嘘と邪神
第一話の『プロローグ・閉鎖後』からここにつながってきます
「ならば、簡単に邪神を特定する方法があります。全員にご自分が邪神かどうかを訊いて、コルテリア様に嘘を判別していただくのです」
クロが、切れ長というよりは眠そうな目で一同を見た。
「なるほど、それは手っ取り早い。いやはや、早いところ邪神めを倒さねば。妻子に聖都の土産を持ち帰ると約束しておりますのでな」
声を上げたエルディンに、コルテリアが口を挟む。
「あら、それは嘘ですね? 独身でいらっしゃるのか約束してらっしゃらないのかは分かりませんが」
エルディンがにやりと笑った。
「やはり見破られましたか。いかにも、今のは作り話です。実はそれがしは独身でありまして」
「それは本当ですわね。わたくし、テストには合格いたしまして?」
コルテリアの加護が本物かどうかカマをかけたようだった。
「試すような真似をいたしまして申し訳ございません。いや、コルテリア様のお力が本物である以上、クロ殿の意見を実行しない訳にはまいりますまい。では、それがしから申しましょう」
「ちょっと待て。これで邪神が特定されれば即座に襲ってくる可能性もある。お互いに距離を空けてから試そう」
ウィテーズの注意に従って皆が椅子を立ち、机から離れてばらばらに立った。
エルディンが改めて背筋を伸ばし、
「それがし、エルディン・アルガドゥーンはアーウィズの青銅騎士団長でございます。忌まわしき邪神などではありません」
コルテリアはうなずいた。
「はい。嘘ではありませんわね。次の方」
「はい、では、わたしが。わたしは聖女ミルファです。人間に化けた邪神ではありません」
「はい。嘘ではないですね。では、スーテ殿?」
「私はスーテ・ラシーファル、聖王より聖騎士として叙勲された神の僕でございます。邪神ではございません」
「はい。嘘ではありません。では、ポーリエ殿」
嘘をついていないと判断された者たちが緊張した面持ちで残りの人間を見る。
「はい、隊長と同じく、このポーリエ・アルリウスは神に仕える聖騎士でございます。私は、封印の瓶から逃れた邪神などではありません」
「はい。嘘を感じません。ウィテーズ殿、お願いします」
「俺、いや自分はアーウィズの宮廷魔術師ウィテーズ。創造神に造られた人間であって、人間に化けた邪神ではない」
「はい。嘘ではありません。では最後ですね、クロ殿」
緊張が高まった。今まで嘘と判断された者はいない。残るはクロ一人。
「私の名前はクロ。邪神ではありません。自分に関わる記憶を持っておりませんが、人間です」
聖女コルテリアが息を呑んだ。
「彼は嘘をついていません」
「「えっ?」」
誰も邪神でない?
「どういうことだ?」
全員の視線が慌ただしく行き交う。
「そんな、信じられない……誰も、嘘をついていないですって?」
動揺したコルテリアに、クロが声をかける。
「落ち着いてください。考えられる可能性はいくつかあります」
考えながら、クロが言葉を続ける。
「現在皆様は神聖魔法が使えないのですよね? 加護も一時的に失われている可能性はありませんか?」
「加護は今もあります。現にわたくしは、ポーリエ殿やエルディン殿の嘘を感じとりました」
「あの、神聖魔法は、神との通信というか接触が必要ですけど、加護はもっと根源的な部分での変化なんです。接神状態にならなくても発動しますし、魔力も消費しません。消えはしないと思います」
コルテリアの言葉に重ねて、ミルファが援護する。
「聖女様方は、お互いが加護をお持ちかどうか感じとれますか?」
「いいえ。実際に加護を使っていただくか、あとは、新年に大陸中の全ての加護持ちを発表する神託の儀式があるんですけど、その結果を参照するしかありません」
つまり、邪神が聖女に化けていても判別できないわけだ。どちらの加護も、心に関する力であって明確に目に見えるものではないから、騙ることは不可能ではない。しかしコルテリアの加護が本物であれば、邪神への大きな武器になる。さしあたり本物である前提で考えるべきだろう。
「なるほど。では、【嘘を判別する】という加護における嘘の定義は? 私の本名は実際はクロではないでしょうが、『私の名前はクロです』という言葉は嘘でないという扱いでしたね?」
「『意図的に』かつ『自分が事実でないと認識していることを』言うと嘘と判断されます。クロ殿は名を騙る意図はなかったでしょうし、便宜的な仮名であっても名前には違いありませんから、それは嘘ではないことになります」
「だからですか、コルテリア様が『本当だ』でなく『嘘でない』とおっしゃるのは。その発言が事実であるかどうかは担保されないからですね」
「ええ、その通りですわ。伶俐でいらっしゃること」
「恐れ入ります。邪神はここにいる全員の記憶を読み取っています。コルテリア様の加護の知識を読み取り、あらかじめ対策を立てていたのではないかと」
「確かに、充分考えられますわね。ならば、一体どのような方法で?」
全員がしばし黙考した。
「加護を打ち消す邪神の力を持っているとか?」
ポーリエが言った。
「ええと、ですね。啓示によれば、今の邪神は神としての力が使えない、その能力は人間のそれと変わらない、とあります。神殿の考え方としては、加護は神のお力です。もし邪神が加護を模倣するなり、加護のような力を持っているのなら、少なくともわたしたち聖女には『神の力が使える』と聞こえたはずです」
「しかし実際には、わたくしたちにも『神の力は使えない』と聞こえました。ですから今の邪神には加護、ないしそれに相当する人智を超えた神としての能力はないと考えます」
「だけど、どうなんでしょう……邪神の精神が、人間とかけ離れていたら? 全く異質なものだったら、嘘か本当か判定できないかもしれません。それなら邪神が神としての権能を失っていて、でもわたしたちの加護が通用しない、そういうこともあり得ます」
「わたくしの加護は、邪神には効果がないのかもしれないということですか……」
聖女二人の言葉に、一同はしばし考えた。