開きの扉、その横の壁際にあるサイドテーブルと通信具以外には何もない。天井を見上げてみたが、何かが吊り下げてあったり張り付いていることもない。ぼんやりと天井近くの空間が発光しているだけだった。
「ここは見ての通り、何もありませんね。進みましょう」
スーテの言葉に一同はうなずき、長い通路へ引き返した。
次の部屋は何枚かの衝立で仕切られていた。
「風呂とお手洗いです。風呂桶は洗濯場も兼ねております」
皆は(特にクロが)興味深々で設備を覗きこんだ。桶の他に、物干しのロープやスタンドなどの道具がある。
「人が入れる大きさの桶ですね。厨房の机や棚もそうですが、あの湾曲した通路を通すのは難しくありませんか?」
「大きな家具はバラバラなパーツの状態で運び込み、中で組み立てたと聞いております。食糧貯蔵用の無限袋がありますので、袋の口から入れられる部品はそれで持ち込んだのでしょう。今は転移魔術がありますが、聖域は全域が転移不可エリアですから」
厨房と同様、この部屋にも水場があった。壁際に、腰ほどの高さの半円筒形の石の囲いがあり、中に水がたたえられている。
「外から流れ込んでいるわけではなく、この場に直接水が発生しています。汲み出しても減りません。いわゆるダンジョンの泉と同じです」
「ゴミや排水はどうなさっているのですか?」
「あちらの衝立の奥にトイレがあります。要は穴の開いた椅子ですが、その下の床にも穴が開いておりまして、捨てた物は消滅します」
「すいませんが、ついでに用を足していってよろしいでしょうか? 皆様も、行けるうちに行っておいた方がよいかと」
「それも、もっともですわね。邪神が潜んでいるのですから、無闇にご不浄まで行ったり来たりするのは危険です」
女性陣が使用している間は、男性陣は別室に移動しておくべきかという話もあったが、結局、使用中の人間以外は同じ部屋の反対側に控えることとなった。女性三人のうち二人が神聖魔法の使えない聖女とあっては、何かあれば(特にスーテが邪神だった場合)危険が大きいという判断である。
「衛生的ですね。消滅するから臭いも消えるとは」
相変わらず表情に乏しいが、クロの声は好奇心で生き生きしている。
「おいクロ、ちゃんと隠れている邪神の奴を捜せよ」
とウィテーズが言うが、そう言う彼の目も水場やトイレに釘付けになっている。
「お前も人のことは言えんではないか」
「こんなことでもなけりゃ見られねぇからな。聖域の中だぞ。邪神戦争中の避難所としての状態が保たれているんだぞ」
「あのー、聖域は邪神封印直後に神に創造されたものです。なので避難所として使われたことはありません、はい」
「そうなのですか。ほらウィテーズ様、クロ殿、次の部屋に行きますよ!」
スーテの一喝で二人がやっと動きだした。
手描きの見取り図orz
「もう二度と見取り図を必要とする話なんか書かない」と思いました
しかもうっかり家具類まで書き込んでしまってる>_<
すいませんが、見取り図が必要な時は、このページをご覧になってください